表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私がこの国を世直しして差し上げましょう  作者: 逆立ちハムスター


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/4

3

ルブラン薬事ギルド本部の大理石でできた大広間は、狂乱と欲望に沸き返っていた。


「いやあ、ゴズギルド長! 今期の『聖水』の売り上げは、過去最高を記録しましたな! 平民どもめ、死に物狂いで家財を売り払って、我々の泥水を買い求めておるわ!」


「ははは、ルブラン子爵閣下のおかげですよ! 臨時総会でのあの法令さえあれば、我々は合法的に、平民という名の羊から、最後の一滴まで毛を刈り取ることができる!」


きらびやかなシャンデリアの下、ふくよかな体躯を揺らしながら、ルブラン子爵とギルド長ゴズが、金杯を掲げて笑い合っていた。周囲の貴族や御用商人たちも、そのおこぼれに預かろうと、お追従の笑みを張り付かせている。


「皇帝が戦場で泥をすすっている間に、我々はここで、神をも凌ぐ富を築くのだ!」


ルブラン子爵が、高らかに杯を掲げた、その瞬間――。


ズゥゥゥン!!!


大広間の、厚さ数インチはある堅牢な防音扉が、まるで紙切れのように内側へと爆発し、吹き飛んだ。


「な、何事だ!?」

「テロリストか!?」


悲鳴と怒号が飛び交う中、硝煙を切り裂いて、ゆっくりと歩を進めてくる影があった。


ヒールの音が、静まり返った広間に冷酷に響く。

現れたのは、漆黒のドレスを身に纏い、神々しいまでの美しさと、背筋が凍るような威厳を放つ少女。

そしてその左右には、死神の如き威圧感を放つ二人の黒衣の男。


「何者だ、貴様らは! ここをルブラン薬事ギルドの本部と知っての狼藉か!」


警備の私兵騎士たちが一斉に剣を抜き、私を取り囲もうとする。だが、私の左側に立つラインハルトが、その冷たい鋼の瞳を一瞥させただけで、最前列の騎士たちはその圧倒的なプレッシャーに息を詰まらせ、一歩も動けなくなった。


「随分と、下品な言葉遣いをする犬ね」


私は、冷徹極まりない声を響かせ、ルブラン子爵を見据えた。

そのあまりにも高貴な容姿と、胸元に輝く『双頭の鷲』の勲章。ルブラン子爵の脳裏に、かつて一度だけ宮廷の遠くから拝謁したことのある、あの御方の姿が重なった。


「お、お前は……まさか、エレオノーラ第一皇女殿下……!?」


その名が口にされた瞬間、広間を埋め尽くしていた貴族たちの顔から、一斉に血の気が引いた。

「ひっ……皇女殿下!?」

「なぜ、このような場所に……!」


貴族たちは、まるでドミノが倒れるように、次々とその場に平伏し、額を床に擦り付けた。

ルブラン子爵もまた、冷や汗を滝のように流しながら、巨体を震わせて床に膝をついた。


「こ、これは、エレオノーラ殿下……! 事前の連絡もなく、このようなむさ苦しいギルド本部へお越しいただけるとは、私どもにとって無上の光栄……。しかし、一体どのような御用でございましょうか?」


平伏しながらも、ルブラン子爵の目は、必死に保身の計算を巡らせていた。


私は彼の前まで歩みを進め、その汚らわしい頭部を冷たく見下ろした。


「用件? 決まっているでしょう。ルブラン子爵、およびギルド長ゴズ。……汝らの査察、および断罪よ」


「さ、査察……!? はは、殿下、何かの間違いでございましょう! 私は常に、帝都の衛生と、平民たちの健康のために身を粉にして――」


「黙りなさい、不浄の者が」


私は、ギルバートから受け取った書類の束を、ルブラン子爵の顔面に投げつけた。

バラバラと散らばった紙片。そこには、彼らが平民を依存させていた『夢幻草』の調合レシピ、公金五千万ルテの横領を示す隠し口座の記録、そして、違法に採取させた薬草の密売ルートが、寸分の狂いもなく記されていた。


