雪に舞う鬼
吹雪の中で、次々と異形へと変わっていく雪女の分霊たち。
その数は瞬く間に増え続け、周囲を取り囲むように密集していく。
白い影が吹雪の隙間から次々と姿を現し、冷たい視線が一斉にこちらへ向けられる。
空気が重く淀み、まるで巨大な雪の牢獄に閉じ込められたような圧迫感が一行を包み込んだ。
痺れを切らした御堂が、苛立ちを隠せない声で雪華に向かって鋭く言った。
「雪華さん、さっきの防壁をお願いしますわ!
一気に行きます!」
彼女の声には、牛鬼を思うように動かせない苛立ちと、雪女の数がどんどん増えていく焦りがはっきりと混じっていた。
雪華は扇子をパチンと開き、にっこり笑った。
「はーい、任せて~!」
御堂は雪華の返事を待たずに、牛鬼を突進させた。
「行くわよ!」
ドゴォォォンッ!!
大地を震わせるほどの重低音が吹雪を切り裂き、牛鬼の漆黒の巨体が雪を爆発的に蹴散らしながら猛烈に突っ込んでいった。
その一撃は圧倒的だった。
牛鬼の巨大な角と体当たりが、密集していた雪女の分霊たちを直撃する。
数体が一瞬で吹き飛ばされ、雪の中に叩きつけられて動かなくなる。
さらに、牛鬼の足が地面を踏みしめた衝撃で、周囲の建物や木々に積もっていた大量の雪が雪崩のように崩れ落ち、残りの分霊たちを巻き込んで巨大な雪の津波と化した。
ガガガガガッ!!
雪の塊が雪女の群れに激突し、氷の破片と白い粉雪が舞い上がる。
その津波が、白峰の方へも容赦なく襲いかかってきた。
「きゃっ……!」
白峰が思わず身を固くした瞬間、雪の壁が視界を埋め尽くす。
「危ないわよ、白峰ちゃん!」
雪華が素早く左手を振り上げ、透明な氷の壁を展開した。
しかし、雪崩の勢いが強すぎて、氷の壁が一瞬でひび割れ、白峰の体が雪の津波に飲み込まれそうになる。
「う……っ!」
白峰の足が雪に取られ、体が傾いたその時——
雪華が素早く白峰の腰を抱き寄せ、氷の壁をさらに強化した。
「ふふっ、危なかったわね~!」
雪の津波が氷の壁に激突し、粉々に砕け散る。
御堂は牛鬼を操りながら、顔を青ざめさせて叫んだ。
「澪ちゃん! ごめんなさい!
私の牛鬼のせいで……!」
彼女の声には、明らかに心配と申し訳なさが溢れていた。
白峰は雪華に支えられながら、息を荒げて小さく首を振った。
「だ、大丈夫です……御堂さん……」
無事な白峰に安心した御堂は、ようやく枷が外れたように晴れ晴れとした表情になり、雪華に向かって言った。
「ありがとうございます、雪華さん。
これでようやく……本領を発揮できますわ!」
牛鬼は距離を取った開けた場所で、ようやく本来の力を発揮し始めた。
巨大な角を振り上げ、雪女の分霊たちを次々と薙ぎ払っていく。
ドンッ! ガンッ!
雪女の一体が角に貫かれ、吹き飛ばされて雪の中に深く埋もれる。
その勢いで周囲の雪が爆発的に舞い上がり、視界を白く染めた。
黒崎が即座に横から飛び出し、デッドノックを連射しながら牛鬼の攻撃の隙を突いた。
「遅ぇよ!」
ドン! ドン! ドン!
