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―戦― 08:過去回想 トゥラーザ国軍ールルゥとサビク 前編


 たびたびサビクと会話をするようになったが、ルルゥとしてはいつまで経っても慣れない相手だった。

 毎日どこかに怪我をしている。明らかに殴られた痕跡まであるので、嫌がらせ程度のことではないだろう。

 だがその怪我の理由を知ったのはかなり後からだった。



「あのアバズレに相手もされてないくせに」


 マギナの格納庫で作業を終えてから帰る途中で、どこからかそんな声が聞こえた。聞き覚えのある声で、溜息が出る。

 ルルゥにいつも絡んでくる、ハンドラーの一人。尊大な態度と、見下す声音に心底気分が悪くなる男だ。

「……でも、彼女はポルックスさんの正式なラヴァーズです。乱暴をしていい理由はありません」

 静かな声でそう返したそれに、ルルゥは瞠目(どうもく)する。

 サビクの声だった。どこか気弱で、遠慮がちにいつも話す彼の、声。

 慌てて身を隠し、そっと(うかが)う。

 サビクはいつもの作業着で、右手に工具箱を下げている。向かい側にいるのは、いつもルルゥに声をかけてくる男たちだ。まだ若く、愚かでどうしようもない、くずども。


 どうやらルルゥを待ち構えていたようだ。

「それに、無駄なことをするのはいい加減やめたらどうですか。あなたたちがどれだけしても、彼女はあなたたちのラヴァーズにならないんですから」

「はあ?」

「おまえほんと調子に乗ってるよな」

「彼女はあなたたちより優秀なんです。だから、あなたたちの支配下におかれない。ハンドラーなら、わかっているはずです」

 はっきり言い放つサビクが、殴られた。

 体勢を崩してすぐ横の壁に身体ごとぶつけ、彼は工具箱を派手な音を立てて落としてしまう。眼鏡の落下音がそれで掻き消された。

「サビク、自分が相手にもされてないからって嫉妬はよくないなあ」

「…………そんなんじゃないです。一般的な意見です」

「おまえさあ、ほんとなんなの? 手加減されてるうちに引っ込んだら?」

「オレはポルックスさんたちの専属の整備士です。彼女たちが万全な状態で戦いに挑めるようにするのは、当然です」

 呆気にとられる男たちが、大笑いをする。この笑い声が、ルルゥの神経をさらに逆撫でする。本当に他人を不快にさせる天才たちだ。

「じゃああの女に男として整備してもらえば?」

「あはは。確かに」

 ひとしきり笑われたあと、サビクは口を開く。


「どうしてそんな品のないことばかり言えるんですか。恥ずかしくないんですか」


 男たちの視線が一瞬で冷える。

「複数で一人を相手にする卑劣さや、弱い女性に乱暴をする非道さを、なぜわざと劣悪な言葉で表現するんですか」

「……サビクちゃんさぁ、勘違いしてるんじゃない? 俺たちはあの女が欲求不満だから相手をしてあげてるんだよ?」

「それはありえない。彼女は男を嫌っています。それに、彼女がそう言ったんですか? あなたたちに?」

「うるさいな」

 (にぶ)い音がした。また、無造作に殴られてしまう。

 口の中を切ったらしいサビクが、口許(くちもと)(そで)(ぬぐ)ってから静かに続けた。

「どうせ早死にするからと、不満をぶつけているんですか? だったら降りればいい! マギナに乗らないでください!」


「サビク、もうやめないか!」


 一喝した声は、知らないものだった。

 男たちが振り向いた先にいた体格のいい男性が、渋面を浮かべている。集団の男たちが一瞬で青ざめた。

 彼らに構わず、男性は「行きなさい」と短く言うとサビクを凝視していた。慌ててその場から去っていく足音に、サビクが両の拳を強く握っていた。

「…………」

「おまえが怪我をしてまで(かば)う必要はない」

「叔父さん!」

「ここではそう呼ぶなと教えたはずだ。

 問題行動が目立つが見逃されているのは、それなりの理由がある」

「あいつらがルルゥさんになんて言ったか知ってるんですか!? お姉さんのことを出して脅す卑劣漢(ひれつかん)なのに!」

「サビク」

「おぞましい……。あんなのが貴族なんて」

「…………確かに彼らは浅慮で自制心がきかない。おまえが腹を立てるのもわかる。だが、配属初日からだろう?」

「…………」

「おまえは優しい子だ。だがな、たかがラヴァーズに心を砕く必要はない」

「……やり返さないだけだ。暴力に暴力で返すなんて、同じになった気がして嫌だ。

 それに、たかが、じゃない。叔父さんも物みたいに言わないで」

 呆れたように嘆息されても、サビクは態度を変えない。


 高い階級の男であろう相手は、サビクをどう説得するべきかと悩んでいる。ルルゥとしては、サビクの言い分のほうが信じられなかった。

(なんなの、あいつ……)

