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【完結】私がこの国を世直しして差し上げましょう  作者: 逆立ちハムスター


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6/8

剥がされる虚飾

チェスター侯爵邸の豪華なグランドサロンは、目も眩むような光の洪水と、最高級の香水の香りに満ち溢れていた。


「まあ! なんて素晴らしい刺繍かしら! まるで薔薇が今にも動き出しそうですわ!」

「流石はチェスター侯爵閣下! 帝国の美の至宝、宮廷の奇跡!」


きらびやかなシャンデリアの下、着飾った貴婦人たちや有力貴族たちが、展示された一枚のドレスを囲んで、感嘆の声を上げていた。

それは、最高級の白シルクの生地に、見事な「青い薔薇」の刺繍が施された、息を呑むほどに美しいドレスだった。その青い薔薇は、下町の小さな店でリリィが一生懸命に刺していた、あの刺繍そのものだった。


中央の雛壇で、シルクのタキシードを着こなしたチェスター侯爵が、シャンパングラスを片手に、傲慢な笑みを浮かべていた。


「ははは、皆様、お褒めいただき光栄です。この『青い薔薇の幻想曲ファンタジア』は、私が三日三晩、寝る間も惜しんで、一針一針、我が魂を込めて刺したものです。私ほどの美的センスを持つ者でなければ、この深みのある青は表現できませんからね」


侯爵が嘘の塊である言葉を並べ立て、周囲の賞賛を浴びていた、その瞬間――。


――ドォォォォォン!!!


サロンの巨大な大理石の扉が、凄まじい爆音と共に内側へと吹き飛んだ。


「な、何事だ!?」

「テロか!? 曲者か!?」


悲鳴を上げて逃げ惑う貴族たち。硝煙と粉塵が舞う中、ゆっくりと歩を進めてくる影があった。


ヒールの音が、静まり返ったサロンに規則正しく響く。

現れたのは、漆黒のドレスを纏った、息を呑むほどに美しい少女。そしてその背後には、圧倒的な威圧感を放つ二人の黒衣の男――ラインハルトとギルバート。


私は展示されているドレスの前に歩み寄り、その「青い薔薇」をそっと見つめた後、チェスター侯爵に向かって冷酷に言い放った。


「一針一針、魂を込めて? ……よくもそんな汚らわしい嘘が吐けたものね、チェスター侯爵」


私の凛とした声が、広いサロンに冷たく響き渡る。


「貴様……! 何者だ! このチェスター侯爵の神聖なるコレクションを妨害するとは、死罪に値するぞ!」


侯爵が顔を真っ赤にして叫ぶ。しかし、その瞬間、私の胸元に輝く『双頭の鷲の勲章』を見た彼の顔から、みるみる血の気が引いていった。


「そ、その勲章……まさか、エレオノーラ第一皇女殿下……!?」


その名が口にされた瞬間、サロンにいた貴族たちが一斉にざわつき、そして大慌てでその場に平伏し始めた。いくら宮廷で権勢を誇ろうとも、皇帝の直系であり、国権を握る皇女の絶対的な威光の前には、誰もがただの虫ケラに過ぎない。


チェスター侯爵もまた、慌てて雛壇から転げ落ち、床に額を擦り付けた。


「こ、これは、エレオノーラ殿下……! 事前の連絡もなく、このような場所にお越しいただけるとは、我がチェスター家にとって最大の誉れ……! し、しかし、一体何用でございましょうか?」


