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宣戦布告

 土曜日だけあって、混みあった電車から吐き出された人の波。それに逆らうことなく駅から出た俺たちは、そこでようやく、待ち合わせた人間の外見を何一つ知らない事に気づいた。

 この状況で話しかけていいものなのか迷いながら、それでも口を開く。

 この二時間で、最初の会話だった。

「なあ、どんなやつと待ち合わせてるんだ?」

「解らないわ。おそらく、相手側に見つけてもらうのを待つしかないみたいね」

 東口で、人の波から外れたところに佇みながら、周囲を見回す。改札から出てスカイツリーへと向かっていく人の中に、それらしい人間は見当たらない。

 時刻は、午後一時五十八分。そろそろ、現れてもおかしくないはずだが。

 沈黙の中に一分が過ぎ去り、一時五十九分。

「いないわね」

「見つけられないのか、まだ来てないのか、どちらにしろあと一分後だ」

 指定された午後二時まで残り三十秒。

 唐突に、俺の携帯が鳴った。

 限界まで張り詰められた神経を刺激され、思わず肩が跳ねる。ポケットから取り出した携帯の画面には、『非通知設定』の文字。

 横から覗き込んだ真弓の顔にも緊張が走る。その視線に促され、震える指で『応答』の文字に触れた。

「……もしもし」

『やあ、柊怜君だね? その横にいるのは槌田真弓さんのようだ』

突如言い当てられ、表情が凍る。俺たちが指示に従うかどうか、従うならば誰が行くのか、ウロボロス側が知る術は無い。おそらく、監視されている。

「……ああ。そうだ」

監視されているとなれば、下手な行動は命取りになるだろう。俺の表情を察して黙り込んだ真弓に頷いて、返事を返した。

『そろそろ二時になるね。右側を見てみるといい』

隊長に掛けた電話のときよりもフランクな口調。それでも、どこか見下したような雰囲気は拭いきれていなかった。

 言われた通り、右側に視線を動かす。

 そこには、天を突くように屹立している、東京スカイツリーがあった。

「二時まで、後十秒よ」

隣から、緊迫したような声が聞こえてくる。それを半ば上の空で聞きながら、俺は東京スカイツリーの隅々に目を凝らす。

 けれど、何か怪しい気配は感じられないし、そもそもここからではスカイツリーの細かい部分が見えるはずも無い。

「五秒……四、三」

『さあ、ショータイムだ。……君たちの、健闘を祈るよ』

含み笑いを残して、電話が切れる。

 その不吉な言葉を吟味する時間もなく、それは訪れた。

 突如響いた轟音。耳を劈くような重低音は地面の振動を伴って、俺たちを包みこむ。誰もが当惑に顔を染め、傍らの知人に助けを求めている。

 けれど、その困惑の原因は、さらに大きさを増すばかりだった。

 その中で、俺たちは熱心に視線をめぐらせていた。

 四年間叩き込まれたスフィアフォースとしての行動。それをもってしても、監視者は見つけることができなかった。

 お互いの死角をカバーするように一周して、もう一度スカイツリーを見上げる。

 強烈な違和感が、脳を駆け抜けた。

 具体的に何かが変化しているとは思えない。けれど、見上げた電波塔は、確かに、どこか違って見えた。

 その優雅な風貌に目を凝らす。凝らして、見回して、そして、違和感の正体は顔を出した。

――――高くなってる!?

「なあ、スカイツリー、高くなってないか?」

「はぁ!? いきなり何を……」

俺と同じ方向へ目をやった真弓は、途中まで口に出していた返答を途切れさせ、唖然とした表情を作った。

 恐慌状態に陥った人の波の中で、二人、愕然とスカイツリーを見つめる。

 そして、先に行動を起こしたのは真弓だった。

「……高くなってるんじゃないわ。――――――浮き上がってるのよ」

「な……あ……」

咄嗟に反論しようとして、高くなっているよりかは現実味があると思い直す。

 すぐに、その仮説は裏付けられた。

 俺たちの立つ場所からでも見えるほど、スカイツリーが高度を上げたのだ。引っこ抜かれた雑草のように根元に土を絡みつかせながら、ゆっくりと、しかし着実に高度を上げていく。スカイツリーの最低部と、地面との間には、低いビルほどもある空白が存在していた。

「……ウロボロスの、球体保有者か……!」

「おそらく、能力としては念動力の類ね。何にせよ、保有者を見つけないと!」

既に人々は駅の構内へと避難しており、周囲に存在した人混みは消え失せている。

 わずかに存在する人々とは逆方向、流れに逆らうようにして、俺たちはスカイツリーの根元へと駆け出した。


 スカイツリーの根元は、大きなクレーターになっていた。俺たちの頭上にはスカイツリーが覆い被さっているが、俺たちが根元にたどり着くまでの数分の間に、その上昇は加速を続け、今では根元の部分が直径数十メートルほどに見える。

 そして、周囲には、徐々に報道陣や警察と思しきヘリコプターが集まり始めていた。

「これ以上ここにいると、私たちまで疑われかねないわ」

間断なく左右を見回し、クレーターの縁を駆けずり回りながら、真弓が呟く。

「撤収するか」

「了解」

多少どころではない未練を振り切って、駅へと駆け出した。

 俺たちが駅前へと帰り着き、最後にもう一度、とスカイツリーを振り返ったとき。

 上昇が、ぴたりと止まった。

 大きさとしてはそこまで変わっていない。しかし、周囲のビルに邪魔されないでその全容を知ることができるほどまで、上昇していた。

 そして、またしても衝撃音が響く。が、振動はなく、代わりに金属が擦れ合うような、耳障りな異音が大半を占めていた。大音響で響く不快な音に顔を顰めながら、その出所と思われるスカイツリーを注視する。

 瞬間、空気が破裂し――――――――――スカイツリーが、潰れた。

 まるで、ペーパークラフトを謝って踏み潰したときのように、何の抵抗も無く、あっさりと。

 新しい日本のシンボルとしてさっきまで屹立していた電波塔は、今、世界一を誇った高さをゼロにして、ただの金属塊に成り果てていた。

 ばらばらと、引き千切られた鋼鉄の欠片が落下していく。その間にもスカイツリーだったものは強引な変形を続け、ついには、ただの球体になっていた。

「……うそ……」

真弓のように何かを呟く事もできず、ただ目の前の光景に絶句する。四万トンを超える鋼鉄の塊が宙に浮き、あまつさえ紙屑のようにくしゃくしゃにされた。

 その衝撃が、俺たちの体を凍りつけていた。

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