雪に吠える虎
突如、境内の霊的濃度が爆発的に膨れ上がった。
空気が激しく震え、吹雪が一瞬で巨大な渦を巻くような勢いになる。
地面が低く、まるで大地自身が息を呑むような唸りを上げ、雪の結晶が異常な速度で舞い上がり、境内全体を純白の光のヴェールが優しく、しかし圧倒的に包み込んでいく。
雪女の分霊たちが、次々とその光の奔流に吸い込まれていく。
白い影が雪の粒子と溶け合い、静かな祈りのように光の中心へと還っていく。
その光の中心で、巨大な影がゆっくりと、まるで古の神が目覚めるように形を成していく。
完全顕現した雪女の本霊。
それはまるで、雪女を守る子宮のように、無数の分霊が優しく群がり、蠢きながら一つの存在へと溶け合っていた。
純白の光の中で、幻想的で神聖な美しさを湛えながらも、底知れぬ冷たい威厳と、静かな哀しみを宿した姿だった。
雪華の顔色が一瞬で変わった。
「今のうちに叩かないとまずい事になるわぁ!!!
あれは本物よ! 本霊そのものなんだから!!」
その叫びを聞いた瞬間、特対室の面々が一斉に動いた。
室長が真っ先に雪を蹴り、メリケンサックをはめた拳を振り上げながら低く吼えた。
「やるぞ! 一気に叩く!」
黒崎がデッドノックを構え、室長の横を駆けながら叫んだ。
「室長、無茶すんな! でも……やるしかねぇな!」
御堂は呪符を掲げ、牛鬼を召喚しながら優雅に、しかし力強く言った。
「わかりましたわ! スマートに……とはいきませんけど!」
白峰も真田丸8式を強く握りしめ、恐怖を振り切るように強い意志を込めて飛び出した。
「私も……行きます!」
四人が放った渾身の一撃が、雪女の集合体に同時に叩き込まれた。
室長の重い拳が中央を抉り、黒崎のデッドノックが側面を連続で粉砕し、御堂の牛鬼が巨大な角で薙ぎ払い、白峰の真田丸8式が純白の光を纏った斬撃を放つ。
ドンッ! ガキィィンッ! バァァンッ! ズンッ!!
激しい衝撃音が境内に連続して響き渡り、集合体が大きく削れ、雪の破片と青白い光の粒子が爆発的に飛び散った。
一瞬、集合体の輪郭が崩れ、苦痛に満ちた無数の鳴き声が吹雪に混じって響く。
しかし——
完全に削り切ることはできなかった。
集合体は激しく震えながらも、すぐに形を整え始め、再び膨張していく。
無数の分霊が絡み合い、癒着するように再生し、圧倒的な存在感を保っていた。
白峰は息を荒げながら、目を見開いた。
(……嘘……!?)
やがて、光が収束し始めた。
巨大な光の塊が一瞬、脈打つように輝き——
ドォォォンッ!!
強烈な衝撃波が吹き荒れ、一行は数メートル吹き飛ばされた。
雪の中に転がりながら体を起こした白峰が、息を飲んだ。
「……あ……」
現れたのは、美しい肢体の白い虎だった。
その姿は、圧倒的で、神々しかった。
純白の毛並みは雪明かりを浴びて神聖な輝きを放ち、しなやかな筋肉が雪の下で力強く波打つ。
額には金色の「王」の文字のような模様が浮かび上がり、長い尾は雪風の中で優雅に揺れている。
その瞳は、深く澄んだ青氷の色をしていた。
一切の感情を超越した、絶対的な威厳と冷たい叡智を湛え、ただそこに立つだけで周囲の雪が神聖な領域へと変わるような、圧倒的な存在感を放っていた。
陰陽では西を護るとされる神、白虎の姿が、そこにあった。
白虎はゆっくりと口を開け、遠吠えを上げた。
ガァァァァオォォォォ!!
その咆哮は、ただの獣の声ではなかった。
天地を震わせる神の声だった。
吹雪が一瞬でその咆哮に呼応するように猛烈に強くなり、雪の結晶が神々しく輝きながら舞い上がる。
境内の空気が清浄でありながら、底知れぬ冷気と神聖な圧力に満ち、誰もが息を飲まずにはいられなかった。
雪華が苦々しい顔で叫んだ。
「やっぱり……本霊そのものだわ……!
みんな、気をつけて!」
白虎は怯む面々を冷たく見つめ、素早い動きで飛びかかってきた。
狙いは、近くにいた黒崎だった。
「黒崎さん!」
白峰が叫ぶより早く、白虎の鋭い爪が振り下ろされる。
黒崎は間一髪で飛んで避けたが——
ドスッ!
着地の瞬間、ノーモーションで生成された鋭い氷柱が、黒崎の脇腹を大きく抉った。
「ぐっ……!」
黒崎の体が大きくよろめき、膝をつく。
鮮血が雪の上に赤く広がり、瞬く間に白い雪を汚していく。
一瞬、戦場が静まり返った。
今まで一番頼りになり、どんな状況でも前線で戦い続けてきた黒崎が、
あまりにも呆気なく倒れ込む。
白峰の顔から血の気が引いた。
(……黒崎さん……!?
嘘……こんな……一瞬で……!)
胸の奥が激しく締め付けられ、恐怖と絶望が一気に込み上げる。
仙台編からずっと守ってくれ、叱咤し、時に優しく見守ってくれた先輩が、雪の上に膝をついている姿が、信じられなかった。
御堂の表情が青ざめ、声が震えた。
「黒崎さん……!」
室長の目が鋭く細まり、低く唸るような声を出した。
「……黒崎」
雪華も扇子を握る手に力が入り、珍しく動揺を隠せない様子で呟いた。
「……速すぎる……!
本霊クラスともなれば、こんな……」
黒崎は脇腹を押さえながら、歯を食いしばって立ち上がろうとしたが、足元がふらつき、再び膝をついた。
血が指の間から溢れ、雪を赤く染めていく。
「……くそ……動けねぇ……
お前ら……俺の分まで……頼む……」
その言葉を最後に、黒崎は雪の中に倒れ込んだ。




