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きさらぎ国奇譚  作者: 如月ざくろ
みずかね製薬編
73/73

5

 かをるの過去を聞いた凛は、あまりの情報量に言葉も出なかった。


「これが僕の知っている全てだ。本当は祝福の花として力を全て取り戻したら伝えるようにと、母に言われていたのだけれど」

「つまり、私は……」

「僕が祝福の花であったならばと何度も考えた。けれど僕は異能すら持てなかった」


 絞り出すような悲痛な声だった。

 凛は緩く首を振る。父を恨む気持ちはもちろん全くない。


「私は……ずっと……おばあちゃんに守って貰っていたのね」


 十八歳まで如月国に連れて行かれなかったこと。異能を開花せずにいられたこと。如月国に渡った後も澄田に守って貰えていること。

 全ては祖母であるかをるが六十年も前から根回ししてくれていたお陰だった。


「そうだ。おばあちゃんはずっと……凛を心配していた……」

「それはお父さんもお母さんも一緒でしょう。私のことを心配してくれていた」


 如月国で禍の王を封印する役目を果たすことが、凛は不思議と怖くも悲しくもなかった。

 それはきっと孤独ではないという確信があるからだった。

 抗えない運命が目の前にある。けれどそれに立ち向かうのは自分ひとりではないと言う確信があるからだった。


「勿論だ。凛のために出来ることがどれほどあるのか分かれないけれど、僕は、僕とお母さんは……未来永劫、凛の味方だ」

「知ってる」


 話を終えて電話を切る。

 胸元に光り輝くのは、祖母かをるから渡されたペンダントである。これを織春は神鏡と呼んだ。三種の神器のひとつであり、有栖川家に代々伝わる家宝だと。

 この神鏡の異能を使いこなせるようになったときが、凛が“祝福の花”となった証なのだろう。

 もしも祝福の花となったなら、どうなってしまうのだろう。

 するべきことや求められていることはぼんやりと見えて来てはいるが、ただ漠然とした不安があった。怖くはないし悲しくはないが、ただ何となく不安があった。今更逃げるつもりはないが、ほんのりと纏わりつく不安感をやり過ごす様に小さくため息をついた。





「そろそろ件の祭事があるだろう」


 籠目邸で錦織と築が向かい合って座っている。


はらえの儀式のことか。でも祓を行うのは十二月だろう。まだ先じゃないか」


 如月国では、禍の王の封印を結び直す祓という儀式が行われている。六月と十二月の二回行われるそれは、如月国でも特に重要な儀式である。封印を結び直すと言っても実際に封じることが出来るのは“祝福”だけなので、あくまでもサポートというかたちではある。けれどもこれも何百年、何千年と続いて来た神聖で重要な儀式である。


「十二月だろうが、準備には時間が掛かるんだよ。しかも今回は祝福の花がいる」


 錦織の言葉に築はぴくりと反応する。


「凛はまだ異能を使いこなせていないが、何をさせるというんだ?」

「勿論、かんなぎさ。異能が使いこなせていないとしても、凛は唯一無二の祝福の花だ。祓の儀式に参加しない理由はないだろう」


 築は納得のいかない表情をした。存外分かりやすい男である。


「本当の理由は何だ? 俺には隠し事はなしだ」


 穏やかに微笑む錦織と厳しい眼差しの築は、黙ったまましばらく見つめ合う。そうしてようやく、誤魔化しが通じないと理解した錦織はやれやれと肩を竦めた。


「早急に凛を帝室に迎えたい。出来れば今すぐにでも。遅くとも大学卒業と同時に」

「それは随分、早急だな」


 凛はいずれ帝室の花嫁ものになる。それは有栖川家当主代行である築はよく理解していた。けれど凛はまだ十九歳である。十九歳で結婚をしてはいけない理由はないが、それにしてもあまりにも早すぎる。凛の様子を見るに、まだ結婚など少しも意識していないだろう。恋愛よりも興味をひくものが多すぎる。


「凛を帝室で保護したいんだ。藤原希世史と青華の動きが活発になっているだろう」

「それは一理あるが」


 警備においては、帝室より上はない。有栖川邸にいるよりもよほど安全だろう。

 けれど凛はどう思うだろうか。どう思おうが帝室へ嫁ぐことは決定していて、それを拒否することは不可能である。

 ならばいつ帝室に入ったとしても同じ話ではあるが、それでも慮ってしまうのは築も情を捨てきれないということだった。


「どちらが凛を貰うんだ」

「そんなのどちらでも構わないさ。凛が決めたっていいし、築が決めたっていい」


 冷たいように聞こえるが、これは彼なりの線引きだった。

 錦織は今上帝である。自由に決められることなどほとんどない。職業や住まい、食べるもの着るもの。通う学校や遊ぶ友達。全てが決められている。築が錦織の友人になれたのだって、築が澄田であって品行方正で、将来は官僚になるからだった。

 勿論、己の伴侶だって自分で決めることなど出来ない。いずれ国や如月国宮内庁が決めた人と結婚する。だから凛と結婚するように言われればそうするし、他の誰かと結婚するように言われればそうする。


「ともかく凛を巫として祓の儀式に呼ぶ。そこで顔合わせをしよう」


 錦織はただ穏やかに微笑みながら、足を組み替えた。

 凛の思いを置いて全てが進んで行く。築ですらその速度についていけそうにないというのに、凛についていけるだろうか。

 まずは凛に祓の儀式のことや巫のことを説明しなくてはならない。

 先々代の当主がした、祝福の花を守るという約束。それを果たすことが出来ているのだろうか。

 窓の外から差し込む月の光が、ただ静かに彼らを照らしていた。

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