表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
37/71

追憶

 瞼を開ける。そこに映った風景は、見覚えのある天井だった。ついでに言えば、ベッドの寝心地も知っている。が、前回とは違い縛られてはいないようだ。

「起きたかしら?」

「ああ、起きた」

返答しながら上体を起こし、ベッドの脇で端末を弄っている槌田に顔を向ける。その二の腕や左肩には包帯が巻かれており、俺が戦意を喪失していた間、槌田が何をしていたのか物語っている。かく言う俺も小石が当たったところには湿布や包帯が巻かれているが。

「どうなった?」

言葉が足りないかとも思ったが、槌田は俺の問いが何を指してのことなのか、受け取ってくれたようだった。

「……私とあなたは奇跡的に軽傷で済んだけど、木田は他の侵入ルートに爆弾を仕掛けてたわ。木和田君は右手首捻挫。芦刈さんは左足を挫いたそうよ。副隊長も左腿がえぐれて、今治療中。木田はあなたの斬撃で死亡したわ」

 ざわめく心を宥めて、大きく息を吐く。やりきれなさを乗せて。

「……そうか」

「ええ。……それと、ありがとう。助かったわ」

唐突に告げられた感謝は、木田を倒したことに関するものだろうか。その真意を測りかね、不覚にも瞬きすることしかできない。

 そんな俺の様子に、槌田はため息をついた。

「あなた、私が殺されそうになったとき、助けてくれたでしょ。諦めかけてた私の代わりに、木田を倒してくれた。だから、ありがとう」

やめてくれ。俺は、そんなことを言われるような人間じゃない。誰かに礼を言われるようなことなんてしてないんだ。

「俺は、そんなこと言われるようなことはしてない。お前を助けたのも、目の前で死なれたら目覚めが悪いからだ。自分の非力のせいで、守れたかもしれない人が死ぬのは嫌だったからなんだよ。結局、お前を死なせたくなかったんじゃなくて、守れないで罪悪感を背負うのが嫌だっただけなんだ」

この俺が、『罪悪感』だなんて、笑わせる。現に今、俺は木田を殺したことへは後悔はおろか人の命を許可無く奪った自覚すら薄い。ただ、俺が殺した、と漠然としたものを感じているだけだ。その重さは、分からない。考えないようにしている。

「あら、だけど私が生きているのはあなたのおかげよ」

「それは結果論だろ。結局俺は、また十字架を背負うのが嫌だっただけなんだよ」

「それでいいじゃない」

槌田が吐いた、無責任とさえ取れるような言葉に、俺は顔を上げた。そんな俺の表情を見て、槌田は小さく笑う。

「私だって、『誰かのために』なんて大仰な動機でここにいるんじゃないわ。私はね、『誰かに必要とされたい』からフォースに入ったのよ。翠さんに、フォースの隊員に、世の中の人々に。自分が彼ら、彼女らに必要なんだって思いたいから戦うのよ。随分手前勝手な動機でしょ?」

それでも、俺よりはマシだ。過去の事件に囚われたまま、ただ漠然と五十鈴だけを見て生きてきた俺より。結局自分が不利益を被らないようにしか動けない、馬鹿な俺より。

「あなたさっき、『また』って言ったわよね。あなたは、過去に何があったの?」

誰彼構わず吹聴するような話ではないけれど、俺はゆっくり口を開いた。

「俺の両親と、五十鈴の家族は、強盗に殺された。俺の両親は優しい良い人たちだったよ。五十鈴の父さんとはよく遊んでもらった。五十鈴には二つ上の、つまり俺より一つ年上の姉がいてさ。一つしか違わないのにお姉ちゃんぶって、結局失敗するんだよな」

――――よし! 公園でサッカーするぞ!

――――じゃあ、お父さんと怜、わたしと五十鈴のチームね!

――――あっちの方が強いよ……?

――――大丈夫! お姉ちゃんに任せて!

六年も経つのに、昨日のことのように思い出せる日常。

――――あー! 負けたぁー!

――――だから言ったのに

――――わはは! じゃあチームを変えてもう一回だ!

「けど、六年前のクリスマスイブに、全部崩れた。その日はクリスマスパーティーやるって言って、俺の家に俺と両親、五十鈴とその家族の七人が集まって、騒いでた。

その時にさ、あの男が入ってきたんだ。薄汚れた服で、汗の饐えた臭いがしてた。そいつは金属バットと大きな包丁持って家のドアを蹴破って、止めに入った俺の父さんとおじさんを殴り殺した。十歳前後だった俺たちは部屋の隅で膝を抱えて縮こまってて、母さん達が椅子とか花瓶とかで応戦して、殺されるのを見てた」

――――何の用だ! 今すぐ去らないと警察を呼ぶぞ!

――――やめ、ぐあっががああああああ!

――――こっちよ! こっちで待ってなさい!

――――きゃあああああああああああ!

