形状変化者
目的地である工場地帯の近くで車から降り、徒歩で移動する。『寂れた』という表現が生易しく思えるほど、日が落ちた薄暗がりの中では不気味な光景だ。
「行動を開始する。地図に従って動け。二人一組を絶対に守れよ」
淡々とそう告げると、能力を発動させた課長がいずこへか見えなくなる。俺たちも、行動開始だ。
「金子、行くぞ。俺たちはBだ」
「わ、分かりました。それじゃあ、湯川さん、柊さん、そっちはよろしくお願いします」
「そっちも気をつけてね」
「春子さん、こっちです」
「ええ。それじゃあ、私たちも行きましょう」
地図に従って、俺たちが調査を当てられたAの廃工場に向かう。廃倉庫、崩れかけた宿舎、今にも崩れ落ちそうな、不気味な雰囲気が漂うそれらに縁取られた道を進んでいく。ここら一帯はほとんど廃れている上に、周囲は警官隊が封鎖中、人っ子一人どころか猫の子一匹いるはずが無い。
静寂の中に、俺と春子さんの足音、息遣いだけが響いていた。
「お姫様、気分はどうだい?」
一昨日から変わらない体勢で睨みつける五十鈴に肩を竦めたゾディアックは、やれやれ、と言わんばかりに首を振った。
「強情なものだ。結局三日間、食事を取っていないじゃないか。顔色も悪い。しかしまあ、生きているから役目は果たすか。……朗報だよ。ジャック君とエスパー課が、君の救助作戦を開始したようだ。この場所をピンポイントで割り出せなかったのか、三組に分かれて偵察を行っているらしい。まあ、秒読み段階と言ったところかな?」
どうせくだらない話だと聞き流していた五十鈴は、その言葉に顔を上げた。急激に動いたせいか頭や首が痛むが、そんなことはどうでもいい。
「嬉しいかい?もっとも、君が助かるには、救助隊を今か今かと待ち構えている用心棒を全員倒して、私を無力化する以外に無いのだけどね」
「……怜は来る」
挑むような色を帯びた話に耐え切れず呟くと、ゾディアックは失笑した。
「ようやく口を開いたと思えばそれかい。まったく、君のその揺るがない意思だけは尊敬しよう。しかしまあ、そこまで頑なに主張されると、ひっくり返してみたくもなる」
笑みを引っ込めようともせずニヤニヤと五十鈴を見下ろすその顔には、人を食ったような表情の下からどす黒い欲望が滲み出ていた。
静寂に包まれた暗闇の中を、飛ぶように駆けて行く。半年前に手に入れたこの力は、夏樹の仕事に関して様々な恩恵を与えていた。現在の使用用途もその一つ。常人であれば、曲がりくねった二キロ弱の道はどれだけ急いでも二十分はかかる。が、能力を発動した今の夏樹であれば、塀を飛び越え、屋根を伝い、直線距離である一キロと少しを、三、四分で踏破できるのだ。
――――見えた。
事前に見せられた写真通りの外見。地図の位置も間違っていない。あれが、Cの廃工場だろう。
様子を窺うために地面に降り立ち、能力を解く。気配を殺して近づき、薄汚れた窓から中を覗いた。
そこにいたのは、十人前後の人間。誰をとっても、真っ当に生きてきてはいなさそうだ。口汚く何かを喚き、下卑た笑いが起こる。誰も、夏樹には気づいていない。
なおも様子を窺った結果、夏樹は一つの結論を下した。
(杉下、Cは外れだ)
(あ、了解でーす。じゃあ、急いでどっちかの様子を見に行って下さい)
(分かった)
気づかれないように踵を返す。振り向いた夏樹の目に映ったのは、自分めがけて振りかぶられた、金属の棒だった。
「ッ……!」
咄嗟に能力を発動し、右に飛ぶ。刹那、寸前まで夏樹のいた空間を容赦のない攻撃が切り裂いた。
「へぇー、ちょー能力者って、そういうことね。はいはいオーケー、やるぞ、お前ら」
「テメェがオレに命令すんな。引っ込んでろガキ」
「はぁ?やんのか?いいぜ、別におれはどーでも」
「そっちが先だろ。ゾディアックの旦那に頼まれてんだから」
口々に何かを言いながら、濁った目で夏樹を眺め回す。そして、おもむろに地を蹴った。
再び飛んでくる金属棒。が、夏樹が苦戦するような相手でも無かった。
直線的に振り下ろされる金属棒。難なく避けて懐に潜り込み、能力を解く。常人程度まで威力の落ちた拳を、鳩尾に叩き込んだ。
「……次」
か細い呻き声を上げて崩れ落ちた男を一瞥し、すっかり腰の引けた男たちを睨みつける。その後ろから、進み出た人影があった。
「俺がやろう。お前たちは奴の元まで戻れ」
筋骨隆々な体格、鋭い光の宿った目。醸し出す雰囲気の通り只者ではないのか、あれだけ統率の取れていなかった男たちがそそくさと去っていく。
「見たところ、その能力は体の強化、らしいな」
返答はしない。ただ、その口ぶりからして男も球体保有者、もしくはその関係者であることが窺える。どうやら一筋縄ではいか無さそうだ。夏樹は気を引き締め、足に力を溜めた。
肌を灼くような緊張感。張り詰めた開戦の火蓋を切って落としたのは、男の方だった。
不意に右手を工場の壁に伸ばし、剥がれかけたトタンを掴む。その行為が引き金となったのか、男の瞳が深紅に燃えた。
身構える夏樹を余所に、トタンが陽炎のごとく揺らぎ、次いで男の手へと中に収縮していく。見る見るうちに、刃渡り八十センチほどの剣が生まれた。
「セイアァ!」
裂帛の気合共に距離を詰めた男の腕が閃く。闇を切り裂いて迫る斬撃を、夏樹は蹴り上げた金属棒で防いだ。が。
再度男の目が赤熱し、剣が歪む。金属棒とせめぎ合う部分より切っ先側の部分が、夏樹に向かって折れ曲がった。
咄嗟に顔を逸らすも、剣尖が頬を浅く切り裂き、焼け付くような痛みを連れてくる。反射的に距離を取り、男の挙動を今一度確認する。
その男はと言えば、夏樹が放棄した金属棒と剣を合わせて薙刀を作り出した。それを見て、夏樹は不敵に片頬を吊り上げた。




