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男、舞う

ゆっくりと、雪の奥から一人の女性が歩いてくる。

長い白銀の髪が吹雪の中で優雅になびき、冷たい美貌を持つ、気品のある女性の姿だった。

その佇まいは、まるで冬の女王のように荘厳で、雪の結晶が彼女の周囲だけ淡く輝いている。

一見すると、息をのむほど美しい存在だった。

しかし、次の瞬間——

そのシルエットが溶けるように歪み、四肢を不自然に伸ばし、筋肉質でしなやかな体躯へと変わっていく。

現れたのは、雪のように白い大型の豹だった。

その体躯は他の分霊とは明らかに格が違う。

純白の毛並みは雪明かりを浴びて宝石のように輝き、しなやかな筋肉が雪の下で力強くうねる。

冷たく輝く瞳は、一切の感情を凍りつかせたような絶対的な冷たさを湛え、獲物を値踏みするような鋭い光を放っていた。

口元から覗く白い牙は、氷の刃のように鋭く、吐く息が白く凍りつくほどの冷気を纏っている。

白峰の息が凍りついた。

(……これが……大妖怪クラスの……)

仙台の紅葉を思い出す。

あの時も、ただ立っているだけで空気が変わった。

今、この影からも同じような、圧倒的な「格」の違いが伝わってくる。


雪華の顔から、初めて余裕が完全に消えた。

「まあ……! 本霊から直接分離した本物よ……!

これは……ちょっとヤバいわヨォ……!」

彼女の声が、いつもの派手で明るいオネエ口調とは裏腹に、明らかに緊張を帯びていた。

扇子を持つ手がわずかに震え、銀色の髪が冷たい風に乱れながらも、瞳の奥に鋭い警戒の色が浮かぶ。

その瞬間、周囲の温度が目に見えて下がっていくのが、体感でハッキリとわかった。

吐く息が瞬時に白く凍りつき、指先が痺れるような冷気が急激に強まる。

吹雪の音さえ一瞬遠のき、戦場全体が息を潜めたような、不気味な静けさが広がった。

白峰の背筋に、冷たい汗が一気に伝った。

(……雪華さんまで……こんなに緊張してる……

それだけ、この雪女が……危険だってこと……?)


吐く息が白く凍りつき、指先が痺れるように冷える。

白峰は雪の中で息を荒げながら、震える声で言った。

「寒い……! 体が……動かない……」

その言葉を聞いた瞬間、御堂も牛鬼を操りながら、珍しく苦しげな声を上げた。

「この冷気……ただの吹雪ではありませんわ……

まるで、魂まで凍りつかせるような……」

黒崎でさえ、肩を小さく震わせながら、低く苛立った声で吐き捨てた。

「……くそ、雪に体力を奪われてる。

このままじゃ動けねえ……無理だ、一時撤退するぞ!」


しかし、その言葉に室長が即座に吼えた。

「無理じゃねえ!

やるんだよ!」

室長は言い終わるなり、メリケンサックをはめた両拳を握りしめ、雪の中を力強く踏み出した。

雪を蹴散らし、50代とは思えない低い重心のフットワークで一気に加速する。

周囲に群がっていた雪女の分霊たちを、容赦なく蹴散らしながら一直線に雪豹へと突き進む。

ドンッ! ガンッ! ドゴッ!

室長の拳と蹴りが次々と雪女に炸裂し、白い体が吹き飛ばされて雪の中に埋もれていく。

一撃ごとに雪の粉が爆発的に舞い上がり、青白く輝く体液が雪の上に飛び散った。

雪華が慌てて叫んだ。

「室長さん、無茶よ~! あれは本物なんだから……!」

室長は振り返らず、ただ一言。

「うるせぇ。動けるうちに動く!」

その背中は、まるで雪の海を切り裂く鉄の塊のように力強く、一切の迷いなく雪豹に向かっていた。

白峰は息を飲みながら、その姿を見つめた。

(……室長……!)


それを見た黒崎は呆れながらも、すぐに援護の構えを取った。

「ったく……室長のバカ力には敵わねぇな。

白峰、雪華、お前らも手伝え!

御堂は周りの雑魚を片付けろ!」

御堂は黒崎の言葉の裏に「牛鬼が邪魔だから後方で雑魚を片付けろ」という意味を感じ取り、少し悔しそうに唇を噛んだ。

「……わかりましたわ……!」

彼女の声には、苛立ちと自分の牛鬼が思うように活躍できないことへの悔しさがにじんでいた。


室長は強かった。

即席のチームアップにもかかわらず、彼は黒崎と雪華の攻撃のリズムを瞬時に読み取り、引くところは引き、攻めるところは攻める——まるで長年培った経験が体に染みついているかのように、非常に器用に戦っていた。

見た目や性格、真打のメリケンサックに似合わず、無駄のない動きでチーム全体をまとめ上げていく。

白峰は室長の動きを見ながら、心の中で呟いた。

(……室長、すごい……

あんな体型なのに、動きが無駄なくて……戦いやすい……)

