表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/87

揺らぐ楔

シーサーが低く唸った瞬間、鋭い咆哮が本陣全体を震わせた。

金色の巨体が跳躍し、凄まじい速度で一行に襲いかかる。

風を纏ったその動きは、まるで嵐そのものが形を成したかのように予測しにくい。

「来ます!」

凛の叫びが、幼い声ながらも張りつめていた。

安倍晴明の直系として天才的な才能を持つ彼女だったが、これは実戦での初陣に近い。

緊張で小さな肩が微かに震え、呪符を握る指先が白くなっている。


御堂が即座に牛鬼を操った。

牛鬼は咆哮を上げてシーサーの突進を正面から受け止める。

ドゴォンッ!

二体の巨体が激突し、衝撃波が地面を抉り、土煙が舞い上がった。

凛はすぐに五行の術を展開した。

しかし、経験の浅さが露呈する。

「火よ!」

炎の矢が何本も飛ぶが、狙いがややぶれ、シーサーの風の壁に容易く弾かれる。

「木よ!」

地面から太い樹木が急激に生えるも、成長が一瞬遅れ、シーサーの足を完全に絡め取れなかった。

白峰が気刃でフォローに入ると、凛は息を継がずに次を重ねる。

「土よ!」

土の壁が盛り上がるが、高さが不十分で視界を完全に塞げない。

「水よ!」

濁流を呼び起こすも、制御が甘く、味方である牛鬼の足元まで巻き込みかける。

最後に「金よ!」と叫び、雷撃を放つが、威力は強いものの精度が悪く、シーサーの肩を掠めただけだった。

(……もっと、ちゃんと……!

兄さんみたいに……!)

凛の小さな顔に、悔しさと焦りが浮かぶ。

才能は本物なのに、経験不足がもろに表れ、術の連繋が単調でぎこちない。

それでも彼女は歯を食いしばり、次なる呪符を必死に繰り出そうとしていた。


白峰も状況を飲み込み、真田丸8式を構えた。

しかし、その手に持つ刀は、わずかに震えていた。

指先が柄を強く握りしめながらも、離したくないような迷いが残る。

(蒼嵐さん……本当に、悪い妖怪じゃない……)

胸の奥が痛いほどに締め付けられる。

蒼嵐の赤い瞳に宿っていた優しさ、きみどりの温もり、あの穏やかな声。

すべてが、白峰の中で「敵ではない」という確信を形作っていた。

でも——

視界の端で、凛の小さな体が必死に呪符を繰り出す姿が見えた。

御堂の顔に浮かぶ苦渋と、牛鬼の重い咆哮。

もし自分がここで刀を下ろせば、二人を危険に晒すことになる。

蒼嵐を信じたい気持ちと、守りたい仲間たち。

その二つが、白峰の心の中で激しくぶつかり合っていた。

(……蒼嵐さんを、傷つけたくない……

でも、凛ちゃんを……御堂さんを……失いたくない……!)

唇を強く噛み、眼鏡の奥の瞳が涙でかすむ。

葛藤が胸を抉る。

それでも、白峰は一歩を踏み出した。

(悩みながら……迷いながら……

それでも、私は守りたいものを守る……!

それが、今の私にできること……!)

