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空に舞う龍

顕現した青龍は、咆哮と共に凄まじい嵐を巻き起こした。

空が一瞬で暗くなり、強烈な暴風が戦場を支配する。

木々が激しく揺れ、地面の土が舞い上がり、視界を白く染めるほどの砂塵が吹き荒れた。

凛は風圧に耐えきれず、自分が生やした太い樹木に必死にしがみつきながら叫んだ。

「火よ! 金よ!」

炎の矢と雷撃を放つが、青龍は軽やかに天高く飛翔し、すべての攻撃を優雅に躱してしまう。

さしもの天才少女も、中空の敵に対してはどうすることもできない。

「くっ……!」

凛の顔が悔しげに歪む。小さな体が風に煽られ、樹木の幹に爪を立てて耐える姿は痛々しかった。


八岐大蛇も負けじと空に舞う龍に向かって攻撃を繰り出した。

八つの首がそれぞれ異なる属性の攻撃を放つ。

灼熱の火炎、水の奔流、稲妻、毒の紫煙、衝撃波——五行の極致が一斉に青龍を襲う。

青龍はシーサーの時よりも動きが緩慢になっていて、攻撃は悠々と直撃する。

しかし、その巨体と蒼い鱗は鉄壁のような耐久性を獲得しており、八岐大蛇の猛攻を受けても傷は浅く、すぐに再生していくように見えた。

それでも、八岐大蛇の執拗な連撃は青龍の動きを少しずつ鈍らせ、わずかな隙を作り出していた。


「凛ちゃん、足場お願い!」

白峰が叫びながら駆け出した。

凛は即座に反応し、五行の術を展開した。

「木よ! 土よ!」

地面から太い樹木が急成長し、土の柱が次々と立ち上がる。

白峰はその足場を蹴って高く跳び上がり、青龍に向かって真田丸8式を振り抜いた。

その後を追うように、傷だらけの牛鬼も重い体を動かして駆け出す。


しかし——

制空権を完全に握られている状況は明らかだった。

青龍は優雅に空を舞いながら、鋭い風の爪と雷を伴った息を浴びせかける。

八岐大蛇の攻撃は届くものの、青龍の機動性と格段に上がった耐久力に翻弄され、決定打を与えられない。

白峰の気刃も、青龍の高度を取る動きにことごとくかわされてしまう。

牛鬼の重い一撃がようやく青龍の腹部に当たった瞬間、青龍の反撃が炸裂した。

強烈な風の奔流が牛鬼の巨体を直撃し、巨大な体が大きく吹き飛ばされる。

ドゴォンッ!

御堂は慌てて牛鬼に駆け寄った。


その体はボロボロだった。

逞しく黒かった体毛は焼け焦げ、幾筋もの深い傷が刻まれ、息も荒く、時折苦痛の呻きを漏らしている。

本来なら、契約が切れた時点で戦う必要などないはずの式神が……

ここまで傷つきながらも、自分や白峰たちを守るために立ち続けていた。

(……妖怪は……敵です……)

長年、心の支えにしてきた言葉が、重く胸にのしかかる。

妖怪は人を襲う。罪のない人を傷つけ、命を奪う。

自分はそれを見てきた。何人も。

同僚が散っていく姿も、たくさん見てきた。

だからこそ、妖怪は敵だと、ずっと自分に言い聞かせてきた。

なのに——

今、目の前で苦しんでいるこの牛鬼は、契約の力などなくても、自分を守ろうとしてくれた。

なぜ?

どうしてそこまでする?

その疑問が、御堂の胸を激しく掻き乱す。

「……何が、正しいかなんて……わからない……」

声にならない声で、御堂は呟いた。


その時、ふと、白峰の言葉が脳裏に鮮やかに蘇った。

——私、悩みます!

まだ、何が正しいかわからないですけど……

でも、いっぱいいっぱい悩んで、それでもわからなかったら、頼らせてください!——

その言葉が、御堂の心に深く刺さった。

答えがわからないからこそ、悩み続ける。

正解が見つからないからこそ、悩みながらも前に進もうとする。

それが、白峰の「優しさ」であり、強さだった。

御堂の唇が小さく震えた。

「……悩む……ですか……」

得心がいったように、静かな、しかし今までで一番優しい笑みが、彼女の顔に浮かんだ。

自分に出来ることは、もしかしたら「スマートに戦うこと」ではなかったのかもしれない。

正しい答えを探すことではなく、

答えが見つからなくても、悩みながら、誰かと一緒に立っていること。

それが、今の自分に出来る、たった一つのこと。


御堂はゆっくりと立ち上がり、前線にも聞こえるはっきりとした声で叫んだ。

「牛鬼と再契約を結びます!

時間を稼いでください!」

御堂の声が、戦場に響き渡った。

それを聞いた九条が、わずかに眉を上げて訝しげに答える。

「時間稼ぐんは良いけど……ボロボロの牛鬼と契約しなおして、どうなるん?」

即座に、御堂ははっきりとした声で答えた。

「大降神を行いますわ」

その言葉が落ちた瞬間、空気が変わった。


凛の目が大きく見開かれた。

「大降神……!?」

彼女の声には、驚きと畏怖が混じっていた。

大降神——式神使いの最大戦術。

使用できる者は、世代を代表するほどの稀有な才能と経験を持つ者だけに許された、究極の強化術。

一時的に式神の能力を術者の氣で底上げし、通常の限界を超えた力を引き出す。

そんな大技を、御堂が今ここで使うと言ったのだ。

白峰は目を瞬かせ、戸惑いながらも必死に状況を理解しようとした。

(大降神……? 聞いたことない……でも、きっとすごいことなんだ……)


九条は一瞬だけ目を細めたが、すぐにいつもの薄い笑みを浮かべた。

「ほな、時間稼ぎといきましょ。

2人とも気張り」

短い言葉だったが、そこには迷いも不安もなかった。

御堂が本気で「大降神」を口にした時点で、九条は即座に戦術を切り替え、彼女に任せることを決めた——

そんな信頼の気配が、軽い関西弁の奥に静かに感じられた。

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