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黄金色の決意

「ほな、時間稼ぎといきましょ。

2人とも気張り」

九条の軽い声が戦場に響いた。

白峰と凛は即座に表情を引き締め、青龍に向き直った。

「わかりました!」

「はい!」

二人は同時に答え、改めて戦闘態勢を取る。

その横顔には、「何と引き換えにしても御堂を守る」という強い決意が溢れていた。

白峰は真田丸8式を構え直し、息を整えながら青龍の動きを睨む。

凛も呪符を握りしめ、緊張で少し声が上ずりながらも、必死に前を向いた。


御堂はゆっくりと目を閉じ、再契約の儀式を始めた。

呪文を唱える声が静かに響く中、彼女の脳裏に、遠い記憶が鮮やかに蘇ってきた。

……20年ほど前。

まだ10歳にも満たない少女だった頃。

暗い祠の中で、初めて牛鬼と対峙したあの日。

恐怖に震えながらも、必死に呪文を紡ぎ、見事に調伏せしめ、契約を結んだ瞬間。

周囲の大人たちが驚愕と称賛の声を上げ、「天才だ」と持て囃した。

その言葉が、幼い胸に甘く温かい自尊心を芽生えさせた。

その頃から、妖怪は退治すべき敵だと、強く思うようになった。


順風満帆の人生だった。

妖封士となってからも、戦績は華やかで、周囲の期待を裏切ることはなかった。

しかし、ほんの1年ちょっと前——東京への出向を言い渡された時から、すべてが狂い始めた。

黒崎の圧倒的な戦闘力。

安倍零の圧倒的な才能と洞察力。

それらと自分を比べるたび、胸の奥で冷たい風が吹き始めた。

いつしか、自分が井の中の蛙だったと思い知らされた。


白峰が入ってきてからは、その気持ちはさらに強くなった。

どんどん成長していく白峰の姿を見るたび、知らず知らずのうちに嫉妬の棘が胸に刺さる。

妖怪を救いたいという白峰の純粋な想いに、どうしても共感できなかった。

それでも、彼女の優しさは分かっていた。

彼女の強さが、そこから来るものだと、理解していた。

私は……牛鬼を、ただの道具のように扱っていた。

妖怪はそうあるべきだと思い込んでいた。


でも——

今、目の前で苦しみながらも倒れ伏すこの牛鬼は、契約の力などなくても、私を守ろうとしてくれた。

傷つき、咆哮に痛みが混じり、それでも決して退かないその背中。

長年、ただの力としてしか見ていなかった存在が、こんなにも温かく、こんなにも強く、私の側にいてくれていた。

(妖怪は……妖怪です……)

その言葉が、胸の奥で重く軋む。

それでも、牛鬼だけは、きっと、この先も私を守ってくれる。そう思うの。

御堂の胸に、静かで、しかしこれまでで一番強い決意が、ゆっくりと満ちていった。


「奏さん……まだですか!?」

時間稼ぎとはいえ、青龍の圧力は凄まじい。

風の爪が地面を抉り、雷を伴った息が空を焦がすたび、二人の体がびくりと震える。

白峰も耐えきれず、叫んだ。

「御堂さん! もう限界です! 早く……!」

しかし、御堂はまだ目を閉じたまま、再契約の儀式に集中している。

その姿を見て、九条は相変わらずの貼り付けた笑顔で、ゆったりと言った。

「焦らんでもええよ。

叫ぶ余裕があるんやから、まだ大丈夫やで」

九条だけは、青龍の猛攻を眺めながらも、まるで他人事のように余裕を崩さない。

白蛇の何体かを軽く指で操りながら、時折小さく笑う。

「それにしても、青龍もなかなかしぶといなぁ……」


凛が苛立ちを隠せずに叫ぶ。

「班長! 余裕ぶってる場合じゃないですよ!」

九条は肩をすくめ、軽く笑った。

「まあまあ、慌てんでも。

僕がここにおる限り、完全にやられることはないさ」

その言葉に、白峰は歯を食いしばりながらも、少しだけ安心したような表情を浮かべた。

しかし、青龍の攻撃は容赦なく続き、八岐大蛇の巨体が徐々に傷を増やしていく。

大きな音を立てて、八岐大蛇がついに倒れ伏す。

地面が激しく震え、土煙が舞い上がる。

「あかんわ、ガス欠や」

九条はやれやれと困った表情を浮かべて、軽く肩をすくめた。

その瞬間、白峰が思わず声を上げた。

「えっ、ちょっと待って!?

さっき『もう大丈夫やろ』って言ったばかりじゃないですか!」


九条は二人の反応を見て、ますます楽しげに笑った。

それでも九条は青龍から目を離さずに、静かに、しかし確かに続けた。

「……もう大丈夫やろ、奏ちゃん?」

その言葉は、戦場の喧騒の中で、まるで穏やかな風のように御堂の耳に届いた。

御堂は一瞬、目を閉じた。

心の中で、牛鬼に向かって静かに語りかける。

(……ごめんなさい。

 今まで、あなたを道具のようにしか見てこなかった。

 ありがとう……守ってくれて。)

胸の奥が熱くなる。

謝罪と感謝と、たった今芽生えたばかりの絆が、静かに、しかし確かに混ざり合っていく。


御堂はゆっくりと目を開け、右手に握りしめた呪符を強く握り込んだ。

指が白くなるほど力を込め、呪符の端が少しだけ歪む。

そして、高らかに、戦場全体に響き渡る声で叫んだ。

「共に行きましょう……

大降神!!!

金剛牛鬼!!!」

その叫びと同時に——

辺りが、眩い黄金の光に包まれた。


光はまるで太陽が地上に降りてきたかのように輝き、戦場を一瞬で染め上げる。

風が止み、時間が止まったかのような静けさが訪れた。

やがて、光がゆっくりと収束していく。

その中心に、現れたのは——

黄金の武者鎧をまとった、圧倒的な巨躯の異形。

重厚な金色の甲冑に包まれ、角の生えた頭には威厳ある兜を被り、手には巨大な斧を握りしめている。

かつての牛鬼とは明らかに違う、荘厳で、神々しいまでの姿。


金剛牛鬼。

牛鬼の咆哮が、戦場に深く、力強く木霊した。

その咆哮は、苦痛ではなく、喜びと決意に満ちた響きを持っていた。

御堂はゆっくりと目を開け、金剛牛鬼の姿を見つめた。

その瞳には、涙が少しだけ浮かんでいた。

でも、彼女は微笑んでいた。

今までで一番優しく、しかし一番強い笑みで。

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