白峰は強く歯を食いしばり、覚悟を決めて刀を振り上げた。

「やあっ!」

鋭い気合いと共に、峰から圧縮された純白の気が刃となって放たれた。

それは、蒼嵐への想いと、凛たちを守りたいという決意が混ざり合った、苦しい一撃だった。

気刃はシーサーの側面を強烈に切り裂き、金色の体毛を鮮やかに裂いた。

白峰の胸の奥で、葛藤はまだ消えていない。

それでも、彼女は刀を握る手を緩めなかった。

蒼嵐を案じる心を胸に抱いたまま、凛と御堂を守るために——

それが、今の白峰澪が選んだ、悩みながらの一歩だった。


戦闘は一気に激化していく。

牛鬼の重い一撃が風を切り裂き、凛の未熟ながらも才能が光る五行の術が色とりどりに炸裂し、白峰の気刃が白い軌跡を描いてシーサーを襲う。

しかし——

シーサーは、まるで余裕すら感じさせる動きで、それらをいなしていった。

金色の巨体が風を纏い、牛鬼の斧のような拳を紙一重でかわす。

その瞬間、真空の刃が凛の炎の矢をきれいに切り裂き、白峰の気刃を鋭い爪で軽々と受け止める。

一撃一撃が、ただの力任せではなく、悠然とした舞のような優雅さを帯びていた。

風がシーサーの周囲で渦を巻き、攻撃を柔らかく受け流し、時には跳ね返す。

金色の体毛が朝の光を浴びて輝くたび、その動きは神々しくさえ見えた。

徐々に、劣勢の色が濃くなっていった。

白峰の息が荒くなり、凛の小さな肩が激しく上下する。

牛鬼の咆哮にも、わずかに疲労の色が混じり始めた。

シーサーはほとんど傷ついていない。

いや、それ以上に——

(……感情が、ない……)

白峰は気づいた。

シーサーの赤い瞳は、夢の中で見たあの温かみとは全く違う。

冷たく、虚ろで、ただ機械的に動いているだけのように感じられた。

怒りも、苦しみも、意志すら感じられない。

完全に、何者かに操られている——その事実に、白峰の胸が痛く締め付けられた。

(蒼嵐さん……本当に、あなたなの……?

この戦い、望んでるわけじゃないよね……?)

シーサーは低く唸りながらも、その瞳の奥に感情の揺らぎは一切見せなかった。

ただ、風を操り、容赦なく一行を追い詰めていく。

金色の巨体が優雅に旋回するたび、三人は徐々に包囲され、逃げ場を失っていく。

その動きは、圧倒的でありながら、どこか哀しいほどに「操られた」ものだった。


御堂が牛鬼を操りながら、鋭く叫んだ。

「澪ちゃん、距離を取りなさい!」

その言葉とほぼ同時に、シーサーの冷たい視線が白峰に向いた。

金色の巨体が風を纏い、一瞬で方向を変える。

まるで嵐が形を変えたかのような猛烈な突進が、白峰を狙って迫ってきた。

「澪ちゃん!」

御堂の声が、必死に響いた。

白峰は咄嗟に真田丸8式を構えたが、シーサーの速度は予想を遥かに超えていた。

風圧を伴った巨大な爪が、容赦なく振り下ろされる。

その軌跡に巻き込まれた空気が悲鳴を上げ、白峰の眼鏡のレンズが激しく揺れた。


その瞬間——

御堂が牛鬼を急激に動かした。

漆黒の巨体が白峰の前に割り込み、シーサーの爪を正面から受け止める。

ドゴォンッ!!

凄まじい衝撃音が響き渡り、地面が大きく抉れた。

牛鬼の肩が深く裂け、黒い体液が雪のように舞い散る。

御堂の顔が一瞬、苦痛に歪んだ。

(……しまった……!)

牛鬼を無理に急動させた反動で、彼女の右手がわずかに震えた。

その拍子に、牛鬼との契約を司る呪符が、指の間からするりと滑り落ちた。

強烈な風圧がそれを煽り、呪符は弧を描きながらシーサーの方へと飛んでいく。

御堂の瞳が見開かれた。

「——っ!」

シーサーは無慈悲に、それを踏み抜いた。

カキィンッ!

乾いた、しかし決定的な破砕音が響いた。

呪符が真っ二つに砕け散り、淡い光の欠片が風に溶けていく。


突如、牛鬼の咆哮が、痛々しく歪んだ。

今まで御堂の制御下にあった強力な式神の楔が、完全に解かれた。

長年、彼女と牛鬼を繋ぎ止めていたくさびが、音を立てて大きく揺らぎ始める。

牛鬼の赤い目が不自然に輝き、動きにわずかな狂いが生じ、巨体が一瞬硬直した。

御堂の顔が、一瞬で青ざめた。

「……牛鬼……!」

戦況は、徐々に、しかし確実に悪化の様相を呈し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