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―戦― 06:過去回想 トゥラーザ国軍ー軍医ドミニク


「おやおや、今日はまたご機嫌ナナメですなぁ、ポルックス(いもうと)

 相変わらず小さい。と、ルルゥは軍服の上着を脱ぎながら思う。

 医務室と呼ぶべき場所にいつも居る、軍医のドミニクは無邪気で屈託のない笑みを浮かべた。あまり軍に似つかわしくない彼女は、回転椅子をくるりと動かしてルルゥのほうを見てくる。

「あっはっは。まぁわしとしては、あんたの体調さえ良ければそれでヨシなんだけどなぁ」

「姉さまはどうでしたか」

「ほんとにあんたの頭の中には、ポルックス(あね)のことしかないのかね? 彼女は毎回何の変哲もなくて、わしはつまらんのだがなぁ」

 大仰に肩をすくめる仕草をしてから、彼女はルルゥを頭のてっぺんから爪先まで視線を動かして見る。

「まぁた男どもにいいようにされたのかい? やっぱり上に申告したほうがよかろう?」

「べつにいい。ワタシで発散している間は、姉さまに手を出さないはずだもの」

「いやいや。それは楽観的すぎる。おまえさんにそういうことをするような連中は、そもそも自制心がきかないばかなのさ」

「そうかしら」

「そうとも。

 なんで人間が年中発情してると思ってるのさ。それはきちんと制御できる理性があるからだよ。それができないってことは、そもそも欠陥があるってことなのさぁ」


 そんな意見は初めて聞く。


 愛人を持ってこそとか、大勢の女性に人気があることなど、女性側がすれば糾弾されるようなことを男側は平然とする。それがまるで美学であるという風潮も確かにある。

 彼らを心底軽蔑しているが、言われてみれば自分と明らかに違う。姉も欲求不満だと言っていることはない。男はそういうものかと思っていたが、全員がそうではない。

「なにが違うのかしら。醜聞(しゅうぶん)は色々聞くから、男はそういうものかと思っていたわ」

 全員がそうではないが、大多数がそうだとルルゥは思い込んでいた。だってきたなくて、本当にキモチワルイ。

 トゥラーザの国王だって、愛人が複数いる。国の象徴がそうなのだから、男は大半がそういうものかと。


 上着を(かご)に入れてから、ドミニクの前にある小さな椅子に腰掛けた。

「男が自分を正当化するための言い訳さね。あいつらは節操なしに子どもをぽこぽここさえるからねぇ。かかか」

「ドミニクは、そうではない男性に会ったことがあるってこと?」

「まぁ軍で医者なんてしてたら色んな悩みも聞くもんさ。

 自分がおかしいのかって肩身が狭くなってる男もいるからねぇ。女はああいう男のほうが好きだってのに、もっと自信持てばなぁ」

 それはどうだろう?

 姉は頭が悪くていいから誠実で筋肉質な大柄の男が好みだと言っていた。

 自分が男であったならという妄想を、ルルゥは一度として描いたことがない。女であることを嫌ってはいても、男になりたいとは思わない。自分はただ、姉が大事なだけだ。


「いつか姉さまに恋人ができるかもしれない……。大事にしてくれるならとは思うけれど……」

「ぜんっぜんそんな表情じゃないさねぇ」

「考えたくもないもの」

 想像もしたくないが、それが普通だと、ルルゥは思ってきた。ふつう、という基準が正しいかどうかは問題ではない。一般的に思われる基準からすでに外れてしまっている姉が、無事に幸福な人生を送れることがルルゥの望みだ。

 ハンドラーが軍を辞め、幸福と思える生活を送れたという話を、聞いたことがない。マギナを動かせる彼らはほぼ戦場で散る。

 ラヴァーズはさらに生存率が低い。一度の出撃で動力として……死んでしまう者も少なくない。だから燃費の良い、能力の高いラヴァーズは重宝される。


 机の上に用意された測定器や、小さなマシンの数々を一瞥(いちべつ)してから、ドミニクは「ふーむ」と大きく首を傾げた。彼女は動きのなにもかもが、大袈裟だ。

「ポルックス姉よりもおまえさんだよ。不思議なんだよねぇ。どこにも異常はないのに、まったく子ができないってのは」

「……………………」

 またか。

 この話題を出されると、心底不愉快になる。

(ワタシの体内ウラノメトリアが、勝手に排除をしているなんて教えられないわ)

 仕組みはわからないが、ルルゥは自分が絶対に妊娠をしないということを知っていた。女からすれば、望まない妊娠の可能性を消すわけだから嬉しいことだ。

 ウラノメトリアの動きを視認できるルルゥはこの秘密を口にしたことがない。そもそもなぜウラノメトリアがそんなことをしているのかと問われても、答えられない。

 ルルゥの意志に従っているわけでもないので、体質の問題なのかもしれない。


「本当になんの薬も使ってないのかい?」

「使っていないわ」

 そもそもそんな伝手(つて)がない。

「やはり、こういう悩みを持つひとはいるの?」

「いるねぇ。でも軍の中には少ないね。多いのは貴族にちょっかいをかけられた女かね?」

「……そう」

 ()くんじゃなかった。不快でたまらず、顔に露骨に出てしまう。

 ドミニクはからっとした笑いを吐き出す。

「相談に来る子はまだいいさ。それに、なにも女だけの悩みじゃないからねえ。この国では一般的じゃないが、テラスト連合国は珍しくすべての問題は男側っていう考えをしてるんだよ」

