戦意回復
槌田が地面に崩れ落ちるのを、俺はぼんやりと見ていた。槌田を見殺しにするのは嫌だが、俺の体は動かない。木にもたれかかった体勢のまま、槌田と木田を見ていた。
木田は捕まえなきゃならない。槌田は守った方がいい。目の前で死なれるのは目覚めが悪いから。
俺が動く理由はある。動かなければならない理由もある。けど、俺は木田とあの男を重ね合わせて、動くことに恐怖していた。
槌田の後頭部に拳銃が向けられる。
――――また、目の前で死ぬのか。
木田が、嗜虐に染まった顔で嗤う。
――――恐怖に動けない俺のせいで。
弧を描いた唇が、何かを呟く。
不意に、槌田の体が揺らめいた。
栗色のポニーテールが、漆黒のショートヘアに。俺より少し低い身長は、十歳ほどまで縮む。
それと同時に木田の細身が大柄に変わる。立ったまま拳銃を突きつけるその姿が、少女に圧し掛かって一心不乱にナイフを振り出す。
――――嫌だ。
――――――嫌だ、もう見たくない。俺のせいで誰かが死ぬのはもうたくさんだ。
そうだ。あいつの二の舞を見るのはごめんだ。俺の非力で守れないのはもう嫌だ。
俺はあの時とは違う。今は膝を抱えるだけの子供じゃない。国から直々にスカウトされるくらいの能力を持ってるんだ。腕の一振りで殺せるんだ。
「……くっそぉぁぁあ!」
全力で叫んで、金縛りを解く。ぎょっとしたように振り返った木田に、右肩から全力で体当たりした。
絡み合うようにして地面を転がる。これだけ密着していれば爆発的な風は起こせないし、拳銃を持った手は俺が手首を押さえている。これなら――――――
「かはっ!?」
腹部に強烈な衝撃を食らい、声が漏れる。力の緩んだ俺の手から腕がするりと抜け、さらにもう一撃食らう。
何が起こったのか理解できない俺を尻目に、木田は定まらない足で起き上がると、拳銃を構えた。
「まったく、いきなり押し倒すなんてちょっと積極的過ぎないか?まあ、お前のような若くて可愛い子なら大歓迎だが」
「冗談、だろ!」
右手を振る。狙いは右肩だが、それも大きく左に傾くことでよけられた。だが、それでいい。
大きく仰け反ったことで崩れた体勢。その右手に握られた拳銃を、両断する。
「チッ、なかなかやるじゃないか」
拳銃の残骸を放り捨てた木田が、ポケットから何かを取り出す。上に放り上げられたそれは、俺がその物体を把握する前に、急激に加速を始める――――――俺に向かって。
「くお!」
咄嗟にしゃがんだ俺の上を通り過ぎて行くはずだったそれは、鋭角的に軌道を変えて、右肩に食い込む。激痛に呻き声が漏れた。
「お返しだ。やられたらやり返す、が心情でね」
「お前……!」
あくまでも見下したような態度を前にして、俺の腸は煮えくり返るようだ。そんな俺の視線を何食わぬ顔で受け流して、こんどは木田が表情を変えた。
「言っただろう。お前のような若くて可愛い子なら大歓迎だと。しかしな、お前のその目は気に入らない。すこぶるな」
木田の放つプレッシャーは、今まで感じたこともないものだった。
「そこで震えていれば、あれを殺した後に遊んでやったのに。まあ、死にたいのなら止めないが」
これが殺気というのだろうか。交わった視線から送られてくる気迫が蛇のように俺の体に絡みつき、動きを封じられる。
けれど、ここで止まったら負けだ。
「殺される気も、あいつを殺させる気もない」
「ふっ、その強気な態度が崩れる姿も一興だが、不安要素は摘んでおかないとな」
再びポケットから小石を取り出し、数個纏めて放り上げる。切ったとしても細かな破片が飛んでくるのに変わりは無い。かと言って俺が飛べば槌田に当たる可能性も高い。なら、やられる前にやるしかない。
右手を振り上げる。今度は簡単に避けられないよう、右下から左上まで斜めに大きく。
「お……っと!」
それを飛び退ってかわした木田が、右手を握る。
次に起こることを予測し、反射的に腕で顔を庇う。
左脇腹、右腕、左足。連続して三つが俺の体に当たり、かなりの痛みをもたらす。けど、この痛みはゾディアックのときほどじゃない。
顔を庇っていた腕を左右同時に振り下ろす。十字に振った腕の軌道から逃れるように、木田はもう一度飛び退った。その着地地点を見極めて、返す刀で右手を振り上げる。
「ぐああっ!」
耳障りのいいアルトが騒音を奏で、細身の体が横転する。
その右腿を押さえる手の隙間から、赤い液体が溢れ出している。どうやら、成功だ。
「勝負あっただろ。終わりだ」
「いや、まだまだ」
不敵に笑った木田が、空いていた左手を握る。咄嗟に放った斬撃が木田の胸を斜めに切り裂くのと、俺が吹き飛ばされるのはほぼ同時だった。
「あはははははははははははははははははははははははははははははははは!」
激痛に転げる俺の耳に、甲高い哄笑が届く。それは一度ごぽっ、と何かを吐き出すと、静かになった。
「……大丈夫か」
仰向けに寝転がったまま、後ろにいるであろう槌田に声を掛ける。
「ええ、何とか。あなたこそ」
「問題ないさ。それより、悪かったな」
「別にいいわ。最初は誰でもそうよ」
俺は最初じゃないんだけど。とは言わないでおこう。
遠くから、足音が聞こえてくる。俺たちに呼びかけているらしいその声との会話は槌田に任せることにして、俺は目を閉じた。
そう言えば、あの時も眠ったんだったか。




