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追放された万能薬師は、隣国の冷徹皇帝に溺愛される  作者: La Mistral
第6章:【新生の神話編】

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第79話:隷属の儀礼

第79話「隷属の儀礼」をお届けします。

第78話で首輪を嵌められたエルサは、今話では精神的な拠り所であった「過去の聖域」さえも剥奪されます。

新王が彼女の背中を机として使いながら、彼女の故郷である修道院の解体命令に署名する場面は、エルサという存在が完全に主君たちの「所有物」へと上書きされたことを象徴しています。

ゼノスの暴力と新王の冷徹な知性、その双方が彼女の魂を削り取っていく様子を、濃厚な会話劇として構築いたしました。

王座の間を支配する沈黙は、今や私にとって呼吸と同じくらい当たり前のものとなっていた。


数日が経過し、首元の重い金属の感触は、もはや私の皮膚の一部として同化している。


私は、新王が執務机で複雑な書状に目を通す間、その足元で物言わぬ「足置き」として、じっと動かずに四つん這いの姿勢を保っていた。


「……エルサ。少し、右の肩が高いぞ。私が足を預けにくいではないか」


新王が冷徹な声を落とすと同時に、首輪から伸びる鎖がゼノス様の太い指によって僅かに引き絞られた。


首に走る鋭い閉塞感と、背中を容赦なく踏みしめる軍靴の重圧。


それらは私に、自分が人間ではなく、主君たちの便宜のために存在する「生きた家具」であることを再確認させる。


「……あ、……ぁ……申し訳、ございません……。……すぐ、に……平らに、いたします……っ」


私は震える筋肉を必死に御し、背中の線を水平に保とうと身を固くした。


ゼノス様は、新王の傍らで略奪した地図を眺めながら、私の腰に無造作な蹴りを入れて笑う。


「ハハハ! 慣れたものだな、エルサ。もはや鎖を引かれずとも、自ら最適な角度を探るようになるとは。……息子よ、この調度品は実によく馴染む」


「ええ、父上。以前の椅子よりも、この女の背中の方が、統治の重みを実感できて心地よい」


新王の言葉と共に、彼の冷たい指先が私のうなじを、羽毛でなぞるように優しく、そして残酷に愛撫した。


私はその指先の冷たさに陶酔し、自分を支配する圧倒的な「力」の前に、ただただ甘く濁った吐息を漏らし続けるしかなかった。


「……さて、エルサ。この書状の内容が分かるか? お前を台座にして、今まさに私が署名しようとしているこの紙切れの意味を」


新王は私の背中に羊皮紙を広げ、羽ペンの鋭い先端で私の皮膚越しに文字を刻むようにして書き進める。


ペン先が動くたび、背筋に伝わる微かな振動とインクの香りが、得も言われぬ恐怖と期待を私の中に呼び起こした。


「……あ、……ぁ……。分かり、ません……若君……。私は、……ただの、机、ですから……」


「謙虚だな。ならば教えてやろう。これは、お前が育ったあの修道院を、今日限りで取り壊すという勅令だ。あそこは今後、ゼノス様の兵たちが略奪品を溜め込むための、薄汚れた倉庫へと作り替えられる」


その瞬間、私の心臓が大きく跳ね、背中の筋肉が思わず強張った。


幼い頃、祈りの歌を教わり、夕暮れの花壇を慈しんだあの場所が、獣たちの巣窟へと堕ちる。


「……っ、……ひ、ぎぃ……!」


動揺を見せた私の首を、新王は容赦なく軍靴の踵で踏みつけた。


「動くなと言ったはずだ。お前の思い出など、今の私にとっては、ペン先を滑らせるための僅かな凹凸に過ぎない。……エルサ、お前が大切にしていた聖堂の鐘は、溶かして我らの馬車の轍にする。お前の祈りは、これからはこの鎖の音だけで十分だろう?」