 ラヴァーズは「たかが動力」だ。人間の姿の、動力。マギナを動かすものなだけだ。

 明らかに異質な考えのサビクに、ぞっとしてしまう。あんな思考をしていてよくこれまで無事に生きてこれたものだ。

 サビクは工具箱と眼鏡を黙って拾い上げると、叔父である男の横をすれ違って去っていく。

(サビクのほうが早死にするのではないの……)

 叔父である男の気持ちが、ルルゥには痛いほどわかってしまった。




 殴られた箇所を手当てされたサビクは、相変わらず業務的なことしか話さない。そういえば彼は配属初日からこうだった。

 毎日真面目にマギナの点検をして、今では同じ整備班の連中とも話すようになったようだが……それでも、少し敬遠されている理由が理解できた。


 ハンドラーに逆らうなんて。


 特殊な立ち位置のハンドラーたちにわざわざ逆らう者はいない。彼らの生存率は高くない。そして若くして死ぬ。放っておいてもそのうち死ぬのだから、いちいち気に掛ける必要はない。

 憐憫(れんびん)と同情で彼らにやさしくすればいい。そして、ハンドラーたちの大部分はそのことに気づいている。

(とはいえ、ラヴァーズなんてマギナに乗っただけでふつうは死んでしまうもの)

 ハンドラーの腕次第と言われれているけれど、ルルゥの知る限りそんなハンドラーは見たことがない。姉も才能はあるほうだが、自分以外のラヴァーズが乗ったらと考えると少し怖い。

 ハンドラーには極力ラヴァーズを会わせない。生身の人間が乗り、戦闘後には死んでいるなどまともな精神状態では耐えられないからだ。

 特別なラヴァーズであるルルゥだからこそ、姉と会わせてもらえる。話すことができる。

 だがそんなルルゥは()えのきく動力であることは変わらないわけだから、ハンドラーに逆らうことはできない。一応、優秀な戦士とされているのだし。


「あなた」


 声をかけると、サビクが振り向いてこちらを見てくる。

 また顔に傷ができている。どうせその作業着の下も青あざだらけだろう。

「ハンドラーやラヴァーズのことに、知識はあるほう?」

 彼はマギナのことだけでなく、姉や自分の体調も気にかけている。担当しているハンドラーとラヴァーズだからそうなのかと思っていたが、どうも違うようだ。

「……一応」

 (うなず)くサビクがどこか暗い表情で微笑む。ルルゥと一定の距離を保つ彼は足元の工具箱に道具を片付けながら、別の作業に移る素振りをしている。話題を逸らしたいのか、それとも。

 腕組みしているルルゥが口を開いた。

「ほかのラヴァーズたちとも顔を合わせているのよね」

「…………」

 動揺しているのが手に取るようにわかった。彼らはマギナを専門的に修理をしているが、ほかの雑用もこなしているはずだ。

 たとえば。


 マギナに乗せるラヴァーズのこととか。


「気にすることはないです、ポルックスさん」

「べつに気にしていないけれど? ワタシ以外に姉さまのラヴァーズを務められるとは思えないもの」

「数値は嘘をつきませんからね」

「でも、ワタシが死んだら別のラヴァーズが乗るのだから、その時は……考えたくもないけれど、あなたに姉さまのことを頼むしかないわ」

「っ、そ、それは」

 言い(よど)んで少し腰を浮かしかけたサビクは「あ」と顔色を変えて、また工具箱に道具を戻す動きをした。ルルゥが名も知らぬ、その道具たち。丁寧に使われているそれらを、サビクはきちんと手入れもしているのだろう。

 たかが技師、たかが整備班の人間と、ルルゥは馬鹿にしない。というか、そこまで気にかけたことがない。



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