11. 懸念事項
松葉杖も取れ、足の怪我も順調に回復した頃、ミラもまた母親リリーの死から立ち直り始め、少しずつ前のような明るさを取り戻していた。
今では一緒に勉強したり、遊んだりと、すっかり仲の良い姉妹になっている。
「グレース様、ミラ様。本日はどのようにお過ごしになりますか?」
朝食の席でメイド長のイルダが給仕をしながら今日の予定を確認してきた。
「そうね……。今日は家庭教師の先生は休みなのよね。……イルダは忙しいかしら?」
「午前中であれば少しお時間が取れます」
「なら、今日はイルダに教わるわ。ミラもいいかしら?」
「はい。お姉様」
「かしこまりました。では、本日は礼儀作法のお勉強にしましょうか。グレース様の怪我も良くなりましたことですし」
「うっ……」
礼儀作法の勉強は肩が凝って嫌いだった。
あからさまに遠慮したい表情を浮かべる私を見て、イルダはこっそりと私に耳打ちをする。
「ミラ様のお手本になれるよう、レディの振る舞いを覚えないといけませんよ」
「……」
私は向かいの席に座ったミラを見ると、彼女はニコッと微笑む。
「――っく」
私は拒否したい気持ちをグッと飲み込み、イルダに無理矢理微笑んで見せた。
「わかりました。では、イルダお願いね」
「はい、お嬢様」
イルダはほくそ笑みながら、空いた皿を持って下がって行った。
巧みなイルダの誘導が腹立たしい。
どうも最近の使用人たちは、私がミラの為なら何でもすると思っていないかしら?
ミラを人参代わりにチラつかせるなんて、私は馬ではなくてよ? 失礼しちゃうわ。
彼女たちからすると、今まで我が儘し放題だったお嬢様が、やっと令嬢らしい振る舞いをするようになって、それはもう喜んでいるそうだ。そして、ここぞとばかりに私にお嬢様の教育を推し進めたいらしい。
――まぁ、私としても尊敬されるお姉様になるのなら、苦労は厭わないけれどね。
イルダと入れ違いにして、お父様に食後のコーヒーを持ってきた執事のセドリックがテーブルへとやって来た。
そのセドリックにお父様が声をかける。
「セドリック。午後は街へ出かけるから、馬車の用意を頼む。それとマーカスにも声をかけてくれ」
「かしこまりました、旦那様」
セドリックは澄ました顔で頷き、その場を下がる。
「今日も街へお出かけですか?」
「……ああ」
私が訊くと、お父様は僅かに目を泳がせ、視線を逸らした。
「……?」
なんだろう。今の間は。
しかし、それ以上話を振られたくないようで、お父様は黙り込んだまま、静かにコーヒーを啜る。
まるでやましいことがあるかのようだ。
最近、お父様は頻繁に外に出かけている。帰りも遅いことが多く、一緒に食事を摂る機会も減っていた。
もっとも、元々親子の交流なんてほとんどないので、淋しいとかいう感情はサラサラない。
――お父様がどこでどうしようと、どうでもいいけれど。
お父様が子供に無関心なのと同様に、私もこの父親に何かを期待することは、とっくの昔に諦めていた。
――――――
慣れない礼儀作法の練習に疲れたミラは、午後は部屋で休むそうだ。
私も部屋で休もうかと考えていると、外から馬車の音がしてたので、廊下の窓から外を覗き込む。
ちょうど玄関からお父様が出てきて、セドリックたち使用人に見送られ、馬車へと乗り込んでいく様子が見えた。
一体、どこへ出かけているのだろう。
「……仕事でないことは確かよね」
12年間、一緒に暮らしてきて、父親の性格はよくわかっているつもりだ。
仕事ならば、右腕として働くセドリックを置いては行かない筈だし、妙に小洒落た格好をして出かけているとなれば、答えは一つ。
「ーーまた女か」
我が父親ながらウンザリである。
リリーが亡くなってそう月日が経っていないのに、これだ。
私の産みの親であるお母様が離縁するのも当然であろう。
そこでふと前世の記憶を思い出す。
正確には前世でプレイしていた乙女ゲームの記憶である。
乙女ゲームの中で、伯爵家の経営は破綻寸前だった。
ゲームの物語は主人公であるミラが16才になってからスタートするのだが、その頃にはローランド家の経営は悪化。その所為でゲーム内のミラは苦労をするというエピソードがあった。
ここが乙女ゲームの世界というのは未だ半身半疑だが、もしゲームと同じ世界だと仮定すると、由々しき事態である。
――そう言えば、お父様の経営ってどんな感じなのかしら。
何だか遊んでいるイメージしかない。
「……」
今までお父様がどこへ行こうが関心はなかったけれど、ひょっとしたらこれはまずい展開なのではないのだろうか。
可愛いミラが将来苦労することなく過ごしてもらうために、伯爵家の経営状況を私も知るべきなのでは?
そう考えた私は早速、然るべき人物に相談することにした。




