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―戦― 10:見舞い


「………………」

 意識が浮上し、(まぶた)を開いて見たそこは、汚い天井だった。

「ルルゥ!」

 覗き込んで来た顔は、姉ではなくサビクのものだった。彼は手に(かご)を持っていて、そこから果物が床に転がり落ちた。

 ここはどこだろうと案じていると、眉を下げるサビクが「目が覚めたの、良かったよ」とわななく唇で言う。

 見えにくいと思ったら、包帯が頭にも巻かれている。全身が動かない。それに、痛覚が微妙な……。

 気づいてから、ルルゥは瞳をサビクに合わせる。彼は意味に気づいて出会った時のように、微かに眉を下げた。


 生きている。嬉しくも、悲しくも、ない。


 姉が悲鳴をあげて泣いていたことだけは、ぼんやりと憶えている。姉は無事なはずだ。彼女さえ無事なら、死んでも良かった。

 あんな化け物を相手にして姉を五体満足で守れたこと、それだけは本当に心の底から嬉しかった。これからもテラスト連合国と戦うなら、あのハンドラーが投入されない場所を攻めなければならない。

 あの機体を沈めるのはかなり苦労するだろう。あんなものが存在していて、防衛のみに運用されているなんて誰も思わないはずだ。

(ハンドラーよりも、あのラヴァーズが問題ではあったけどね)

 おそらく彼は目立たないようにしているのだ。同じラヴァーズとしてあの徹底ぶりは憧れさえする。敵にすれば恐ろしさしかないが、あそこまで凄いラヴァーズは見たことがない。

 あの男の視界でも、同じようにきんいろの雨が降っているのだろうか?


「ルルゥ……」

「サビク、お見舞いありがとう。……お花まで」

「あ、い、いや、たいしたことはできてないから。オレは、君と違って戦場には出ないから」

 なんだかサビクの様子がおかしい。そんなに酷い状態なのだろうか、自分は。

「でも技師がいないといけないもの。謙遜(けんそん)しなくていいのに」

 わざと明るい声を出してみるが、この惨状の自分が言うと皮肉っぽいかもしれない。見える範囲ではあるが、室内にある見舞い品は花瓶にある花と、果物籠くらいだ。サビクが育てている花だったのですぐに気づいたが、小さくて可憐だ。


「ルルゥ、そんなに興奮して喋るのはよくないから。ね? 今はもっと眠って、身体を回復させよう」


 なんで泣きそうな顔をしているのだろう。べつに。

(あなたのせいでも、なんでもないわ。戦争だもの。むしろ足くらいで命が助かった。姉さまも無事。これ以上ない成果よ)

 ながい夢をみていた気がする。昔のことだ、すべて。

 何時だろう? 窓からの光だと、まだ太陽は昇っている時間帯のようだが。

(生まれて初めてだわ……入院するなんて。姉さまと一緒にはもう戦えない……? そんなの嫌よ……でも、この脚じゃ……でも)


 あの化け物と何度戦っても、勝てるとは思えない。


 中の人間を攻撃するしか方法がないのではと思えた。マギナに乗っていない時を狙わないと、絶対に……。

(姉さまが一番嫌がるわね、こんな方法……)

「姉さまは元気?」

「……元気かどうか、わからない」

「どういうこと?」

「オレに彼女と面会の許可が下りないんだ」

 嘘をつかれる意味はない。

「仕方ないわよ。姉さまは使い捨てのワタシと違って、大事なハンドラーだもの」

 自分が回復して、会いに行けばいい。サビクは整備のための技師だから軽々しくハンドラーには会えないのも当然と言えた。

 元々見舞い品を置いていくだけだったようで、サビクは戸惑いながら「これ」と果物籠を差し出してくる。

「前のは持って帰る。(いた)んだものもあるから」

「そんなに頻繁に来なくてもいいわ。ワタシたちの専用機、壊れてしまったのだから……あなた、大変でしょう?」

「オレのことは気にしなくていいよ。

 ……脚、なんだけど、義足の発注はしてあるから、届いたら取り付けるからね」

 わざわざ義足を用意してくれるなんて、と思わないではない。

 サビクは沈痛な面持(おもも)ちで、静かに言う。

「もう戦いたくない、とは思わないんだね」

「思うわけないわ。姉さまのラヴァーズはワタシだけよ」

 笑いたい。自信に満ちたそれを見せれば、そんな不愉快な表情、消し飛ぶでしょう?

 でもできなかった。やはり、無理は良くない。

「早く退院したいけれど、体力回復も、義足の訓練もしなければね。みっともない姿を姉さまに見せるわけにはいかないもの」

「…………うん」

 当人よりも元気がないのはどうにかして欲しいものだけど、仕方ない。

「軍人なのだもの、こういうこともあるわ」

 彼はなにも応えずに小さく微笑むと「じゃあ」と病室を出て行った。

 一人ぼっちの部屋はしんとしていて、耳が痛い。

 今からでもやれることをしていればいい。くよくよしている暇はない。自分は軍人で、簡単に捨てられる動力なのだから。




 義足が届くまでの間も体力づくりを欠かさなかった。松葉杖での生活に慣れてはいたけど、姉は見舞いに来ることはなかった。

 怪我人は予想よりも少ない。もっと怪我人で病院は溢れているものだと、ルルゥは思っていた。

 人間は死ねば遺体が(のこ)らない。

 サビクが申し訳なさそうに義足を届けに来た時に、「安物でごめん」と謝っていたので呆れ果てた。

 べつにサビクのせいではない。ルルゥは義足を作ってもらえただけでも満足なのだ。

「軽いわね」

「ウラノメトリアの含有率がそれほど高くないものだけど、軽いものをって注文を出しておいたから」

「どれだけの負荷をかけられるのかしら?」

「な、なにをする気……?」

 恐々と尋ねてくるサビクに思わず吹き出してから、ルルゥは笑った。もしかしたらこれが腹の底から笑った初めての時だったのかもしれない。


 そう。

 そんなやり取りをしたのは一週間前。


 姉の様子も気になる。サビクが思いつめた顔をしている。気になることばかりで、義足になんとか慣れた頃合いで病室を抜け出した。

 本当に偶然だったのだ。



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