「父さんの頭が叩き潰される瞬間も、その音も、おじさんの首が嫌な音を立てる瞬間も、全部覚えてるよ。母さんが胸を包丁で一突きにされるのも、おばさんの顔だけが百八十度回るのも。

大人四人を殺しつくした男の標的が俺たちに向いて、けど恐怖と吐き気で俺も五十鈴も黙って怯えるしかなかった。その中で、あいつは、鈴音だけは気丈に振舞ってた。動けない俺たちに笑いかけて、近くにあった座椅子を持って立ち上がったんだ」

――――――――大丈夫、お姉ちゃんに任せて。

震え声で紡がれた、あいつの口癖。そう言って張り切ったときはいつも何か失敗をする、あいつの自負。今だって、ふとした時に思い出す。俺が大好きだったあいつの、大嫌いな引き攣った笑顔。

「子供の、しかも女の子の腕力で大人四人を殺した男に太刀打ちなんてできるはず無かったんだ。簡単に組み伏せられたあいつは錯乱した男に圧し掛かられて、首元を滅多刺しにされた。その瞬間を、俺だけが見てた。五十鈴は恐怖で失神してて、あの瞬間は見ていない」

見ないほうが良かった。口の中で呟く。泣きながら、それでも気丈に笑って見せたあいつの死に顔なんて。喉元から血に染まって、それに比例して顔も絶望に染まっていくあいつの最期なんて。

「鈴音を刺すのに夢中になってる男の後ろに回って、ちょうどケーキを切ってたナイフをうなじに突き立てた。男は一回大きく血を吐いて、動かなくなった。あの時の感触は、今でも覚えてるよ。その後、自分で警察を呼んで、事情を説明して。俺は正当防衛で不起訴。メディアの報道自粛で俺の『人殺し』も世には出なかった」

俺が人殺しにアクセントを置いたのが伝わったのだろう。神妙な顔で俺の話を聞いていた槌田が緩慢な動作で俺の目を見た。

「……人殺し?あなたは、自分と五十鈴さんの命を守るために犯人を殺したんでしょう?」

その問いは、俺からしてみれば笑うしかない。

槌田は、俺の笑いを見て眉をひそめた。

「違うな。俺は鈴音と家族の仇を取りたかっただけだ。目の前の男を殺したかっただけだ。恨みを晴らして、守れなかった後悔と罪悪感と少しでも紛らわせたかっただけなんだ」

あそこで俺が行っていれば。すぐに警察を呼んでいれば。鈴音は助かったかもしれないんだ。それをしなかった俺のせいで、鈴音は死んだ。

「……私の両親は、銀行強盗に巻き込まれて死んだわ」

唐突に、槌田が口を開く。それは、悔恨に沈む俺を現実へと引き戻し、否が応でも後悔から引き戻した。

「知ってるかしら、小金井銀行立てこもり事件」

首肯を返す。それなら、テレビで見た。確か、人質だった夫婦二人が子供を庇って…………まさか。

俺の表情から、言わんとすることを読み取ったのだろう。槌田は無表情で頷いた。

「そうよ。犠牲になった人質の夫婦は私の両親。庇われた子供は私。私みたいな子供が一番世間にとって見せしめになるだろうって、最初の見せしめとして私が選ばれて、お父さんが強硬に抵抗して、お母さんがそれを支持して……結果、私の目の前で二人とも射殺されたわ。その後の顛末は、知っての通りよ」

発砲音を機にSITが突入して、犯人グループ四人を確保。

「私を庇ったばかりに両親とも死ぬ事になって、最初は私も悔しかったし、非力を呪ったわ。何で自分じゃないんだって、やりきれなくて叫んだこともある。仇を討ちたくて、でも討てなくて、私に残されたのは絶望だけだった」

何も言えない。安易な逃げ道を用意されて、それを進んだだけの俺には何を言う資格も無い。

「親族が私の処遇を決めかねているときに、子どもの頃からの親友だったっていう翠さんが私を引き取ってくれた。それ以来、私は後ろを向いて生きるのはやめたわ。翠さんが、言ってくれたから。あなたと同じように、自分を呪って相手を憎んで世界を嫌っていた私に対して」

そう言うと、槌田は紅潮した顔を逸らすと、おずおずと俺の背に腕を回してきた。

咄嗟の事に反応できない俺に、槌田が囁く。

「……あなたを庇った鈴音さんと、ご両親たちの行動は、褒められたことではないかもしれない。けど、結果的にあなたと五十鈴さんの命は救われて、あなたたちは生き永らえた。だったら、絶望して、閉じこもって生きるより、その人たちが褒めてくれるような生き方をして、次に向こうで会った時に胸を張れるように生きなさい。自分の命と引き換えに救って良かったと思わせられるように、前を向いて生きていくの」

隊長の言葉だと言うのなら、それはきっと人の死に近いところで生きてきた結果の考え方なのだろう。今までの自分を否定されるような言葉なのに、何故かそれはすんなりと入ってきた。

「……あなたがそれを抱えてきた時間は私とは比べ物にならないほど長いから、今すぐ変えるのは無理だと思うわ。けど、少しずつでもいいから、ちゃんと前を向いて」

柔らかな香りが鼻腔をくすぐり、伝わっていた体温が消える。

「ご飯よ。落ち着いたら来なさい」

打って変わって事務的な口調で告げた槌田は、振り返らないで部屋を出て行く。

我に返って、慌てて後を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