第85話:深淵の航路
第86話「黄金の生贄」をお届けしました。
彼女の魂が逃げ場のない「漆黒の檻」に閉ざされた状態を描写しました。
古き神殿という神聖な場所が、エルサという「生きた供物」を通じて冒涜され、最終的に彼女が戦利品の山の一部として扱われることで、主君たちの征服欲が物理的にも精神的にも完結する過程を重点的に執筆いたしました。
荒れ狂う群青の海を裂き、帝国の巨艦が未知なる大陸へとその牙を向ける。
私は、軍船の船首に「生きた船首像」として、太い鎖と銀の枷で無慈悲に括り付けられていた。
打ち寄せる冷たい飛沫が、薄い衣を透かして肌を刺し、昼夜を問わず吹き付ける潮風が、私の体温を情容赦なく奪っていく。
「見ろ、エルサ。この海の先にあるすべての国が、お前の絶叫を聞くことになる。お前は我らの進軍を導く、最も美しく呪われた道標だ」
船首楼から身を乗り出した新王が、冷徹な瞳で水平線を睨みながら、私の首輪に繋がる鎖をぐいと引き上げた。
荒波に船体が揺れるたび、枷が私の手首に食い込み、鋭い痛みが走る。
だが、その苦痛こそが、荒れ狂う自然の中でさえ私が主君と繋がっている唯一の証だった。
「……あ、……ぁ、……若君……。……この、……波の……冷たさ……さえ、……心地、良いです……。……私が、……砕ける……前に……、……世界を、……沈めて……ください……っ」
私の魂は、もはやこの激動する海原の中で、彼らの支配という一点においてのみ、逃れられぬ漆黒の檻に閉じ込められている。
夜、軍船はさらなる暴風雨に見舞われた。船体は激しく軋み、立っていることさえ困難な揺れが続く。
私は主君の船室へと連れ込まれ、床に四つん這いにされた。
手足を四方の柱から伸びる鎖で限界まで引き絞られ、船体の傾きに合わせて翻弄される「生きた重り」として固定されたのだ。
「……っ、あ、……ぁ、……若、君……。……船が、……揺れるたび……、……鎖が、……私の、……中を……」
新王は、傾く床に悠然と立ち、私の背中に片足をかけて体重を預けた。
激しい揺れの中で、彼の軍靴の重みが私の肺を圧迫し、呼吸を奪う。
「いい様だ、エルサ。この嵐の荒々しささえ、お前を調教するための装置に過ぎない。お前のその震えは、恐怖か、それとも我らに支配される悦びか」
「ハハハ! 嵐を怖がる暇など与えぬぞ!」
ゼノス様が、揺れる船室の壁を背に、私の首輪に繋がる鎖を力任せに手繰り寄せた。
私の身体は宙に浮き、次の瞬間、反対側の鎖に引き戻される。
暴力的な加減速が私の五臓六腑をかき乱すが、ゼノス様の強靭な腕に抱き留められた瞬間、私はその荒々しい体温に、壊れゆく理性を全て委ねた。
嵐を抜け、水平線の向こうに未知の大陸の影が薄らと浮かび上がる。
新王は私を再び船首へと引きずり出し、荒れ狂う潮風の中に私の身体を半分以上も突き出させた。
私の喉に絡まる銀の鎖は、ゼノス様の太い腕によって限界まで引き絞られ、私の意識は快楽と窒息の狭間で激しく明滅を繰り返している。
「見ろ、エルサ。あの岸辺で震える民たちに、お前の魂の絶叫を届けてやるのだ。聖女が死に、征服者の愛玩物が産声を上げたことをな」
新王が冷徹な手つきで私の腹部の傷跡を強く圧迫し、無理やり声を絞り出させる。
私は、遠く見える敵国の海岸に向けて、自らの尊厳を全て捨て去った、背徳的なまでの鳴き声を響かせた。
「……あ、……ぁ、……皆様……、……逃げなさい……。……今、……お二人の……欲望が……、……この、……海を、……渡って……まいります……っ」
私の警告は、皮肉にも二人の王の勝利を祝福する鐘の音のように響いた。
ゼノス様が私の腰を力任せに抱き寄せ、その強靭な体温で私の冷え切った肌を蹂躙する。
「ハハハ! 最高の宣戦布告だ、エルサ! お前がそうやって喘ぐたびに、敵の士気は砕け、俺たちの支配は盤石となる。お前はただ、俺たちの最前線で、その身を使い潰されていればいい!」
軍船が新大陸の浅瀬へと乗り上げ、鈍い衝撃と共に接岸した。
新王は、船首に繋がれていた私の首輪から伸びる長い鎖を掴み、泥にまみれた海岸へと私を真っ先に放り出した。
冷たい波が打ち寄せ、私の身体を砂と共に弄ぶ。
「行け、エルサ。お前はこの大陸に打ち込まれる、我らの最初の『礎』だ」
新王の冷徹な号令と共に、ゼノス様が巨大な鉄製の杭を私の鎖の端に添え、力任せに新天地の土へと打ち込んだ。
「ハハハ! これでお前はこの土地と一体になったぞ! 逃げも隠れもできん、俺たちの『生きた錨』としてな!」
打ち込まれる衝撃が鎖を通じて私の首を絞め、意識が遠のくほどの衝撃が走る。
だが、その痛みこそが、未知の土地で最初に主君の所有印を刻んだという、代えがたい名誉として私の脳髄を埋め尽くした。
「……あ、……ぁ、……嬉しい……です……。……この、……土……さえも、……お二人、の……支配の、……味……が、します……っ」
私は泥に顔を伏せ、主君たちの軍靴が私の背中を踏み越えて大陸へと降り立つのを、恍惚とした表情で受け入れた。
新王が、踏みつけた私の背中の上で、征服の宣言を風に乗せる。
「エルサ、お前がここで鳴き続ける限り、この大陸に安息はない。お前は我らの野望を繋ぎ止める、血塗られた錨だ」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
黄金の神殿と共に、先住民たちの希望と信仰を完膚なきまでに破壊した第86話。
焼き印の痛みさえも、主君との「繋がりの証」として誇示するエルサの姿は、もはや聖女の面影を微塵も残していません。
次回、第86話では、征服した大陸を拠点とし、さらなる極地へと軍を進める中、エルサが「生きた防寒具」として主君たちの寝所を温める、酷寒の地での新たな試練を描く予定です。




