↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/31

終章 何も刻まれていない五小節

三百年前に書かれた五小節の低音が、いまも同じ道を十一回歩く。上で誰が何を歌っても、地面は変わらない。だから、何かが変わったときには、低音を見ればわかる。


この物語は、その低音に隠された一つの名前をめぐって、十七世紀のロンドンと現代の東京を行き来します。密告された男と、殺された音楽学者。二つの時代で、同じ問いが繰り返されます。——覚えていることと、赦すこと。その二つのあいだで、人はどこで息をするのか


二〇二六年十一月二十一日 東京


 十一月二十一日、東京文化会館の小ホールで、氷室慧の追悼演奏会が開かれた。

 ヘンリー・パーセルの命日と、同じ日だった。

 演奏には、現代の校訂譜が使われた。チェルシー写本については、ロンドンのオークション会社が、落札の無効を含めた調査の開始を発表していた。ウェクスクーム断片は、ルーシーのチームが、来年の春に論文とともに公開することになった。論文には、十個の点の解読とアッシュ大尉の逮捕の記録が収められる。N・CとH・Vの二通の手紙も。論文は、N・Cが名前を刻んだのは、H・Vと呼ばれた女性への恋心からだろう、と結ぶ予定だった。

 そして断片の十一回目の低音には、何の注釈も付けないことが決まった。

 開演前の客席は、低いざわめきに満ちていた。

 関係者席の端に、篠原が、背広の襟を何度も直しながら座っていた。膝の上には、もう鞄はなかった。

 その二つ隣には、ルーシーがいた。英国には戻らず、東京に残って、論文の草稿を仕上げていた。膝の上に置かれた紙の束の表紙の著者名の欄には、ルーシー・ブラントの名前の上に、氷室慧の名前が印字されていた。

 久我は、最後列の端の席にいた。受付で受け取ったプログラムを開き、曲目の一覧の最後の行、嘆きの歌の横に、ペンの先を当てかけて、何も書かずに、そのままペンを置いた。

 ディドは、冴子が歌った。通奏低音は、チェンバロを氷室の古い弟子の一人が、チェロを奏が弾いた。奏の楽器は氷室から遺された、十八世紀のイタリアのチェロだった。家庭裁判所の検認はまだ済んでいなかったが、冴子が弁護士と相談して、この日のためにと先に預けてくれた。舞台の端では宮坂透が、ヴィオラ・ダ・ガンバを膝に構えていた。

 最後の曲は、嘆きの歌だった。

 レチタティーヴォが終わり、奏は弓を弦に当てた。

 ソ。

 ホールの床が、低音の響きで、かすかに震えた。

 冴子の声が、その上に降りてきた。

 奏は、低音を数えなかった。一回目、二回目と数えなくても、指が、地面の形を知っていた。五小節目で、足元が崩れる感覚が来る。四つで数える耳が、次の繰り返しを待つ。けれど低音はもう一小節、そこに留まる。

 ——崩れていいんだよ。

 Remember me——

 but——

 ah!

 冴子の声は、きちんと崩れた。客席の空気が、そこで一度息をした。

 forget my fate.

 歌が終わり、奏は最後の低音を弾き始めた。

 何の印もない、五つの小節。

 奏の弓の下で、低音は地面の底へ降りていった。ソ、ファのシャープ、ファ、ミ、ミのフラット、レ。そして終止の音型を経て、主音のソへ。

 最後の和音が、ホールの天井に吸い込まれていった。

 拍手は、すぐには起こらなかった。

 誰も、手を動かさなかった。四つ数えるほどの時間が過ぎた。

 そして、少しだけ間を置いた五つ目の拍で、ホールのどこかから、最初の拍手がそっと鳴った。



沈黙のパッサカリア 了



あとがき 史実と虚構について


 本作は、ヘンリー・パーセルの歌劇《ディドとエネアス》をめぐる史実を背景にしたフィクションです。

 作中のナサニエル・クルー、ヘスター・ヴェイン、ロバート・アッシュ、サー・エドマンド・ライル、ギデオン・ヘイル、エドワード・ハーリーは、すべて架空の人物です。ウェクスクーム州記録保管所、ウェクスクーム断片、チェルシー写本、東都藝術大学、アッシュ大尉の逮捕記録も、実在しません。

 ヘンリー・パーセル、ネイハム・テイト、ジョサイアス・プリースト、ジョン・ブロウ、フランセス・パーセル、ローランド・シャーマンは実在の人物ですが、作中の会話や行動は創作です。パーセルが「ah!」を書き足したという設定も創作で、史実で誰がこの語を台本に入れたのかは分かっていません。

 チェルシーの学校での上演の年代は、作中では一六八九年五月としています。史実では、レヴァント会社の商人ローランド・シャーマンの書簡から、この作品が遅くとも一六八八年の夏までにはチェルシーの学校と結びついていたと考えられており、一六八九年に同校で再演されたことを示す証拠もあるとされます。作品の成立年と初演年には、現在も複数の説があります。本作は、物語の都合により、上演の年代を虚構化しています。

 パーセルの死去(一六九五年十一月二十一日)、ウェストミンスター寺院での葬儀(同月二十六日)、メアリー女王の葬送音楽が葬儀で奏されたこと、遺言で全財産を妻に遺したこと、《From Rosy Bow'rs》が病中の最後の歌と当時の出版物に記されたことは、史料や研究に基づいています。

 パーセルが亡くなった家については、作中ではマーシャム・ストリートとしていますが、資料によってはディーンズ・ヤードの自宅とするものもあり、異同があります。本作では、どちらが正しいかを確定していません。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

どうにか書き終える事ができましたのは皆様の応援のおかげです。

これからもミステリーを中心に作品を書き上げていければと思います。


次回作もお楽しみにしていただけると嬉しいです。

感想やご指摘をいただけると、今後の励みになります。



隠岐群青

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。