12. 領地運営のその前に
思い立ったら直ぐ行動。
これが私の長所である。
私は屋敷に残ったセドリックに声をかけると、すぐさま話を切り出した。
「セドリック。私、領地運営について学びたいのだけど」
「……お嬢様がですが?」
「ええ」
私の申し出に、セドリックは眉を上げ、驚きの表情を浮かべた。
セドリックは私のお祖父様、つまり先代の頃から伯爵家当主に仕え、ある程度運営についても関わっている。
女遊びに忙しいお父様よりもずっと相談相手として相応しい人物だ。
「ここ最近、グレース様が真面目に勉強を取り組んでいるとイルダから聞いておりますが。……いや、しかし、領地運営ですか」
セドリックは戸惑ったように、眉を顰める。
「私だって領主の子供よ。運営に携わる権利があると思うの」
「……それはそうですが」
「セドリック。私は心配なのよ。お祖父様が存命だった時は何も心配なかったけれど、お父様はあんな人でしょ? 新しくやって来たリリーも亡くなって、この先の伯爵家の未来を考えると不安で不安で……」
私はオーバー気味に言うと、ちらりとセドリックの反応を窺う。
セドリックは困った様子でウンウンと唸っている。
「何もすぐに領地の運営に口出そうって訳じゃないのよ。将来を見据えての話なの。セドリックが手の空いた時間でいいの。勉強させて」
私が下手に出て懇願すると、セドリックは仕方ないと肩を落とした。
「……そうですね。まだ子供と言えどもお嬢様は立派な伯爵家の血筋を引いたお方」
「そうこなくっちゃ!」
ぱああと顔を明るくしたのも束の間、セドリックは釘を刺す。
「しかし、お嬢様が領地運営について学ぶことは難しいでしょう」
「……えっ? どう言うこと?」
いきなり出鼻を挫かれた私は、ムッとセドリック睨んだ。
「物事には順序があります。いきなり領地について学ぶのはまだ早いでしょう」
セドリックは怒った顔を見せる私に苦笑すると、宥めるように言った。
「なので、まずはこの屋敷の運営から、お教えしましょう」
「屋敷の運営?」
「ええ。お嬢様方の衣食住に関する出費、屋敷で働く使用人達の給料、運営に纏わる采配などです。本来なら、屋敷の奥様が取りまとめて行うものですが、リリー様が亡くなり、今は私が代行しております」
「そうだったのね」
「まずは運営に関する試算表をお渡ししますので、読んでみてください」
そう言ってセドリックは一旦、この場から離れ、すぐに書類を持って現れた。
「……結構、厚いのね」
私は手渡された紙の束の厚さに唖然としながらも、ペラペラと書類を捲ってみた。
「……いかかですか?」
「…………」
息巻いていた私だったが、これには困った。
グレースとして生きてきたこの12年間、私は世間知らずの箱入り娘の令嬢として育ってきた。
まずこの国の物価というのをまったく分かっていなかった。
毎日の食事にかかる食料に始まり、屋敷の手入れにかかる費用、使用人たちに支給する給料。どれも基準というものを知らない上に、よく考えてみれば果物一つの値段すら知らなかった。
こんな私が果たして屋敷の運営などできるだろうか?
前途多難。
私は高すぎる目標に眩暈を覚えた。
「さっぱりだわ」
「そうでしょうとも。グレース様は自分で直接物を購入したり、支払いをすることもありませんからね。いきなり試算表を見てもわからないでしょう」
なるほど。セドリックが領地運営に関わる前に、まずはお屋敷の運営からと言った理由がよくわかった。
まず私は物を知らなすぎる。
そこから勉強しなくてはいけないのだ。
どんな物にどんな価値があって、どんな価格なのか、そういった基礎的なことから知らなくてはいけない。
私は試算表を睨みながら、考える。
セドリックたち使用人から物の価値を教わるのは手っ取り早いが、それよりも現物をしっかりと見極めることが大事な気がする。
それにはまず市場調査が必要だ。
私は試算表から顔を上げると、セドリックに言った。
「……セドリック。私、街に出かけようと思うの。そこでまずは市井を勉強するわ」
「ほう」
私の出した答えにセドリックは満足そうに頷き、私の瞳をじっと見つめた。
「……な、何?」
「グレースお嬢様のその眼は先代の旦那様を思い出しますな」
「えっ?お祖父様?」
「ええ、とても良く似ていらっしゃいますよ」
なんと。
私はお祖父様似だったのか。
お祖父様は私小さい頃に亡くなっている為、あまり記憶にない。
しかし、目がギョロリとしてて、いつも怒ったような顔付きで、怖かったのは覚えている。
ーー確かに言われてみれば、私の吊り目も怒っているように見えるし、お祖父様と似ているのかもしれない。
お父様には似ていないから、てっきりお母様似の顔立ちだと思っていたのだが、一番似ているのはお祖父様だったのか。
「もしかしたら、先代様の血を一番濃く受け継いでいるのはグレースお嬢様かもしれませんな」
「……お祖父様の血ね」
ーーなんか複雑ね。
ミラのように愛らしいぱっちりお目目や、せめてお父様の切長のクールビューティな目が良かったわ。
しかし、顔立ちはともかく、お祖父様はみんなから尊敬される人であったことは知っている。
セドリックやイルダなど長年伯爵家務める使用人や領地で暮らす住人の中には未だにお祖父様に心酔している人間も多い。
領地を盛り立てる能力は勿論、人望も厚い人だったのよね。
うーん。私もお祖父様のような人になれるかしら?