「なっ……! これ、これは、どうして……!」


ギルド長ゴズが、腰を抜かしてその紙片を見つめた。

それは、ギルドの最深部、魔法の鍵で封印された金庫に眠っていたはずの、門外不出の極秘文書だったからだ。


「ルブラン子爵。汝の罪状を列挙する。

一、偽薬『聖水』の製造、および平民への毒物(夢幻草)の強制投与。

二、皇帝陛下より賜った、疫病対策支援金五千万ルテの私的横領。

三、帝都衛生管理令を悪用した、医療の不当独占および平民への暴行。


――人の命を貪り、私腹を肥やしたその罪。もはや、万死をもってしても償いきれないわね」


私の凛烈たる声が、広間の天井を震わせる。

平伏していた貴族たちは、そのあまりの罪状の重さに、巻き添えを食うまいと、ルブラン子爵から這いずるようにして距離を置き始めた。


追い詰められたルブラン子爵。

彼の顔は、恐怖から狂暴な怒りへと、瞬時に変色していった。彼はガタガタと立ち上がり、醜い顔を歪めて叫んだ。


「……お、おのれ、小娘が! 騙されるな、皆の者! 落ち着いてあの女の顔を見るがいい!」


ルブランは、狂ったように私を指差した。いつもの、お決まりの悪あがきだ。


「エレオノーラ皇女殿下が、このような薄汚れたギルド本部に、たった二人の供だけで来られるはずがない! あの女は、我がルブラン家と薬事ギルドの富を妬んだ、不届きな『偽物』だ! 偽物の皇女を騙り、我々貴族を恐喝しようとする大逆の徒だ!!」


ルブランの言葉に、彼が金で雇った私兵の元傭兵たち、約六十名が、一斉にギラギラとした目を光らせて剣を抜いた。


「そうだ! 殺せ! 殺してしまえば、皇女を騙った賊を討ち取った英雄になれる!

出会え! この偽物どもを、一匹残らず切り刻んでしまえ!!」


ルブランの絶叫とともに、六十名の荒くれ者たちが、咆哮を上げて私へと殺到してきた。


だが、私は一歩も動かない。ただ、小さく、憐れみの溜め息をつくだけだ。


「本当に、救いようのない馬鹿ね。……ラインハルト、ギルバート。不浄の泥水を、すべて片付けなさい」


「――御意」


その瞬間、ラインハルトの巨体が動いた。


「ハァッ!!」


裂帛の気合とともに、ラインハルトは剣を抜くことすらなく、鞘に収まったままの大剣を一閃させた。

それだけで、凄まじい大気の壁――『真空波』が発生した。

ドガァァン!!! と、大気を引き裂く爆音とともに、突撃してきた最前列の私兵二十名あまりが、木の葉のように吹き飛び、広間の大理石の柱へと叩きつけられて骨を砕かれた。


「ひっ、化け物……!?」


後続の私兵たちが恐怖に足を止める。だが、彼らに慈悲を与える者など、ここにはいない。


「お次は、僕の番ですね」


ギルバートが、妖艶な笑みを浮かべながら、影のように敵の群れへと滑り込んだ。

彼の両手に握られた細身の短剣が、月の光を反射して美しくきらめく。

シュ、シュ、シュ、と、風を切る音が響くたび、私兵たちの手首の腱が切られ、膝の皿が正確に撃ち抜かれていく。


「ぎゃあああっ!」

「お、俺の手が、動かない……!」


ギルバートは、まるで残酷な舞踏を踊るかのように、一歩進むたびに一人、また一人と敵を沈めていく。

ラインハルトの圧倒的な破壊力と、ギルバートの精密機械のような暗殺技術。

わずか二分。

大広間には、立つ者は一人としていなくなり、ただ、手足を抱えて床を転げ回る私兵たちの、無様な呻き声だけが響き渡っていた。


「ば、馬鹿な……我がギルドが誇る、最強の護衛たちが、たった二人に……!?」


ギルド長ゴズが、恐怖で失禁し、這いつくばったまま後退りしようとする。

だが、その背後に、私の漆黒のドレスが静かに影を落とした。


「これで、私が偽物だと言い張るかしら?」


私は冷たく微笑み、懐から国璽の押された『即決処刑執行書』を取り出し、彼らの目の前に突きつけた。


「神聖ルテティア帝国査察皇女エレオノーラの国権に基づき、ルブラン子爵、およびゴズ。汝らの爵位と財産をすべて剥奪。そして――その命をもって、民の命を弄んだ罪の贖いとしなさい」


