束の間
協次郎を除く五人が集まったオフィスは、緊張に張り詰めていた。誰もが難しい顔をして、課長の電話に固唾を呑んでいる。
「札幌のJRタワー、東京スカイツリー、大阪の通天閣、福岡の福岡タワー、以上四つが同時に破壊された。方法は、爆発、四つに引き千切る、空中で潰す、基盤を捻じ曲げる、と統一性は無い。おそらく、球体保有者の仕業だ。そして、組織化されている」
今、メディアはその話題で持ちきりだ。『球体保有者による同時多発テロ』なんて話題性抜群の事件が、小さな報道で終わるはずも無い。テレビを点ければどの局も、臨時報道特番をやっているし、大きな駅では号外も配られている。
事件発生から四時間ほど。今、日本中で知らない者はいないほど、大きな事件になっていた。
各報道局に送りつけられた、犯人からのビデオレターと共に、今世間は大賑わいだ。
『日本に住むすべての皆さん、ごきげんよう。私の名はM。球体保有者のみで構成された組織、『ウロボロス』の幹部を務めております』
薄暗い部屋の中、仮面に燕尾服、シルクハットという奇怪な格好の男性が、優雅に腰を折る。
『我々の目標は、球体保有者への差別を撤廃することでございます。言うなれば、反赤目協会の対極に位置する存在。球体保有者は、世の理を超えた力を持つ者。崇められこそすれ、蔑まれる謂れは微塵もございません。我々は、それを世に知らしめるため、同士一同、立ち上がった次第でございます』
そこで言葉を切った男。俺は、その仮面の奥に、残虐な笑みを見た気がした。
『手始めに行ったショーを、自分の目で、あるいはメディアを通して、ご覧になられた方も多いことでございましょう。今後、我々はあのようなショーを通じて、世の皆様に差別の撤廃を、球体保有者の力の素晴らしさを、広く知らしめていく所存でございます。どうか、とくと目を見開き、我々の行う素晴らしきショーを、ご覧頂きますよう。……それでは、また次のショーでお会いしましょう。さあ、It’s show time.』
流麗な発音で締めくくった男が一礼すると共に、画面が暗転する。
「これが、報道局に送られた映像の全てよ。現在、ネットやテレビを通じて驚異的な速度で拡散しているわ」
モニタールームに全員が集まった中、流れた映像について、隊長はそう告げた。
「『差別の撤廃』だぁ? やってることはテロと変わらねぇじゃねぇか。ったく、なんだってんだこいつらの頭は」
「それを言っても、始まらないでしょう。まずは、彼らが何者か、ですよ」
頭を掻き毟る木和田をやんわりと宥めた芦刈さんが、隊長に鋭い視線を向ける。それを受けても、隊長は眉一つ動かさなかった。
「目下調査中、としか言えないわ。分かっているのは、ウロボロスと名乗っている事、組織化された、球体保有者の集団である事、リーダーがK、幹部がMだから、おそらくメンバーの全員がアルファベット一文字で呼称されていること」
「……つまり、全ての人員あわせて、二十六人いないのではないかと推測されている」
全員の頭上に、沈黙が降りる。そこで、俺は兼ねてから抱いていた感想を伝えておく事にした。
「Kの声に関してなんですが、あれが肉声であるとすれば、どこかで聞いたことがあると思います。おそらく、何らかの有名人かと」
この場にいる全員が、俺を見る。その圧力に半歩引きそうになるのをなんとか持ちこたえて、隊長を見つめ返す。
「……その線での調査も行うわ。ゴースト、何でもいいから。できる限りの情報をかき集めて」
いつも通り、性別の判断をしにくい顔に無表情を浮かべて、芦刈さんが頷く。そして、すぐに出て行った。
あれだけ漠然とした指示でも迷わず動けるのが、芦刈さんの持ち味だろう。それでいて、いつも確固たる情報を持ち帰ってくるのだ。どんな術を持っているのか。普段は、隅で本を読んでるだけなのに。
くだらない思考を追い払って、いまだ続く会議に意識を戻す。
「けど、死傷者の数や破壊した物の価値だけじゃないわね。このテロで、一般人と保有者の溝はもっと深くなるわよ」
「ええ。差別は激化するだろうし、同調した保有者による模倣犯も考えられる。ウロボロスは、掲げた思想と矛盾した行動をしてるの」
『ウロボロス』その図柄の意味するところは、なんだった?
ポケットから取り出した携帯でインターネットを起動し、検索する。
「ねぇねぇ、何見てるの?」
パーカーの裾を引く結衣にも結果が見えるように、屈んで画面をそちらにずらす。
「不老不死、完全な存在、相反するものの統一、循環、永遠、破壊と創造、全知全能……そんなところか」
俺が呟いた言葉の羅列を、隊長が吟味していく。
「掲げた思想に沿うのであれば、相反するものの統一? 全知全能を気取ってるとでも言うの?」
「不老不死、完全な存在、永遠……どれにしても傲慢ね」
吐き捨てた真弓の顔には、隠しきれない嫌悪が浮かんでいる。
俺かて、憤りはある。やってることの理不尽や矛盾に苛立ちを禁じえない。
けど、それ以前に、理由が知りたい。何故、こんなことをしたのかを。
でもまあ、それは、Kを捕まえたときにしよう。
「……ここで頭を捻ってても、埒が開かないわ。とりあえず、ご飯にしましょう」
「腹が減っては戦ができぬってか? 呑気なもんだな」
「じゃあ、木和田は飯抜きな」
「あら、作るのは私よ?」
芦刈さんは出て行ってしまったし、世間は今、寝食すらままならずに働いている人がいるのだろう。
けれど、まずは、俺たちに要請が来るまで、休憩だ。




