交渉
「お、来た来た。杉下ちゃん、子守お疲れー」
「子守とは何だ藤波さん、どっちかって言うとあんたの方にお守りが必要なんじゃないのか?最初に油断したのはそっちだろ」
「お、言うようになったじゃないか。一丁前にしっかりした目に戻りやがって」
警視庁の前で待っていたのは、課長でも春子さんでもなく、藤波さんだった。杏さんと連れ立って歩く俺に、開口一番嫌味が飛ぶ。反射的に言い返したら、声を殺して笑われた。
「じゃあ、こっちだ」
黙って後について歩く事数分。かなりの階数エレベーターで昇り、着いた先は前とは違う会議室だった。室内から漏れ出てくる雰囲気が、既に堅苦しい。
「じゃ、頑張れ。中に課長と湯川さんがいるから、その指示に従えばいい。……頭の固いおっさんたちに、ぎゃふんと言わせてこいよ」
言うなり、力強く背中を押され、杏さんによって開かれた扉に押し込まれる。返事をする間もなく、扉は閉じられた。
仕方なく前を向き、手招きする春子さんに従って傍まで歩く。できるだけ偉そうに見えないよう気を使ったつもりだが、効果の程は保証できないな。
「……君が、攫われた少女の身内かね?」
「ええ、柊怜です」
「……それで、我々に話とは?」
こういう場はおろか、大勢の前で話をした経験すら希薄な俺にとって、尋問にも等しいこの場は少々を通り越して辛い。が、なけなしの意地と、五十鈴を助けるためだという決意に後押しされて、震える足を抑え込んだ。
「……何故、俺は救出作戦に参加できないんですか?」
「聞いたはずだ。君はまだ未成年で、高校の生徒だ。それを、危険を伴う現場に出させるわけには行かないのだよ。申し訳ないが、理解して欲しい」
口を開いたのは、十人前後の中で、もっとも年配に見える男性。俺のわがままに付き合った挙句丁寧に説明してくれている。対応としては、申し分ないのだろう。
だが、納得は別だ。今確信した。こいつらは、何もわかっていない。
「だったら、最初から参加なんてさせなければ良かったでしょう?俺たちに声を掛けなければ良かったはずだ。自分たちの都合で巻き込んでおいて、火の粉が降りかかれば即切り捨てるなんて、そんな都合のいいことがまかり通りはず無い。それくらい分かっているはずでしょう。あんた方はガキじゃないんだから」
突然ぶつけられた暴言に、数名が憮然とした表情を浮かべる。隣に立った春子さんも、少なからず驚いたようだった。
「……確かに、今回の件は我々の手落ちであり、都合のいいことは重々承知。だが、君のためだということを分かってくれ」
呆れてため息が出そうになる。それを何とか飲み込んで、俺は反論を舌に乗せた。
「違うでしょう。あんたらはその分厚い面の皮を有効活用して、俺のためを装った自分たちの保身をしているだけでしょうが」
あんたらの頭なんて振るか下げるか突っ込むかくらいしかできないんだから、こういうときに下げておかないと。とはさすがに言わなかった。自重しておく。
「俺は家族の命がかかってるんです。ここまで深入りさせておいて、今更危険だからこれ以上関わるな、なんて納得できるわけないでしょう。せめて、五十鈴を助けるときくらい、一枚噛ませてください」
丁寧な口調で喧嘩腰な俺の話に、上層部数名が眉根を寄せる。が、またしても口を開いたのは年配の男性だった。
「……君の気持ちは分かる。辛いだろう。けど、君が加わったところで何になるというのか。救出はかなりシビアなものになる。その中で、自分は役に立てるとでも?」
「ええ、立てます」
即答した俺に、誰かが嘲笑を零した。
「あんたらは、俺の能力を知っているんですか?課長の能力は?湯川さんの能力は?全員の能力を把握して、緻密な作戦を立てて、その上でそう言っているんですよね?まさか、俺がガキだからってそう言っているわけではないでしょう?」
誰も、返答しようとはしない。
「俺や金子、五十鈴が抜けたら、戦えるのは課長一人ですよ?藤波さんだって、専守防衛どころか攻撃力はまったく無い。そんな面子で、本当に五十鈴を助けられるんですか?」
「問題ない。心配なのは分かるが、相手はゾディアック一人、九条一人でも十分だ」
「その見込みが間違いだったら?相手が、数十人規模の手下を用意していたとしたら?」
春子さんが、息を呑む気配がした。上層部の数人も露骨に顔をしかめている。この様子だと、報告はまだだったのだろうか。
「これは、杉下さんの能力で五十鈴に教えてもらった事です。監禁されている階下に、少なくとも二桁を超える人数が騒いでいる、と」
「それが全員手下だとは限らない」
