―戦― 12:あきらめない
「綺麗なお嬢さんだねえ、でもこんなお嬢さん、ここらじゃ見てないね」
果物屋の屋台にいた女は、深く頭巾をかぶっている細身の人物へと姿絵を返す。返されたそれを受け取った人物は硬い声で「そう」と応じた。
(おや? 痩せてるけどこの子もお嬢さんかねえ?)
そんな風に思ってしまうが、姿勢がいいからかあまりそんな印象はない。
「ありがとうございます」
「いいよいいよ。こっちこそ、なにも情報なくてごめんね。ここらじゃこの市場が一番人通りが多いってのに」
「いえ……」
肩を落とす女の様子に、彼女は「誰か見てるかもしれないよ」と元気づけたが慰めにはならないだろう。
雑踏の中をなるべく目立たないようにと思いながら歩く。
世間知らずだったことを思い知りながらも、姉を探して旅を続けていた。姉の目撃情報は一切ない。
サビクの叔父という人物から荷物や金銭を受け取ってそのまま軍の施設を飛び出し、馬車を乗り継いで逃げた。荷物の中にはサビクが用意したであろうものが入っていて、表現できない感情のまま涙を流した。
彼の安否はわからない。姉の安否も。
安全とは言えないまでも、旅にある程度慣れるまでは彼の用意した地図を使った。
旅をすることに慣れてからトゥラーザ国を出るまでに、思いつく限りの情報を集めた。ドミニクは偽名だった。彼女が一体誰なのか、正体は掴めなかった。
住んでいた部屋は物が極端に少なく、誰かと連絡をとっていた様子もなかった。単独行動だったとは思えないのに、あの言動から仲間がいるとは考えられないという矛盾にも思える不気味さがあった。
「戦争が終わっても、何も変わらないからねえ」
溜息をつく女主人の言葉に、なにも応えられない。
どの国へ行っても、人々は明日の生活が保障されていないことに不安そうだった。それでも生きていかなければならないから、投げ出さないで生活しているに過ぎない。
戦争前と、戦争後でなにか変化があったかと言われると……庶民には判断が難しい。彼らの生活はほぼ変わっていない。今もそうだ。
戦争前も後も略奪行為はいつも起こっていて、身の危険が常にある。多少大きな街に来ればそれなりの自警団があったりするが、それでもマギナを使われれば一巻の終わりだ。
屋台に並ぶ果物の数はそれほど多くもない。どれも形が悪く、小さいものばかりだ。それでも資源の乏しい世界で、彼らは頑張って商売をしているのだ。
「しかしなんだったのかねぇ、世界大戦? 結局よくわからないうちに終わったからね」
「そうですね」
曖昧に笑ってみせる。
その戦争の戦いに参加していたルルゥは、末端であったが結局なんの為に戦争をしていたのかわからない。軍という存在が自国以外の国を敵とし、奪うために争っていた。そうだと、思う。
二年という歳月で一時的に終結した戦争も、どこが得をしたのかはっきりとはわかってはいなかった。五大国はそのままあるし、小さな国の幾つかは滅ぼされることはなかったが属国になったとは聞いている。一番損害が少なかったのは、テラスト連合国だとは噂で聞いたが。
(……そうね。あそこの一番の損失は、あのハンドラーとラヴァーズだもの)
アネモネが目立つ存在であったために、さほど知名度は高くないが、テラスト連合国の盾の役割をしていたニアナ=アルデバランと、リシウス=アルデバランは消息不明ということになっている。表向きはそうだが、彼らは死亡したということだった。
同じ姓になっているのも、リシウスの保護をしていた者が彼を一族から放逐したためにニアナの姓に入れたということだった。どちらも軍に最期までこき使われ、結局彼らは棄てられたのだろう。
(あんな戦い方をしていて、無事なわけないわ)
あのような化け物をいつまでも飼い続ける神経もわからないし、処分されたと見るのが正しい。
お尋ね者になっているルルゥと同じく、姉も、そしてニアナとリシウス、そして帝国とヨリルア国のハンドラーも、指名手配犯とされていた。ニアナとリシウスは死因などを隠すためだろうが、帝国とヨリルア国のハンドラー……確か、アァクと、リゲルという男まで軍から逃亡しているとは思わなかった。
「これ一つください」
「あいよ」
女主人が新聞紙にいびつな果物を包もうとする。あれは確か、大衆に人気だという「ガイアの道標」だろう。
受け取ってからちらりと見出しを見る。
あの青空は偽りだったのか、それとも陰謀だったのか。
大きな文字が目に入ってきて、呆れてしまった。しょせんは平民たちのための娯楽のものだ。期待するだけ無駄だろう。
一口果物を齧った。苦味のある味だったが、おいしいと感じる。
「じゃあ気をつけてお行きよ」
そう声をかけられ、小さく頭を下げてきびすを返す。
姉はきっとまだ生きている。たった一人の妹である自分が諦めるわけにはいかない。絶対に、絶対に……諦めるものか。
ルルゥ編はここで終幕となります。
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