重い銃声が連続して響き、牛鬼が弾き飛ばした雪女をさらに追い打ちで粉砕する。
黒崎の弾丸が命中するたび、雪女の甲殻が砕け散り、緑色の体液が雪の上に飛び散った。
二人の連携は圧倒的だった。
牛鬼の巨体が敵を中央に集め、黒崎のデッドノックが側面から容赦なく叩き込む。
雪女の悲鳴が吹雪に混じり、戦場に響き渡る。
黒崎は息を整えながら、御堂を揶揄うようにぼそりと言った。
「ようやくまともに動けるようになったか」
御堂が少し苛立った声で返した。
「うるさいですわ! この状況では仕方ないでしょう!」
白峰はそんな光景を見ながら、恐怖を必死に抑え込んで真田丸8式を握りしめた。
(怖い……でも、動かなきゃ……!
みんなが戦ってるのに、私だけ……!)
手が震え、息が荒くなる。
それでも彼女は歯を食いしばり、震える足を前に踏み出した。
雪女の一体が飛びかかってきた瞬間、恐怖で視界が狭くなりながらも、純白の光を纏った一撃を振り下ろした。
ズンッ!
刃が雪女の肩を浅く切り裂く。
白峰の体が反動でよろめいたが、彼女は倒れまいと必死に踏ん張った。
(……まだ……やれる……!)
その時——
突然、霊的濃度が急激に上昇した。
空気が一瞬で重く淀み、吹雪が不自然に静まり返る。
風の音さえ吸い込まれたような、底冷えする沈黙が戦場を支配した。
白峰の背筋がぞくりと冷えた。
「この感じ……!」
雪の中から、明らかに今までとは違う、圧倒的な存在感を持った影がゆっくりと姿を現した。
大妖怪クラスの分霊だった。
その影は、ただそこにいるだけで周囲の雪を支配しているように見えた。
純白の雪がその周囲だけ不自然に輝き、冷たい青白い光を放ちながらゆっくりと形を成していく。
背丈は他の分霊とは明らかに違う。
優美でありながら、底知れぬ冷たさと威厳を湛えたシルエット。
長い髪が雪風に靡き、氷の冠のような装飾が淡く光を反射する。
その瞳は、深い氷の色をしていた。
静かで、冷たく、しかし一切の感情を凍りつかせたような、絶対的な存在感。
白峰は息を飲んだ。
(……これが……大妖怪クラスの……)
仙台の紅葉を思い出す。
あの時も、ただ立っているだけで空気が変わった。
今、この影からも同じような、圧倒的な「格」の違いが伝わってくる。
その雪女は、静かな、しかし戦場全体に響き渡る声で言った。
「何故、我々を攻撃するのです?」
その声は、吹雪の中で意外なほど静かで、澄んでいた。
白峰は一瞬、言葉に詰まった。
(……話せる……?)
頭の中に、仙台での記憶が鮮やかに蘇る。
紅葉や紫の穏やかな微笑み。
戦いの最中でも、どこか悲しげで、優しさを残していた彼女たち——。
(もしかして……この雪女も、紅葉さんや紫さんと同じように……
話が通じるかもしれない……)
彼女が少しだけ警戒心を解きかけたその瞬間——
大妖怪クラスの分霊から、鋭い氷の槍が一直線に飛んできた。
「白峰!」
黒崎の声が鋭く響いた瞬間、彼は雪を蹴って猛然と飛び出した。
体を低く沈め、白峰を庇うように割り込み、氷の槍の軌道に自らを投げ出す。
ガッ!
氷の槍が黒崎の肩をかすめ、鋭い音を立てて雪の中に深く突き刺さった。
白い雪が一瞬、血の色に染まる。
黒崎は低く、苛立ちと焦りを滲ませた声で吐き捨てた。
「妖怪相手に油断するな。
甘いぞ、新入り!」
白峰は自分の迂闊さを痛感し、胸が締め付けられるような後悔と恐怖で唇を強く噛んだ。
「……すみません……!」
指先が冷たく痺れ、視界がわずかに揺れる。
仙台の戦いでも感じた、あの胸を抉るような罪悪感が、再び白峰の心を襲っていた。
雪華が扇子を閉じ、ため息をついた。
「はぁ~……油断は禁物よ、白峰ちゃん。
あいつら可愛い顔して、容赦ないんだから……」
吹雪が再び激しさを増し、戦いはさらに混沌へと突入していった。