「苦しいですね。廃工場にたまたま集まった物好きの集団だとでも?手下だと考えた方が、計画は支障なく進むのでは?俺の能力なら、その人数を簡単に無力化できますが」
上層部たちが黙り込む。いい感触が返ってきているのを感じ、俺が更に畳み掛けようとしたとき。ポケットで、着信音が鳴った。
この場に臨むに当たって、携帯の着信はすべて音量をゼロにしてある。ただ一人からの電話を除いて。
「申し訳ありません。ゾディアックからの連絡だけ、すぐに取れるよう音量をそのままにしてありました。一緒に聞きますか?黙っていれば、留守電になりますが」
「良いだろう、出たまえ」
「ありがとうございます」
電話を取り出し、念のため表示された名前を確認する。着信音が間違えるはずも無く、瀬上の携帯からだった。
スピーカー設定にしてから、接続する。すぐに、憎たらしい声が流れ始めた。
〈やあ、今大丈夫かな?〉
「ああ、何のようだ」
〈相変わらず連れないねえ。……そういえば、少々不愉快な情報が入ってきてね。その件について確認させてもらいたかったのだよ〉
「……不愉快な情報?」
ここ数日で新しいことなんて、俺が外されたくらいだが……そういうことか。誰かが流したのか、自力で調べ上げたのかはさておき、どこからか知ったらしい。
俺が、救助に参加できないかもしれないことを。
〈そうとも。私は君と本気で、命を懸けて戦いたい。そのためにこの少女を誘拐して、君が私と一対一で戦わなければならない状況を作り上げようとしていたというのに。どうやら、その目論見は外れそうだということじゃないか〉
どうやらゾディアックに情報が漏れたらしい、ということが明確に示され、上役たちが顔色を変える。が、誰一人口を開こうとはしなかった。
「……どこから知った、その情報」
〈優秀な提供者がいてね。彼の面子のためにこれ以上は言えないが。そして、今君はその件について交渉中のはずだ〉
「……だったらどうした」
〈君に、交渉材料を与えよう。君が来ないのは、私としても落胆を禁じえなくてね。……そうだな、まず、私は足止め兼君以外のお相手として、五十人程、犯罪者崩れを雇った。廃工場の入口付近で待機しているはずだよ〉
これで一つ、上役の壁が崩れた。それを見越してのものかどうかは定かではないが。
〈それと、突入してきた救助部隊に君がいなかった場合、もしくは君と私の一騎打ちが望めないと判断した場合、人質の無事は保障できないことを明言しておこう。……役に立ったかい?〉
「……ああ、十分だ」
敵に塩を送られるどころか、もっと直接的に手を貸されてしまった。それに関しては一応感謝するが、悔しさは禁じえない。無力感さえも感じていた。
〈それじゃあ、近々訪れてもらえるのを楽しみにしているよ〉
ふざけた文言を残して、電話が切れる。
その後には、沈黙が降りた。この場にいる全員が、一様に難しい顔をしている。それほどまでに、ゾディアックからの電話は影響が大きかったのだろう。
「……で、どうするんですか?当初の予定とはだいぶ違うみたいですけど」
俺が水を向けてから、ようやく一人が口を開いた。
「……こうなれば仕方ないでしょう。彼の参加を認めるべきだ。今回の救助作戦に限って」
「それが上策でしょうな。ここで意地を張り通す意味も無い」
「今後の事は、今回の結果を見てから決定する事とする」
俺たちを放り出して会議を始めた上役たちは、一旦の議論が落ち着いたのか、結論が出たのか、思い出したように俺の方を向くと、例によって年配の男が代表して口を開いた。
「君は、救出作戦で周囲の邪魔をせず、ゾディアックを倒す自信があるのか」
「ありますよ。参加するからにはやり遂げましょう」
「ならば、君の参加を認めよう。ただし、今後に関してはその後決める」
「ご自由に。俺は五十鈴さえ無事に帰ってくれば、後はどうでもいいので」
「もう一人の金子に関しては、その有用性の是非を問わせていただく」
「それは課長の仕事でしょう。俺は俺が参加する許可が得られればそれでいいです」
「それでは、解散だ」
春子さんに連れられて、部屋の外に出る。途端、大きなため息が漏れた。
「頑張ったじゃないか。あの人たち相手にあれだけ言いたい放題するのは、さすがのオレでも無理だな」
「意気地が無いんだな」
「だって、あいつらの機嫌損ねたら即エスパー課なんて潰れるんだぜ?」
「……寒気がしてきた」
深く考えなくても、自分がどれだけ傍若無人な態度を取っていたのか分かる。あそこで失敗していたらときのことを考えると、背筋が寒くなった。
「ま、終わりよければすべてよしだよねー」
「まだ終わってないわよ」
その通り。まだ始まってすらいない。待ってろ、五十鈴。