黒崎のデッドノックが重い銃声を響かせ、雪華の氷の槍が次々と射出される。

室長はその攻撃の隙間を的確に縫うように動き、雪豹の注意を自分に引きつけながら、味方が攻めやすいポジションを作り出していく。

白峰はそんな室長の動きに必死に付いていこうと、真田丸8式を握りしめて前へ踏み出す。

まだ刀の扱いはぎこちなく、息も上がる。

恐怖で手が震え、足が雪に取られそうになるたび、彼女は歯を食いしばって耐えた。

それでも、室長の動きに合わせていると、確かに「戦いやすい」と感じる瞬間があった。

黒崎の援護射撃が雪豹の動きを封じ、雪華の氷が逃げ道を塞ぐ。

その隙に室長が肉薄し、重い拳を叩き込む。

白峰もその流れに乗り、純白の光を纏った一撃を放とうと刀を振り上げた。

(……まだ……付いていける……!)


どんどん追い込まれていく白い豹を見て、室長が短く叫んだ。


「隙を作る!

黒崎、白峰、お前らでとどめをさせ!」

言うが早いか、室長は50代とは思えない素早いフットワークで白い豹を翻弄し始めた。

低く構えた重心から繰り出されるステップは無駄がなく、雪豹の攻撃を紙一重でかわしながら、的確にその注意を引きつける。

メリケンサックをはめた拳が雪を切り裂くように飛び、雪豹の側面を捉えては距離を取る——その動きは経験に裏打ちされた、チーム全体を活かすためのものだった。

雪華もそれに合わせるように地面に手を押しつけ、鋭い氷柱を次々と噴出させた。

「いくわヨォ~! 雪華ちゃんの氷の舞いよ!」

透明で鋭い氷の槍が吹雪を貫き、雪豹の逃げ道を次々と塞いでいく。

室長と雪華の攻撃が絶妙に絡み合い、雪豹の動きを徐々に制限していく。

室長と雪華の渾身の一撃が同時に白い豹に決まった。

ドンッ! ガキィィンッ!

重い打撃音と氷の砕ける甲高い音が重なり、白い豹が大きくよろめいた。

その隙を逃さず、黒崎が叫んだ。

「やるぞ、白峰!」

白峰も、黒崎の指示より一瞬早く動き出していた。

恐怖で手が震え、息が荒くなる中、それでも彼女は歯を食いしばって真田丸8式を振り上げた。

二人はありったけの気を込めて、白い豹に叩き込んだ。

その瞬間、白峰の体に、温かくも力強い何かが自然と流れ込んできた。

(……この力……きみどり……?

いや……もっと……周りの……みんなの想い……?)

強烈な攻撃の連打により、白い豹の体は崩れ去った。

その衝撃で周囲の雪が爆発的に舞い上がり、戦場に一瞬の静寂が訪れた。


それとほぼ同時に、周囲に残っていた雪女の分霊たちも、御堂と牛鬼によって討伐されたようだった。

吹雪は、少しだけ弱くなっていた。


室長はメリケンサックをはめた拳を軽く振り、荒い息を吐いた。

「これで……一段落か」

雪華が息を弾ませながら、扇子で額を拭った。

「はぁ……はぁ……室長さん、ほんとにすごいわヨォ……

あたし、ちょっと見直しちゃったかも……」

黒崎がデッドノックを下ろしながら、呆れたように言った。

「室長……相変わらず無茶苦茶だな」

御堂は牛鬼を静かに引き戻しながら、少し微妙そうな表情を浮かべた。

自分の牛鬼が思うように活躍できなかった悔しさと、室長の圧倒的な動きへの驚きが混じり、優雅な眉がわずかに寄っている。

「……ふふ、相変わらずお強いですわね、室長」

その声はいつものように上品だったが、どこか複雑な響きが含まれていた。

白峰は雪の中で静かに拳を握りしめ、心の中で思った。

(……室長も、みんなも強い……

私も、もっと強くなりたい……)

東京・六本木の地下オフィス。


藤堂司は一人、静かに資料を整理していた。

他のメンバーが北海道へ急行して以来、特対室は異様なほど静かだった。

「ふう……」

藤堂が小さく息を吐いたその時、ドアが開く音がした。


入ってきたのは、丸いサングラスをかけた長身の男——安倍零だった。

安倍はいつもの飄々とした笑みを浮かべながら、部屋を見回した。

「ただいまー。

みんな、何処に行ったの?」

藤堂は眼鏡を軽く押し上げ、丁寧に答えた。

「安倍さん、お帰りなさい。

実は……北海道が大変な事になっているようです。

雪女の分霊が大量に顕現し、富良野を中心に異常な吹雪が発生しているとの報告があって……

室長以下、白峰さん、黒崎さん、御堂さんが急行しました」

安倍零はサングラス越しに目を細め、静かに繰り返した。

「……また北か」

その声には、いつもの軽い調子とは違う、何か重い響きがあった。


藤堂は少し心配そうに聞いた。

「何か……気になる事でも?」

安倍は軽く肩をすくめ、いつもの笑顔に戻った。

「いや、なんでもないよ。

ただ……少し、タイミングが早すぎるかなって思っただけさ」

そう言いながら、安倍零は窓の外の東京の夜景を見つめた。

遠く北の空に、何か不穏な気配を感じているかのように。

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