―戦― 07:過去回想 トゥラーザ国軍ー整備士サビク
(……あの技師は)
特徴のある青みがかった黒髪と、青緑色の瞳。自分のと違ってくせのない髪をしているし、顔立ちも自分より整っている。遠慮がちな態度をしながら、彼はフィフィとルルゥの乗るマギナの装甲の状態を確認し、手元の発注書になにか書き込んでいた。
最近よく見る技師だなとルルゥが見ていると、彼はどこからか投げられた雑巾をまともに頭に受け、髪や顔が汚水でよごれた。慌てて視線を遣ると、ルルゥにいつも絡んでくる男の一人だった。
技師の若者は少しだけ眉をひそめたが、手元の発注書が汚れていなくて安堵していた。
衝撃で落とした眼鏡を拾い上げ、投げた者のほうは無視して装甲の状態を何度も確認しては、真面目に発注書に書き込んでいる。その様子にルルゥは怪訝になった。
(あ)
ほらやっぱり。
技師の若者の態度に腹が立ったようで、男たちがなにやら話していた。本当に暇なんだなと呆れるしかない。
(いちいち誰かに絡んで憂さ晴らししないと、生きていけないのかしら?)
理解できない。なんて気持ち悪い生き物なんだろう。
「なにをしているの!」
怒声を張り上げて、姉が雑巾を投げ放った男たちのほうを睨みつけている。かっこいい……。
フィフィは腰に片手を当て、すごい形相をしていた。たとえ男を庇っているとしても、惚れ惚れする。
「恥を知りなさい! あなたたちはハンドラーなのよ!」
あれさえなければ。
「ポルックスさん、オレは大丈夫ですから」
「あなたのために言っているのではないわ! ハンドラーなら正々堂々とするべきだもの!」
きっぱり言われて、技師の少年は戸惑っている。
「威勢だけはいいよな、フィフィ」
「呼び捨てにしないでくれる!? あなたたちのこと、ぜんぜん知らないもの!」
「……相変わらずやべー女だな」
ぼそりと洩らされた一言に、ルルゥの中で怒りに着火した。ずかずかと大股で歩いて近づき、拳を振り上げる。瞬間的に視界の意識を変えた。
きんいろの、ウラノメトリアの光が満ちた世界の中で、急所を探す。みえる。
力を込めたつもりだが、やはり自分の力はささやかなもので、当てた拳の弱さに男たちはせせら笑った。雑巾を投げた男が下品な笑いを浮かべた刹那、彼は膝から崩れ落ちる。
「おい、どうした!?」
ざわめく中で、ルルゥはすぐにその場を離れて姉の元に駆け寄る。一時的に体内ウラノメトリアが巡っていない箇所を殴ったことで、一瞬で体調不良……アステリズムが狂ったのだ。
(中途半端なハンドラーは体内ウラノメトリアがきちんと巡っていないもの)
すぐさま視界のきんいろの光を消し去る。たった少しの時間であっても、目が痛い。
「姉さま! 危ないことはしないでと言ったのに!」
「ルルゥ……だって卑怯なことをしているのは許せないじゃない! 同じハンドラーとして!」
「姉さま落ち着いて……」
「あの」
技師の少年の声が割って入った。
「ポルックスさん、専用のマギナの装甲がかなり傷んでます。今から発注してから修理をするんですけど、日程とかどうなっていますか?」
フィフィが視線を彼に向ける。
「あなた、初めて見るわね? 新しい人?」
「え、えぇ。新参者です。勉強中なので、よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をする様子は、所作が綺麗だ。この男、まさかそれなりの家柄の者だろうか?