平伏しながらも、侯爵の声には「まさか自分のことが露見しているわけがない」という傲慢な計算が見え隠れしていた。


私は彼を見下ろし、ギルバートから受け取った「地下工房の職人名簿」と「遺体遺棄の記録」を、彼の目の前の床に放り投げた。


「用件? 決まっているでしょう、チェスター侯爵。……汝の査察よ」


「さ、査察……でございますか? はは、何かの間違いでございます。わ、私は常に帝国の芸術発展のため、美のために尽力し――」


「見苦しいわね。その汚い口を閉じなさい」


私は冷たく言い放ち、罪状を列挙した。


「チェスター侯爵。汝の罪状をここに列挙する。

一、下町の衣職人、刺繍職人たちの不法拉致、および地下工房における強制監禁労働。

二、過酷な労働搾取による職人たちの死亡隠蔽、および大運河への遺体遺棄罪。

三、他人の技能の略奪、および宮廷を欺いて不当な巨額の利益を得た詐欺罪。

美の先駆者? 笑わせないで。貴方は他人の才能を吸い取って肥え太る、ただの醜い吸血鬼よ。証拠はすべて揃っているわ。大人しく罪を受け入れなさい」


私の声がサロンに凛烈と響き渡る。周囲の貴族たちは、その罪状のあまりの生臭さに息を呑み、チェスター侯爵からじりじりと距離を置き始めた。


絶体絶命に追い詰められたチェスター侯爵。

彼の端正だった顔は、恐怖から怒りへと、急速に赤黒く変色していった。彼は床から立ち上がると、狂ったように笑い声を上げた。


「……ハ、ハハハ! 証拠だと? どこぞのドブネズミが作ったと言い張るつもりだ! 芸術とは、選ばれた我が名があって初めて価値が生まれるのだ!

騙されるな、皆の者! 落ち着いてあの女の顔を見るがいい!」


侯爵は私を指差した。その指は狂気に激しく震えている。


「皇帝陛下が遠征中で不在の今、エレオノーラ皇女殿下がこのような場所に、事前連絡もなく僅かな供だけを連れて来られるはずがない! あの女は、我がチェスター家の名声を妬んだ、どこぞの不届きな反逆者が仕向けた【偽物】だ!!」


サロンの貴族たちが、再びざわつく。

「偽物……?」「しかし、あの圧倒的な気配は……」


チェスター侯爵は、己の私兵たちに向かって絶叫した。


「出会え! 出会え!! 我が侯爵家が誇る『薔薇騎士団』の精鋭どもよ! この皇女の皮を被った不届きどもを、今すぐ八つ裂きにし、帝国への忠義を示すのだ! この生意気な女の顔の皮を剥ぎ取り、皇帝陛下に献上するのだ!!」


その言葉に応じて、サロンの隠し扉やテラスから、侯爵が金で集めた冷酷なレイピア使いの私兵騎士たち、総勢百名あまりが一斉に剣を抜いてなだれ込んできた。ギラギラとした欲望の目を剥き、彼らが私へと殺到してくる。


突撃してくる男たちの怒号。

だが、私は一歩も動かない。ただ、深い哀れみの目を侯爵へと向けた。


「本当に……懲りない者達ね。どこの悪党も、卑劣極まりないわ」


私は背後の二人に静かに命じた。


「ラインハルト、ギルバート。……この偽りの花園を、血の海で洗い流しなさい」


「――御意」


二人の最強の影護官の声が重なった。



───



次の瞬間、チェスター侯爵邸のグランドサロンは、言葉通りの「蹂躙の舞台」へと化した。


「皇女殿下の御前を汚すな、不浄の者が」


ラインハルトが静かに一歩を踏み出す。彼は大剣を抜くことすらしない。鞘に収まったままの大剣を一閃させた。

それだけで、凄まじい衝撃波が発生し、突撃してきた最前列の私兵三十名ほどのレイピアが、一斉に粉々に砕け散った。次の瞬間、彼らは衝撃だけで壁へと叩きつけられ、骨を砕かれて昏倒していく。