「? 問題?」

「そうそう。あの国は複数の国が集まってできたものだから、ちょっと特殊っていうかね。

 トゥラーザ国もだけど、子ができない問題は女のせいにされることが多いだろう? おまえさんもさんざ、言われてるんじゃないかね?」

「…………」

「テラスト連合国じゃ、遺伝子決定を持つ男が悪いって考えなのさ。どっちも問題ないなら女が悪いってならないんだよ。実際、男のほうに問題がある場合が多いんだからあの国はそこだけはまともさね」

「そう、なの?」

 初めての情報に驚いてしまう。この国ではだいたいのことが女側に非があるとされるのに。

「主流の考えじゃなかったみたいだけど、子の性別決定権を持ってるのは男のほうだからね。好き勝手に性別を選べるわけじゃないけど、跡取りの男児が産まれない場合に責められるのが父親みたいだからあの国は」

「へえ」

 この国では想像できないことだ。

 テラスト連合国は軍事国家であることと、魔女のアネモネのことしか知らなかった。


「いいのではない? きちんと根拠があって責められるなら」

「嬉しそうじゃないねぇ。根っからの男嫌いなんだね、おまえさんは」

(みにく)い要素しかないから嫌いなの」

「手厳しいねえ」

 肩をすくめてみせるドミニクは、「終わりだよ」と声をかけてくる。ルルゥと会話をしながらもドミニクがあれこれとしていたわけだが、なぜ二ヵ月に一度、こうして医者に診てもらわなくてはならないのかわからない。

 やはり自分は、おかしいのだろうか。父の自分を見る目を思い出すと、途端に憎らしさが湧き出る。

「悪いねえ、検査させてもらって。なにせ世界最高数値を出したラヴァーズだからね、おまえさんは」

「たかだかスコア(エイト)じゃない」

 それにハンドラーでもない。たかがラヴァーズに定期健診が必要というのは……。


(姉さまのほうが大切……。ワタシなんかより、もっと)


 姉と同じ扱いをされるのは納得できなかった。採血されたものを見て、ルルゥは首を軽く傾げた。

「前から思っていたけれど、どうしてワタシの血が必要なの? どうせすぐに消えるのに」

「かかか。これでも医学は進んでいるのさ。いつか死体も保存できるようになるさね」

「死体が? ふふ。そんなことあるわけないでしょう? ウラノメトリアで身体が霧散するのに」

 そんなの、夢物語にもならない。

「そんなことばっか言ってたら、なにも進歩しないもんさね。今じゃ少しの道具にウラノメトリアを動力として使ってるけど、もっと可能性が広がれば人間の寿命だって()びるかもしれないよ?」

「……そ、れは」

 言葉に詰まった。なにか恐ろしいことをこの医者は言っている。

 なにもかもが夢想に過ぎない。だが、小瓶の中のルルゥの血はまだそのままだ。どれだけ()つのだろう?


 だが、ふいに考えてしまった。姉が、もっと長く生きられる世界を。


「この保存瓶だって、マギナに使われるほどとは言えないけどウラノメトリアをかなり含んだものでできてるんだよ。もっとたっくさんのことに使えたら、楽しくないかい?」

「でも、ウラノメトリアを使ったマシンはかなりの高額で……ワタシもあまり目にしたことがないもの。現実的ではないわ」

「おやおや。じゃあ内緒だけど、今度みせてあげるよ。蝋燭がなくても、周囲を照らすマシンを」

 ぎょっとしてしまう。軍医の薄給で手に入るものではない。

 ドミニクは後頭部を掻きながら、「いやね」と切り出した。

「知り合いからもらったんだよねぇ。これがまた便利でさ。ちっちゃくて夜の机仕事でしか使えないけど、夢があるからねえ」

「……そんなの、角灯でもいいのでは?」

「火を使うわけじゃないんだよ」

「?? 火を使わずに明るくなるわけがないでしょう?」

「そう思うよねえ? わしも照明マシンを見るまではそうだったからね」

「???」

 楽しそうなドミニクを前に、理解ができなくて困ってしまう。火を使わない照明道具などあるわけがない。


「マギナより複雑だからたくさん作れないらしいからねぇ。わしからすれば、マギナも奇妙なマシンではあるけどさ」

「べつにあなたは乗らないのだから気にしなくてもいいのではなくて?」

「いつかわしだって乗れるかもしれないだろう?」

「……ありえない。ハンドラー適性がなければ動きもしないのに」

「若い子が夢のないことばっかり言いなさんな。でっかいマシンに乗ってみたいってのは誰にでもあるだろう?」

 この女はなにを言っているのだろう。

 マギナというのは兵器なのだから、遊び半分で乗るものではない。

 ラヴァーズが燃料になって動くものだというのに、軽率なことばかり口にする軍医に苛々(いらいら)してきた。適性さえなければ、姉はマギナに乗っていない。乗りたいなら、代わって欲しいくらいだ。


 ルルゥは大きく嘆息して立ち上がった。座っていた簡素な椅子が反動で軽く音を立てる。

「そろそろ行きます。ではまた二ヵ月後に」

「はいはい」

「くれぐれも! 姉さまをしっかり()て、なにかあればワタシに」

「はいはいはい! わかってるって! おまえさん、本当に脳内がそれしかないんだねえ」

 呆れられているが、そこだけは譲れない。

 医務室をあとにするために扉に手をかけて開いたそこに、見慣れない人物がいた。

 整備士の作業服の、若い男だ。同い年くらいだろう。眼鏡をかけていることから、視力になにか問題があるとわかる。

「あ、ご、ごめん」

 慌てて道を開ける少年が視線を伏せた。

 青みがかった黒髪と、光の加減で青から緑に変わる奇妙な瞳。綺麗な顔立ちをしていたが、ルルゥは不快になってさっと避けるや歩き出した。



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