魔を封じる光
一行は吹雪の中を慎重に進み、ようやく目的の境内に辿り着いた。
木々の隙間から見える境内には、数人の人影が立っていた。
その中心にいるのは——仙台で見た、あの怪しげな男だった。
男はゆっくりと一行の方を向き、不気味に微笑んだ。
「……また会いましたねぇ〜」
彼は影に隠れた顔をわずかに上げ、楽しげに首を傾げながら、まるで旧友に語りかけるような軽い口調で続けた。
「ふふ……自己紹介が遅れましたね。
私は芦屋 影人。妖栄会の者です。
あなた方特対室の皆さんとは、仙台以来のご縁……いえ、因縁と言った方が正しいでしょうか?
可愛いらしい妖封士さんも、元気そうで何よりです」
その瞬間、雪華の表情がピクリと変わった。
「……あしや……?」
雪華は一瞬だけ、どこか聞き覚えがあるような表情を浮かべたが、すぐに首を軽く振っていつもの明るい調子に戻った。
「まあ、気のせいかしら……」
その瞬間、部下らしき人間の一人が慌てて頭を下げながら口を挟んだ。
「もうすぐ最終段階です、芦屋様」
芦屋の笑顔が一瞬で凍りつき、次の瞬間、激しい怒りが爆発した。
「黙れッ!」
その声は低く、しかし鋭く境内に響き渡り、雪さえ震わせた。
影に隠れた顔が激しく歪み、部下に向かって冷たい視線を突き刺す。
「自己紹介の最中に邪魔をするんじゃない……
お前のような下賤な人間が、私の言葉を遮るなど……許さんぞ!」
芦屋の声は徐々に低くなり、ねっとりとした怨嗟と狂気が混じり始める。
一瞬の激昂の後、すぐに抑え込もうとする不自然な笑顔のギャップが、異様な不気味さを醸し出していた。
まるで仮面が一瞬剥がれ落ちたような、精神の不安定さが露わになる。
部下は体を震わせながら、慌てて頭を深く下げた。
「……申し訳ありません……」
芦屋は再び一行に向き直り、影に隠れた顔で不気味に微笑んだ。
「失礼しました。続きを……」
芦屋の言葉が言い終わる前に、「最終段階」という言葉に即座に反応した。
黒崎がデッドノックを構え、低く唸った。
「くそ……やっぱり妖栄会の仕業か」
御堂も呪符を手に取り、鋭く言った。
「急ぎましょう! ここで止めるんですわ!」
室長はメリケンサックをはめた拳を握りしめ、短く指示を出した。
「戦闘準備。白峰、雪華の指示に従え」
その瞬間、境内の霊的濃度が急激に上昇した。
空気が一瞬で重く淀み、吹雪が不自然に静まり返る。
風の音さえ吸い込まれたような、底冷えする沈黙が戦場を支配した。
白峰の背筋がぞくりと冷えた。
「この感じ……!」
富良野に散っていた雪女の分霊たちが、一斉に境内へと集まり始めたのだ。
吹雪の奥から、次々と白い影が浮かび上がる。
一匹、また一匹と……その数は瞬く間に数十を超え、境内の雪の上を滑るように、ねっとりと密集していく。
白い影たちはまるで磁石に引き寄せられるように、無言で芦屋の周りに集結し、冷たい視線を一斉にこちらへ向ける。
空気が重く淀み、ねばつくような負の気配が、雪の結晶さえ歪めるほど濃密に満ちていく。
その光景は、荘厳でありながら、底知れぬ不気味さを湛えていた。
芦屋影人はゆっくりと懐に手を入れ、紫色の玉を取り出した。
仙台で紅葉を暴走させた、あの怪しげな玉だった。
表面を不規則に脈打つような紫の光が、雪明かりの中で妖しく蠢いている。
芦屋は影に隠れた顔をわずかに傾け、何かを低く、ねっとりと呟いた。
その瞬間、玉が不気味な光を発し始めた。
紫色の輝きが一気に強まり、まるで生き物のように脈動する。
集まっていた雪女の分霊たちが、突然体を硬直させた。
抵抗するように体を震わせ、苦痛に満ちた甲高い鳴き声を上げる者もいる。
しかし、玉の光に引き寄せられる力は圧倒的だった。
一匹、また一匹と——雪女たちは白い体をねじりながら、無理やり吸い込まれていく。
鱗が軋む音、氷が割れるような悲鳴、ねばつくような紫の光が雪女の体を溶かすように飲み込んでいく様子は、異様なほど不気味だった。
白峰は息を飲み、背筋が凍りつくのを感じた。
(……あの人たち……苦しそうに……引きずり込まれて……)
雪華の表情も一瞬、固くなった。
芦屋影人はその光景を、影に隠れた顔で満足げに眺めていた。
「魔封じの玉……!
また随分と懐かしいものを引っ張り出してきて……」
雪華の声はいつになく激昂していた。
扇子を持つ手が強く震え、銀色の髪が冷たい風に乱れ、瞳の奥に怒りと深い悲しみ、そして苛立ちが激しく渦巻いていた。
雪華は唇を強く噛み、声を抑えきれずに続けた。
「何を企んでるのかしらぁ!?」
その言葉を合図にしたかのように、玉が強く脈動した。
不気味な紫色の光が爆発的に広がり、次の瞬間——
玉から、無数の鋭い氷の槍が一直線に、まるで雪女の本体が直接放ったかのような凄まじい勢いで飛んできた。
氷の槍は空気を凍てつかせながら、凶悪な速度で白峰を狙う。
その一本一本が、雪女の冷たい怨念を宿したように青白く輝き、触れただけで肉体を貫き、魂さえ凍りつかせるような冷気を纏っていた。
「白峰!」
黒崎の声が鋭く響いた瞬間、彼は雪を蹴って猛然と飛び出した。
体を低く沈め、白峰を庇うように割り込み、自らを盾にして氷の槍の軌道に身を投げ出す。
ガァァァッ!!
氷の槍が黒崎の肩をかすめ、鋭い音を立てて雪の中に深く突き刺さった。
白い雪が一瞬で血の色に染まり、周囲の空気が凍てつく冷気を帯びて震えた。
黒崎は低く、驚きと怒りを滲ませた声で吐き捨てた。
「雪女の力……自分のものにしやがった……!
あの玉で……雪女の能力を、完全に操ってるのか……!?」
その言葉に、白峰の顔から血の気が引いた。
(……雪女の力を……どうして……そんなことが……!)
境内全体に、衝撃と戦慄が広がった。
雪華は扇子を強く握りしめ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
芦屋影人は不気味に笑う。
「ふふ……楽しみましょうか。
この夏の雪祭り……」




