気圧操作者:其の二
爆発的な強風に吹き飛ばされ、左肩から木に衝突する。自分と左右対称の行動をとらされた怜の姿を見ながら、真弓は怖気づく心に鞭打って立ち上がった。
が、気丈に身構える真弓とは違い、怜はいつまで立っても立ち上がろうとしなかった。
「何やってるの!!早く立ちなさい!」
真弓の怒号などまるで聞こえていないかのように、怜は虚ろな目で地面を見ている。いや、その向こうに別の何かを見ている。
「あっはは! 戦意喪失か? 坊や、まだ早いんじゃないか?」
「ああもう!」
自身を鼓舞するように一声上げて、拳銃の照準を合わせる。が、引き金にかけた人差し指に力を込めたとき、飛んできた何かが左肩へ吸い込まれるように衝突した。
「つぅ!」
さっきも見たものだ。最初に、木田と顔を合わせたとき。
真弓の足元に転がったのは小石。おそらく、さっきの爆発的な風で速度を増したものだ。
「おいおい、坊やはもうダメなのに、お前はまだやるのか? 愛しのボーイフレンドのためってか?」
「お生憎さま、私とそいつはそんな関係じゃないわ」
「でも、お前じゃ私に勝てないかもな?」
「ええ。けど……」
木田に向けていた睨みつけるような視線を、そのまま怜にスライドする。
「あなたの力なら、できるじゃない!」
真弓がそう叫んだ途端。
怜が、苦しそうに身を捩った。
「苦しそうだな。今楽にしてやる」
木田が、ポケットから取り出した小石を上に放る。
「させないわよ!」
「お前じゃ無理だぞ」
放り上げた小石の標的を変更し、風に後押しされた小石が尋常ならざる速度で真弓へと迫る。が、避ける素振りなど微塵にも見せず、真弓はゆっくりと目を閉じた。
(目的地は、木田の後方三十センチ)
その風景を、位置を、強く念じる。瞼に込めた力と同じくらい。
大きく目を開く。イメージは掴めた。眼前に迫った小石は意識の外に締め出して、最後の一押し。
刹那、その瞳が赤く染まる。
「何っ!」
木田の叫びは、小石が遥か遠方へと飛び去ったからであり、一瞬前まで前方数メートルの位置にいた真弓が、背後三十センチまで肉薄していたからだ。
その能力を遺憾なく発揮し瞬間移動を行った真弓は、一瞬の視界の暗転が終わったあと、反射的に引き金を引いた。躊躇いなどない、冷酷なまでの判断。しかし、放たれた三つの弾丸は二つが木田の左腕を掠めただけ。決定打にはなりえず、手の内を明かしただけに終わってしまう。
そして一度悪い方向へ転がれば、続いてしまうのが常。奇襲の失敗で焦った真弓の表情の変化を見逃さず、木田が右手を握り締める。
真弓が能力を発動するより早く、それは完了した。
三度、眼前の空気が爆発する。
吹き飛ばされ転がった真弓は、落ちつかせようと大きく息を吸い、驚愕に目を見張った。
風の音がしている。それは真弓の周囲から逃げるように消えていく空気の音だ。木田の指示により、気圧がどんどんと低下していく。
気圧の急激な低下により、頭痛が真弓を襲う。何より、呼吸ができないという事実が、真弓の心臓を締め付けていた。
体が硬直する。自身の死が目に見える位置に迫っていることが、真弓の意識を空白で塗り潰して行く。それに抗うようにして、真弓は風景を思い描いた。
(リッパーの傍、右側五十センチ)
恐怖と頭痛を跳ね除けて、目を閉じ、念じる。
瞳が赤熱したとき、真弓の姿は怜の横にあった。
「っは!」
「息が切れてるぞ?」
「あんたのせいよ!」
正確に照準したはずの銃口。その先に、木田はいなかった。
「だめだぞ。相手の体ばっかり狙っても、当たらないんだよ」
膝立ちになった真弓の頭上から、特有の男性的な口調が振ってくる。
目を見開いて顔を上げた真弓が見たのは、逆光で愉悦に歪む木田の顔。そして、振り上げられた足だった。
「あぐっ!」
木田の回し蹴りが、真弓の二の腕を強打する。踏ん張ることもできず倒れこんだ真弓の手から、拳銃が抜き取られる。
「女の子なんだから、そんなはしたない声上げない方がいい」
カチリ、と引き金が微かな音を立てる。向けられた銃口は、底の見えない闇だ。
心臓が飛び跳ねる。恐怖が体を縛り付け、眼前に迫った死から逃れることを許さない。耳の奥で響く鼓動を無感動に聞きながら、真弓はそれでもこの状況を打破しようと必死に頭を動かしていた。
「最期に言い残すことは?」
(木田の背後、二十センチ)
「最期のときに考えるわ」
強く目を瞑って、能力を発動。刹那、視界が暗転し、すぐに景色が広がる。
広がった視界に映ったのは木田の後頭部ではなく、黒だった。
「ビンゴ」
咄嗟に顔を傾ける。耳のすぐ横で微かな発射音が鳴り、頬をソニックブームが切り裂く。拳銃を向けられていたことを理解したのは、恐怖にへたり込んでからだった。
「お前さ、もう少し考えて戦った方がいいぞ。今も左に現れてたら、まだ勝機はあったかも知れない」
教訓染みた言葉を遠くに聞きながら、真弓は地面に叩き伏せられる。その後頭部に、銃口が向けられた気配がした。
首を捻り、自らの命を刈り取るものを見つめる。もう、能力を使う気力すら無かった。いや、「適わない」という諦念が心に巣食い、真弓の意思を削いでいた。
「来世では、頑張ってくれ」
傷だらけの人差し指が引き金を絞り、死へのカウントダウンを始める。
突如、銃口と人影が、もつれ合ってどこかへ消えた。