彼が振るうのは、武の絶対的な暴力。一切の無駄がない、圧倒的な蹂躙。


「おやおや、せっかくの綺麗な服が台無しですね。でも、中身が醜いからお似合いですよ?」


ギルバートは、まるで夜会のワルツを踊るかのような軽やかなステップで、私兵たちの群れへと滑り込んだ。

彼の両手には、いつの間にか二振りの細身の短剣が握られている。私兵たちが剣を振り下ろすよりも早く、ギルバートはその懐へと潜り込み、彼らの美しい衣服をズタズタに切り裂き、手首の腱を切り、膝の皿を正確に砕いていく。

「あがっ!?」「ひ、腕が……!」

悲鳴が上がるが、ギルバートは楽しげに微笑んだまま、機械的な正確さで敵を無力化していく。


数十いたはずの侯爵の精鋭は、わずか五分と経たぬうちに、全員が床に転がり、呻き声を上げる肉の塊と化していた。

返り血の一滴すら、私の漆黒のドレスに届くことはない。ラインハルトとギルバートは、息一つ乱さず、私の前に再び整列した。


「ば、馬鹿な……我が家の薔薇騎士団が、たった数人に……!?」


チェスター侯爵は、腰を抜かして床にへたり込んでいた。ガチガチと歯の根が合わない音を立て、恐怖で失禁している。


私は、無様に這いつくばる彼の前へと歩み寄り、冷たく、静かに告げた。


「これでも、私が偽物だと言い張るかしら? チェスター侯爵。……もっとも、貴方の言い分など、もうどうでもいいのだけれど」


私は、懐から皇帝の直筆サインと国璽が押された『即決処刑執行書』を取り出し、彼の目の前に突きつけた。


「神聖ルテティア帝国査察皇女エレオノーラの国権に基づき、チェスター侯爵、汝の爵位を剥奪、財産を没収。そして――」


私はラインハルトに視線を送った。

ラインハルトが静かに剣を抜き、侯爵の首筋に刃を添える。


「ひっ、ひいいい! 助けてくれ! 悪かった! 金なら、ドレスならいくらでも出す! 命だけは助けて――!」


「その醜い命で、虐げられた職人たちの血を購いなさい。……成敗」


「はっ!」


冷徹な断罪の言葉と共に、銀光が走った。

帝国の美を汚していた癌が、また一つ、確実に切除された瞬間だった。


──


翌朝。

下町の『針と糸』には、いつもの静けさと温かさが戻っていた。

地下工房から解放された数十人の職人たちは、エレオノーラ皇女の配慮によって手厚い医療と下賜金を与えられ、新しい共同工房で再び誇りを持って働き始めることになった。


「エラちゃん!!」


元気な声と共に、私の元へ走ってきたのはリリィだった。彼女はおばあ様と無事に再会を果たし、その顔には涙の跡を残しながらも、弾けるような笑顔を輝かせていた。


「本当に良かったわね、リリィ。おばあ様も無事で」


私が微笑むと、リリィは私の手をぎゅっと握りしめた。


「うん! 悪い貴族が捕まって、地下にいたみんなも助かったの。……あ、そうだ! これね、地下に連れて行かれる前に、なんとかスカートの裏に隠して持ってたの。……エラちゃんに、どうしても渡したくて」


リリィが差し出したのは、昨日、泥に汚れたはずの、あの「青い薔薇」のハンカチだった。彼女が昨夜、寝る間を惜しんで綺麗に洗い、一針だけ残っていた仕上げの糸を刺し終えたのだという。


朝の光の中で、その青い薔薇は、宮廷のどんなドレスよりも、遥かに神聖で美しく輝いていた。


「ありがとう、リリィ。とっても素敵……世界で一番美しい刺繍だわ」


私はそれを大切に胸元に仕舞い、ふふ、と、皇女としての威厳など微塵もない、年相応の少女の笑みを浮かべた。


宮殿での冷酷な戦いも、血に塗れた断罪も、すべてはこの温かい笑顔と帝国の平和を守るためのもの。

私の『査察皇女』としての日常は、これからも続いていく。この心の輝きを、決して曇らせないために。

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