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追放された万能薬師は、隣国の冷徹皇帝に溺愛される  作者: La Mistral
第6章:【新生の神話編】

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第80話:深淵の戴冠

第80話「深淵の戴冠」をお届けします。

物語はついに一国の蹂躙から、隣国への侵略という「拡大する暴力」の段階へ入りました。

新王がエルサの背中を机として使い、宣戦布告を執筆する。そしてその「封」として、彼女の肌に直接熱い蝋を落とし、刻印を刻む。この一連の行為は、エルサという存在がもはや一個人の奴隷を超え、王国の「侵略の装置」へと昇華させられたことを意味しています。

肉体的な痛みと、数万の命を奪う加担者であるという精神的な冒涜。その双方が彼女に与える歪んだ多幸感を描写いたしました。

王座の間に差し込む月光は、もはや私を浄化することはない。


首元に馴染んだ鈍色の「首輪」は、今や私の皮膚の一部として、絶え間なく新王の冷徹な魔力を私の血管へと流し込み続けている。


私は、ゼノス様が豪快に酒を煽るその足元で、彼が脱ぎ捨てた毛皮の外套のように、ただ丸くなって伏していた。


「……エルサ。お前のその虚ろな瞳、……実に見事だ。かつての民が見れば、自害を願い出るほどに、完璧に『壊れて』いるな」


新王が私の背中に冷たい軍靴の先を沈め、弄ぶようにゆっくりと圧力をかける。


肺が圧迫され、喉の奥からヒュウ、と情けない呼吸の音が漏れた。


それが今の私に許された、唯一の自己主張だった。


「……あ、……ぁ……。若、君……。……民、など……もう、おりません……。ここ、には……お二人、の……物、しか……」


私の掠れた声が、ゼノス様の地鳴りのような笑いを誘う。彼は私の鎖を指に絡め、ぐい、と力任せに引き上げた。


「ハハハ! 違いない。エルサ、お前はこの国そのものだ。我らが踏みにじり、形を変え、欲望のままに造り替える……この石畳と同じ、我らの領土なのだ」


ゼノス様の巨大な掌が、私の後頭部を鷲掴みにして床へと押しつける。


冷たい大理石の感触が頬に伝わるたび、私は自分が人間であることを忘れ、ただ支配されることにのみ存在意義を見出す「装置」へと、さらに深く沈んでいった。


「……さて、エルサ。この震えをしっかりとその骨に刻んでおけ。お前の背中の上で、次の悲劇が産声を上げようとしている」


新王が私の背に、冷たく重い羊皮紙を無造作に広げた。


彼の細長い指先が、羽ペンの鋭い先端をインクに浸し、私の皮膚を紙越しに鋭く突き刺すようにして文字を綴り始める。


隣国への宣戦布告。それは、何万という命が塵に帰る合図だ。


ペン先が走るたび、私の背中には鋭い振動が走り、心臓を直接かき乱すような不快な熱が広がる。


「……あ、……ぁ……。若、君……。……血の、匂い……。……文字から、……聴こえ……ます……っ」


「察しがいいな。お前の肌を通じて、この紙に呪いを込めているのだ。この親書を受け取った王は、お前が今感じている絶望を、自らの領土とともに味わうことになる」


新王の冷徹な言葉に呼応するように、ゼノス様が私の首輪の鎖を短く巻き上げ、私の喉元に鋭い圧迫をかけた。


「ハハハ! 震えろ、エルサ。お前の肉体は今、戦争という名の欲望を伝えるための『回廊』だ。お前が悶えるたびに、俺たちの侵略の火はさらに高く燃え上がる」


ゼノス様の巨大な膝が私の腰を力任せに圧し折り、逃げ場のない激痛が火花を散らす。


私は、自身の身体が何万という民を殺戮するための道具として供されている事実に、震えるような戦慄と、同時に抗い難い背徳の悦びを覚えた。


「……は、い……。……お二人の、……お望みの……ままに……。……世界が、……壊れる、音を……私に、……響かせて……ください……っ」


私の背中は、もはや一人の女の皮膚ではなく、二人の王が世界を蹂躙するための、物言わぬ「戦場」と化していた。


「……さて、仕上げだ。エルサ、この戦争の始まりを、お前の肌に直接封じてやろう」