「ひ、ひいいい! 助けて! 助けてくれえええ!」


「ラインハルト。……執行しなさい」


「御意」


ラインハルトが、静かに剣を抜いた。

極上の鋼が、美しい月光を反射してきらめき、そして、一瞬にして悪党どもの首を刈り取った。

帝国の闇を照らす、冷徹なる断罪の刃。それは、今夜も確実に、不浄の魂を地獄へと送り届けて見せた。


章五:夜明けの光と、小さな奇跡


翌朝。

下町のボロアパートの一室。


ニーナは、恐ろしいほどの高熱にうなされ、小さな息を荒く吐き出していた。

テオは、その枕元で、もう涙も枯れ果てた目で、妹の小さな手を握り締めていた。


「ニーナ……ごめんね。お兄ちゃん、お薬を採ってきたのに、守れなかった……。神様、お願いです、ニーナを助けてください……」


テオが、絶望に押しつぶされ、枕に顔を伏せて泣き崩れた、その時。


コン、コン、と、部屋のボロい扉が、静かにノックされた。


「……え?」


テオが顔を上げると、扉が開き、そこに入ってきたのは、粗末な麻のワンピースを着た、いつもの私――「エラ」だった。

そして私の後ろには、仕立ての良い白衣を着た、いかにも高貴な身なりの医師(ギルバートが手配した、皇室お抱えの信頼できる本物の名医だ)が控えていた。


「エラ、お姉ちゃん……?」


「約束通り、本物の、一番よく効くお薬を持ってきたわよ、テオ」


私が微笑むと、医師が静かに一歩前に出て、テオの肩を優しく叩いた。


「少年よ、もう安心しなさい。昨夜、悪徳なルブラン薬事ギルドは、エレオノーラ皇女殿下によって完全に解体された。これは、皇室医療局が平民のために無償で配布している、本物の『青葉草の特効薬』だ」


医師は、手際よく、澄んだ緑色の美しい液体をニーナの口元へと運んだ。

それを一口、二口と飲み下すと――驚くべきことに、わずか数分で、ニーナの荒かった呼吸が、みるみるうちに穏やかなものへと変わっていった。

額に浮かんでいた大量の脂汗が引き、その頬に、健康的な赤みが戻ってくる。


「……ん、……お兄ちゃん?」


ニーナが、ゆっくりと、その愛らしい瞳を開いた。


「ニーナ……! ニーナ!!」


テオは、妹の体に抱きつき、今度は喜びの涙を溢れさせた。

ニーナもまた、「お兄ちゃん、もう痛くないよ」と、弱々しくも、温かい笑顔を返した。


私は、その微笑ましい光景を、部屋の隅から静かに見守っていた。

胸の奥に、昨夜の血生臭い戦いをすべて忘れさせてくれるような、どこまでも温かい、柔らかな光が満ちていく。


「エラお姉ちゃん……本当に、本当にありがとう!」


テオが私のもとへと駆け寄り、私のワンピースの裾をギュッと握り締めた。

その小さな、けれど温かい手のひらに、私はもう一度、そっと触れた。


「よかったわね、テオ。貴方が一生懸命、ニーナちゃんを想い続けたから、奇跡が起きたのよ」


私はふふ、と、皇女としての威厳など微塵もない、一人の少女としての、世界で一番優しい笑みを浮かべた。


「エラお姉ちゃん。僕、大きくなったら、エレオノーラ皇女殿下みたいに、悪い奴をやっつける、強い影護官になるんだ! そして、エラお姉ちゃんを守ってあげる!」


「あら、それはとっても心強いわね。楽しみに待っているわ」


私は彼の頭を何度も、温かく撫で回した。

まさか、自分が守ろうとしているその「お姉ちゃん」こそが、そのエレオノーラ皇女本人であるとは、テオは一生知り得ないだろう。

けれど、それでいい。


宮殿での凍えるような戦いも、血に塗れた断罪の日常も。

すべては、この下町の、小さな兄妹の温かい笑顔を守るためのもの。


この帝国が、内側から完全に癒えるその日まで、私は何度でも、その漆黒の刃を振るい続ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