救助作戦
「怜クン、オフィス行くよー」
「分かった」
昨日、そのまま家に帰ろうとした俺を呼び止めた杏さんは、俺が満足に食事を作れない上に外食する気も無いのを見抜き、俺の家まで着替えを取りに行かせると、半ば引き摺るようにして俺を家まで連れてきた。俺としては泊まってしまった事自体迷惑をかけたと思っているため丁重に遠慮したのだが、その場にいた藤波さんや春子さんまで熱心に勧めたのに加えて明日突入する際に体調を崩すといけないと言われ、やむなくお言葉に甘えたわけだが。五十鈴になんて言われるやら。
で、夕飯をご馳走になり、そのままベッドに寝させられ(俺はソファで良いと言ったのだが、結局押し切られた)朝起こされて朝食を向かい合って食べ、今に至るというわけだ。
俺たちがオフィスに到着したとき、既に三人は揃っていた。
「結局、金子はどうなったんですか?」
「能力の有用性が無視できないため、中衛として参加してもらう。ただし、危険が及びそうならば自己判断で避難、自力でできなければ周囲がカバーすることが絶対条件だ」
「分かりました。俺は自己責任で突っ込みますんで」
「ちょっとちょっと、作戦には従ってよ?」
「分かってる。ただ、あなた方五人と五十鈴の安全なら、俺は五十鈴を取ります」
「心得ている。我々も生存が最優先だ」
おそらくゾディアックが三十人以上の手下を雇っている事を明かしたからか、課長も春子さんも、藤波さんの顔にすら、緊張の色が見え隠れしている。
「昨日あれだけ大口叩いたんだ、ゾディアックは任せていーんだよな?」
いつもであればなんて事無い軽口も、今端々が震えている。俺にもその気持ちが伝染しそうで、努めて冷静に唇の端を上げて見せる。
「当たり前だろ。アイツは俺が殺る。五十鈴に手を出した事、地獄の底で後悔してもらう」
「第一目標は、東雲の救助だ。それから、ゾディアックの逮捕。手下は蹴散らせ。警官隊が周囲を封鎖し、逃げた者から逮捕していく。また、手下の中にスフィア球体・キャリア保有者がいた場合は、私や藤波、金子で対応する。柊、お前はゾディアックを無力化し、東雲を救助することだけを考えろ」
「了解」
「じゃ、ボクから作戦を発表するね」
課長の話が終わった途端、杏さんが飛び出してきて、天井から引き出したスクリーンに地図を投影する。それは、八区の寂れた工場地帯が描かれたものだった。
「聞き込みと、防犯カメラの映像を調べて、条件に当てはまるものを探した結果、三つ、候補が残ったんだ。ここと、ここと、ここ」
杏さんが手元のタブレット端末を話にあわせて操作すると、スクリーンの地図に印が出現する。生まれた赤い丸は、言葉通り、三つの工場の名前を囲った。
「……遠いな」
「そうなんだよねー。仮にそれぞれA、B、Cとすると、AとBは直線で約五百メートル、BとCは六百、AとCは一キロと少しあるんだよ。道も入り組んでるから、実際は倍近いかも。そこで」
今度は、地図上に赤、青、緑、橙、黒の点が生まれ、それぞれAからCまでのどれかに移動する。
「怜クンと春子さんがA、藤波さんと協次郎君がB、課長がC、にそれぞれ偵察に行って、正解だった廃工場に全員が集合する。それから突入って感じにするから。何か質問は?」
「これは、全員揃ってから突入すんのか?」
「そ。正解だったら三十五人、犯罪者崩れがいるんだよ?そんな中に一人二人で入っていけるわけ無いでしょ。課長はともかく、その他組は一キロ以上走ることになるんだよ?到着前にやられるじゃん」
「ま、そりゃそーだな。じゃあ、決行は?」
「協次郎君が来てからだから、五時くらいだね」
「それまで暇か」
「一応追加で入ってくる情報の整理とかはあるけど、とりあえずはそういうことだね」
作戦に目立った穴は無い。俺の役回りも申し分ない。後は、決行まで待つだけだ。
金子がオフィスに到着したのは、午後四時、長針が六を指す少し前だった。
平静を装って入っては来たものの、髪と息が乱れている。焦ってきたのだろう。そのくらいの知恵は回るのか、誰かに忠告されたのか、制服ではなかった。
「協次郎君、親御さんには何て?」
「あ、明後日まで、出張でどっちもいません」
「そう、分かったわ。ごめんね、危ない目にあわせることになっちゃいそうだけど」
「大丈夫です、承知の上ですから。それに、東雲さんは僕の友人です」
「おーおー、修羅場か?」
「あー、じゃあ怜クン振られたらボクのとこ来なよー。慰めてあげるよ?」
「何バカな事言ってんだ。フラれないし、それ以前に修羅場じゃないからな」
「ふざけるのはそこまでだ。向こうの準備も終わった。決行するぞ」
「了解」
「分かりました」
「は、はい!」
「りょーかいですっと」
「じゃあ、いってらっしゃーい」
二手に別れて車に乗り、目的の八区、工場地帯に向かう。金子への作戦説明は、今タブレット端末と杏さんの能力を使って行われているはずだ。
南に向かって走っているから、夕日が窓から差し込み、眩しい事この上ない。地平線すれすれまで高度を下げ、もう沈む寸前だというのに。最後の悪あがき、断末魔の叫びだろうか。
「……ひ、柊さん」
「……どうかしたのか?」
「作戦内容、聞きました」
ぼそぼそと呟く金子の顔は、真剣そのものだ。
「それがどうかしたのか」
「ゾディアックを倒して、東雲さんを助けるのは、柊さんの役目ですよね」
「だな。他の誰が担当しようが、俺がやるつもりだったが」
「……よろしく、お願いします。僕も、精一杯バックアップしますから」
「……ああ。任せろ。そして、頼む」
太陽は、そろそろ見えなくなりそうだ。