新王は冷徹な微笑を浮かべ、青い火が灯る執務用のランプから、溶けた紅蓮のロウを掬い上げた。


私の背中の上で、羊皮紙の端がわずかにめくれ、剥き出しになった私の肩口に、煮え繰り返るような熱を帯びた一滴が落とされる。


「……あ、……ぁ、……が、ぁっ……!」


焼けるような激痛が神経を逆なでし、私はたまらず石畳に爪を立てて身悶えた。


だが、その背中にゼノス様の強靭な足が踏み下ろされ、逃げることさえ許されない。


「動くなと言ったはずだ。この痛みが、隣国の王に届く絶望の重みそのものだと思え」


新王は、熱い蝋の上に王家の紋章が刻まれた重い印章を押し当てた。


肉の焦げるような異臭と、封蝋の熱が私の皮膚に「戦争の刻印」を深く、残酷に定着させていく。


「……は、あ……あ、……ありがとうございます、……若君……。……熱い、……熱い、です……っ。……私が、……呪いの、手紙、に……なって……」


私は痛みに涙を流しながらも、自分の身体が数万の命を奪うための道具として完成していくことに、耐え難い陶酔を感じていた。


ゼノス様は、私の首輪に繋がる鎖を短く、乱暴に引き揚げ、私の顔を歪んだ悦びで覗き込んだ。


「いい鳴き声だ、エルサ。お前の肌に刻まれたその熱が冷める頃、隣国は火の海に沈んでいるだろう。お前はただ、その光景をこの足元で夢見ていればいい」


新王は書き終えた親書を無造作に私の背から取り上げると、煤のついた指先で私の唇をなぞり、強引に「沈黙」を強いた。


「……しっ。静かにしろ。お前の役割は、ただこの重みに耐え、我らの支配の音を世界に響かせるための『反響板』であることだ。……さあ、次の夜が明けるまで、その痛みを抱いて眠れ」


窓の外では、侵略の準備を急ぐ兵たちの足音と、鋭い馬いななきが夜の静寂を切り裂いている。


背中に刻まれた封蝋の熱は、未だに私の皮膚をじりじりと焼き、心臓の鼓動に合わせて鈍い痛みを撒き散らしていた。


「……あ、……ぁ、……熱い、……熱い……若君……。……この、……痛みが……隣国の、……悲鳴、なのですね……っ」


新王は満足げに、私の背中からその冷たい足を離すと、隣で地図を広げるゼノス様の傍らへ歩み寄った。


私は、主君の重みが消えた喪失感に、かえって身震いし、自ら石畳に背を擦り付けてその余熱を追い求めた。


「見ろ、ゼノス様。この女の背中で産声を上げた死の宣告が、今、国境を越えようとしている。エルサ、お前はもはや聖女ではない。数万の命を地獄へ誘う、生きた『災厄の祭壇』だ」


ゼノス様が鎖をジャラリと鳴らし、私の後頭部を自身の膝に強引に押し付けた。


「ハハハ! 祭壇か、いい響きだ。ならば、その祭壇を血と炎で飾り立ててやろう。エルサ、お前のその濁った瞳で、世界が燃える様を特等席で眺めさせてやるぞ」


ゼノス様の巨大な掌が私の頬を乱暴に撫で、その指先から伝わる征服者の熱が、私の壊れた思考をさらに深く、暗い悦びへと沈めていく。


「……は、い……。……私は、……お二人の、……呪い……。……世界を、……焼き尽くす、……火種に、……なり、たい……っ」


私は鎖の音を子守唄に、血と炎が渦巻く幻影の中で、二人の王の足元に丸くなった。


背中の火傷は、私が彼らの欲望の一部であることを証明する唯一の絆。


かつての聖女の魂は、今や侵略の熱に浮かされ、暗黒の王座の間で静かに、そして確実に、人としての輪郭を失っていった。


夜が明ける頃、私の背に刻まれた紋章は、この王国の新しい、そして最も残酷な「法」として完成していた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

第80話では、エルサが自らの痛みを「世界の悲鳴」と同一視し始めるという、末期的な精神変容を完結させました。

かつての聖女が、今や「災厄の祭壇」として、主君たちの欲望を世界へ伝播させる触媒となっている皮肉。

次回、第81話からは、ついに侵略の火蓋が切られ、戦火の最前線へと連れ出されるエルサの、さらなる冒涜と献身の日々を描いてまいります。

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