フィフィはにっこり笑う。
「そう、頑張って! なにかあったら妹に声をかけてちょうだい」
「い、妹さん?」
少年が視線を寄越す。じとりと睨むと、彼は少しだけ顔を引きつらせた。
ルルゥの不機嫌に気づかず、フィフィは「ええ」と妹を見遣る。双子で外見は似ているほうだが、雰囲気があまりにも違うので区別はつきやすいだろう。髪の長さが最もわかりやすいだろうが。
肩を少し越えたあたりのルルゥと違い、姉のフィフィは少年と同じくらいの長さだ。溌溂とした姉にはよく似合っている。
「よ、よろしく」
よろしくされたくない。しかし技師は全員男だ。マギナに乗る以上はこうして会話もしなければならない。
まあ、なんとか我慢できる。
「妹のルルゥ=ポルックス。呼びにくいならルルゥでいいから」
とにかく姉に近づかないで欲しい。自己紹介をすると、彼は「わかりました、ポルックスさん」と返して来た。
「いい機体ですよね。でも損傷がかなり多いですけど、今まではどうしてました?」
「どうしていたかしら?」
なぜ姉がこちらに話を振るのかと思わないでもなかったが、「そうね」と少し考える。
「あまり気にしていなかったのではない? 姉さま」
「技師たちが勝手に整備するから任せていたけど、ルルゥも知らないの?」
「……あまり話しかけてこないから」
姉と同じハンドラーの男たちはどれだけ嫌そうにしても絡んでくるので諦めている部分が多い。しかし整備担当の一般兵たちはハンドラーと距離をとる傾向があるため、不機嫌な雰囲気を出すルルゥにあえて話しかけてはこないのだ。
姉のほうにも話しかけるなとルルゥが睨むので、結局マギナに関心がないままだった。
少年は書き込んだ発注書を何度も捲ってから、なにか考え込んでいる。
「専用のものなので、かなり純度の高い装甲が使われているから問題はないでしょうけど、今のうちに修理をしていたほうがいいかとオレは思うんですが」
「任せるわ!」
「……でも、今はこのマギナほどいい鉱石の装甲が予算として難しくて……。少し質が落ちますけど、予備も含めて考えているんですけど」
「ふむふむ。任せるわ!」
さっきから姉が彼に丸投げしようとしている……。
専門家ではないのだから、彼に任せるのが正しいのだが……こういうところが顰蹙を買うのだ。いや、だがそれでいい。姉の良いところを知るのは自分だけでいい。
「そういえばあなたの名前は?」
「ぁ、サビク……です」
「…………だそうよ?」
「姉さま……」
これは憶えるつもりがないようだ。
「妹のほうが賢いの。たくさん頼ってくれていいわ!」
「あ……はい」
曇りのない笑顔に気圧されているのか、サビクは少し眉を下げて微笑んでいる。雰囲気が柔らかいせいか、好印象を受けたようでフィフィはとても上機嫌だ。確かに……軍で、サビクのような男を見たことはない。
「じゃあね、サビン!」
早速間違えているが、フィフィは元気よく手を振って凛々しく去っていった。残されたルルゥは姉に振り返していた手をおろし、サビクに視線を戻す。
「それで? ワタシたちの予定だったかしら? それとも、マギナの装甲の修理?」
「任せてくれるなら、こちらですべてしておきます」
伏せた視線のまま優しく微笑まれて、ルルゥは片眉を吊り上げる。
「姉さまがあなたに任せると言ったのだから、手を抜かれては困るわ」
「手を抜くなんて! 絶対にしません。オレに回ってきた仕事なので、きちんと責任をもってやらせてもらいます」
強い決意の色を宿す瞳を向けられ、ルルゥが怯む。彼はすぐさま気まずそうに視線を外した。
「オレはあなたたちみたいに戦えないです、から……」
「? 戦いたいの? だったらなぜ、技師なんてしているの?」
「それは……叔父に、反対をされ、て」
途切れる言葉がとうとう沈黙になってしまう。暗い瞳になると、碧の色が強くなるのか……ついついルルゥはそれを凝視してしまう。
「目」
「?」
ルルゥの言葉にサビクが視線を合わせてくる。微妙にかち合っていないような気がするが、まあいい。
「眼球に傷でもあるの? 眼鏡で矯正をしているのだから、そういうことでしょう?」
「……あ。え、えぇ、生まれつき弱視というか、目に問題があって」
「…………」
だから遠巻きにされて、誰も近づいて来ないのだろうか?
先ほどの男たちはどうせ医務室に行ったのだろうから、戻って来ることはないだろう。少なくとも、今日は。
この国ではポルックス姉妹は有名で、専用のマギナをもらえるほどには特別扱いをされている。サビクのような新しく配属された人間が整備を任されるとは思えない。
もしや彼の叔父とやらが関係しているのだろうか。苗字を名乗らないのも奇妙だ。明かしたくないということだろう。
「きちんとしてくれるなら文句はないわ。なにかあったらワタシに言って」
「わかりました、ポルックスさん」
どこか儚い印象も受ける。……髪も顔も濡れたままなのだが、あえて指摘する必要はない。
ルルゥは息を吐き出してから彼に背を向ける。肩越しにちらりと見遣ったが、あの男はどこか暗い表情のまま、注文書の束を強く握り締めていた。あんな憂鬱そうな表情をしていたら、雑巾を投げつけられても仕方ない。こっちも落ち込みそうだ。
(雑巾を投げつけるなんて、姉さまが言うように低俗だけども)
しかし、なぜ彼が暗い表情だったのかという理由をルルゥはのちに知ることになる。




