13. 箱入りお姉様、街へ出かける
「では、マーカス。お嬢様方を頼む」
「はい」
年はマリアくらいだろうか。長い髪を後ろに一つに結んだ若い従者が馬車の御者台へと乗る。彼はお父様が出かける時によく一緒に同行している従者だ。
確か護衛として数年前から伯爵家で働いている少年である。
しかし、控えめに見ても彼の細身の身体は、護衛と言うには頼りなく見える。
「……マーカスが付いてくるの?」
見送りのセドリックに訊ねると、彼は私の目を見て忠告をする。
「グレース様、彼はこう見えて腕が立つ人間です。もし何かありましたらマーカスの側から離れては行けませんよ」
「ええ」
レニースター領内は比較的治安はいいから大丈夫だとは思うが、曲がりにも領主の娘がお出かけとなれば護衛は必須だ。
今日はお忍びの為、格好もいつものドレスではなく、商人などの富裕層の娘たちが着る控えめなワンピースで変装しているし、お付きの従者も侍女のマリアだけだ。いざと言う時はマーカスだけが頼りとなる。
「よろしくね。マーカス」
「…………………………お任せ下さい」
ニコリともせず、マーカスは淡々と言う。
ーー寡黙なタイプの人間なのかしら?
「さぁ、お嬢様も中へ」
「ええ。では、行ってくるわ」
私はセドリックに告げると、馬車の中へと乗り込んだ。
馬車にはすでに二人の先客がいた。一人は私の侍女のマリアでこちらは問題ないのだが、困ったのはもう一人の方である。
「……それで、貴女も行くのね」
「はい。お姉様」
ニコニコ顔で天使のように微笑むミラは、私と同じくお出かけ用のワンピースを身につけていた。
うん。今日も私の妹は天使ね。
――って、そうじゃなくて!
「ミラ。何度も言ったけれど、今日は遊びに行くのではなく、街を見学しに行くのよ。あまり貴女に構っていられないし、退屈するかもよ?」
私はミラにそれとなく遠回りに警告する。
しかしミラは口をグッとへの字に曲げると、胸の前で両手を組んで私に訴えた。
「わかっています。でも、私はお姉様とお出かけしたいのです。お邪魔はしませんから。……ダメですか?」
「うっ」
可愛い妹に上目遣いにおねだりされては、断ることなんて出来ない!
「……大人しくしていれば、いいわ」
「はい! ありがとうございます。お姉様」
くぅう。素直で可愛いっ! やっぱり私の妹、天使っ!
思わずミラを抱きしめると、正面に座ったマリアがため息を吐いた。
「……本当、お嬢様はミラ様に激甘ですね」
マリアにシスコンと言われても仕方がない。
だって、こんなに可愛いんだもの! しょうがないでしょ!?
――――――
「結構、人が居るのね」
「お姉様、市場はこちらですわ」
私はミラに手を引かれ、人で混み合う道をキョロキョロと首を巡らせながら歩いていく。
私の横にはマリアがピッタリとつき、その更に後ろにマーカスがついて歩いていた。
「お姉様はあまり市場には来られませんの?」
「そうね。……ミラは詳しいようだけど、貴女はよく街へ来るの?」
「はい。街は楽しいですから」
――へぇ。そんな風に考えたこともなかった。
ドレスやアクセサリーだって、商人を屋敷に呼んで買い物するのが普通だと思っていたし、わざわざ街に降りて平民と交流なんて格式が下がるとさえ思っていた。
実際、周りの貴族令嬢はそういう暮らしをしているの子がほとんどだろう。
「……果物、野菜に穀物。あら、パンも売っているのね。……うっ。豚が吊るされているわ。あれはお肉屋さんね……」
初めて見る市場は見るもの全て刺激的で、ついキョロキョロと目移りしてしまう。
それにしても、活気がある。
「活気があるし、人も大勢ね」
ボソリと私が呟くと、隣でマリアが呆れたように言う。
「何を仰っていますか? 今は昼すぎ。間も無く市も閉まる時間ですよ。朝の活気に比べたら、こんなのガラガラですからね」
「そ、そうなの?」
マリアが得意げに鼻を鳴らし、疎い私に説明をする。
「ええ。それに今日は平日ですから、出ている店も少ない方です。休みの日はもっと多くの露店が並びますよ」
「……そうなのね。ねぇ、お屋敷の食料なんかもここで買うの?」
「いいえ。もっと大きいお店から直接卸してもらっていますね。一々、ここで買っていたら荷物がとんでもない量になりますから」
「それもそうね」
私は露店で売られている商品と値段を見ながら、頭の中で計算した。
セドリックから見せてもらった試算表より、露店の商品は安い。やはり、貴族のお屋敷に卸すものはここの品よりも高価なのだろう。
「お姉様! あそこのお店、お姉様の好きなジュースが置いてますわ」
はしゃいだ声でミラが露店の一角を指差した。
「あら、果物屋さん? 新鮮な果物を絞ってジュースにしているのね」
「グレース様、飲まれますか」
「ええ。そうしようかしら」
「では、買って参ります」
「あ、待って」
「はい?」
買いに行こうとするマリアを呼び止める。
「私、自分で買ってみたいわ」
「……できますか?」
「失礼ね。それくらいできるわよ」
今までの世間知らずだったお嬢様のグレースでは無理かも知れないが、今の私には前世の記憶がある。自分でお金を支払って物を買うなんて当たり前にできる。
私はマリアからジュースの料金に当たる分の硬貨を受け取ると、ミラと一緒に果物屋へ向かった。
「はい。マリア。お釣り」
「まぁ、本当にスムーズにやり取りできましたね」
「そうでしょう? さぁ、これを飲んだら次のお店に行きましょう」
その後はマリアに案内させて、市場から出て、服屋や雑貨屋など幾つかの店を回った。
最初は見るもの全てが新鮮で興奮気味に楽しんでいた私だったが、4つほどお店を回った辺りからどっと疲れが襲ってきた。
「お姉様? 疲れました?」
ミラが足取りが重くなった私を心配そうな顔で見上げる。
「たくさん周りましたからね。お疲れでしょう。ミラ様は大丈夫ですか?」
「はい。私は平気です」
年下のミラはまだまだ元気なのに、お姉様として情けない。
もっと回りたかったけれど、ここら辺で最後にした方が良さそうだ。
「――マリア。この辺で甘いものが食べれるお店あるかしら? 休憩にしましょう」