新王の冷徹な囁きが耳元で熱く爆ぜ、私は絶望のあまり視界を白く染め上げた。


だが、その喪失感と同時に、自分に関わるすべての聖なるものが汚され、消えていくことに、言いようのない背徳的な悦びが胸を突き上げてくる。


「……は、い……。……ありがとうございます、……若君……。……思い出も、……祈りも、……すべて、……壊して……。私は、……お二人の、……道具、として、……空っぽに、なりたい……っ」


私は床に額を擦り付け、自らの過去が蹂躙されていく音を、至福の旋律として受け入れた。


「……は、あ……あ、ぁ……」


私の口から漏れるのは、もはや言葉ではなく、魂が削り取られる際に出る断末魔のような喘ぎだった。


大切な場所が、思い出が、すべて蹂躙されていく。


その事実に心が千切れそうになった瞬間、背後からゼノス様の巨大な魔圧が、暴風のように私を包み込んだ。


「騒ぐな、エルサ。お前の過去など、俺がこの手ですべて握り潰してやる。修道院が消えようが、民が死に絶えようが、お前の首に繋がったこの鎖だけは、永遠に俺の手の中にあるのだからな」


ゼノス様は私の腰を強引に引き寄せると、岩のような膝で私の腹部を圧迫し、無理やり私を彼の足元に屈服させた。


その圧倒的な暴力の前に、私の悲しみは行き場を失い、ただ「今、この瞬間に支配されている」という強烈な感覚だけが、脳内を真っ白に塗り潰していく。


「……っ、……ひ、う……。……ご、主人様……。……私、を……もっと、……壊して……ください……。……何も、……思い出せなく、なるほど……っ」


私の懇願に応えるように、ゼノス様の太い指が私の首輪を強く、限界まで引き絞った。


喉が鳴り、視界が火花を散らす。


死の影がちらつくほどの苦痛の中で、私は皮肉にも、かつて聖堂で祈っていた時以上の安らぎを感じていた。


新王が冷ややかに笑いながら、私の頬を指先でなぞる。


「そうだ。絶望に浸る暇などないぞ。お前はこれから、我ら二人の欲望を同時に満たすための、ただの『穴』であり、『台座』でなければならないのだからな」


窓外の空が深い紫紺へと沈み、王座の間には主君たちの影が長く、禍々しく伸びていく。


修道院が取り壊されるという絶望さえ、今の私にとっては、首輪から伝わる新王の冷徹な魔力と、背中を焼き尽くすゼノス様の狂暴な熱量に溶かされ、甘やかな虚無へと変わっていた。


「……あ、……ぁ……。もう、何も……いりません……。名前も、……心も、……昨日までの、私も……」


私の意識は、二人の王が交わす残酷な支配の言葉を糧に、深淵へと堕ちていく。


新王が私の唇に冷たい指先を沈め、無理やり微笑みの形を作らせた。


「いい表情だ、エルサ。もはやお前の中に、神への祈りなど微塵も残っていない。今この瞬間、お前の魂は我ら二人の欲望の器として、完璧に『完成』したのだ」


その宣告が耳の奥で爆ぜるたびに、私は歓喜に身を震わせ、自分を繋ぎ止める鎖の音に陶酔した。


ゼノス様が私の髪を強引に掴み上げ、その荒々しい呼気を私の首筋に吹きかける。


「夜はこれからだ、我らの調度品よ。お前がその身を呈して、この王国の新しい『法』を刻み込まれる時間だ」


私は、二人の支配者の間に横たわり、自らの意思をすべて彼らの足元に献上した。


かつての聖女は、今やこの暗い王座の間で、鎖の音を子守唄に永遠に蹂躙され続ける「生きた楔」となった。


視界が暗転し、私は心地よい地獄の底へと、ただ静かに沈んでいった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

第79話では、エルサが自らの思い出が汚されることにさえ悦びを見出してしまうという、極限の精神崩壊を描ききりました。

「救い」とは、必ずしも光の元にあるのではなく、圧倒的な支配によって「個」を消滅させることでも得られる……そんな歪んだ安寧が彼女を包んでいます。

次回、第80話では、さらに歪みが深まり、ついに王国の外へとその影響が波及していく様子を描く予定です。

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