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雪華ちゃんに任せなさい!

札幌を出発して約2時間。

黒いワゴン車は、富良野方面へと続く道を黙々と走っていた。

車内は重く、張りつめた空気に満ちていた。

エアコンの低い唸り声と、タイヤがアスファルトを削る音だけが規則的に響く。

外の景色は夏の緑が徐々に白く染まり始め、異常な寒気が車内まで忍び寄ってくるようだった。

運転席は現地の黒子の一人。今回は藤堂が札幌支部でお留守番を命じられ、代わりにこの黒子が運転手を務めている。

助手席には雪華が優雅に脚を組んで座り、真ん中の席には白峰と御堂、後部座席には室長と黒崎が陣取っていた。

特に後部座席の空気は重い。

室長・相楽剛は腕を組み、黙って前を睨むように座っている。その存在感だけで、車内の温度が数度下がったように感じられた。

隣に座る黒崎は、さすがにいつものようにいびきをかくわけにもいかず、腕を組んだまま窓の外を睨み続けている。

時折、黒崎の指が軽く動くのが、内心の苛立ちと緊張を物語っていた。

白峰は真ん中の席で小さく息を吐き、膝の上で手をぎゅっと握りしめた。

(……また、戦い……

仙台の時と同じように、みんなで……)

胸の奥に、紅葉の苦しげな複眼や紫の優しい微笑みがよぎり、指先が冷たくなる。

隣の御堂は背筋を伸ばし、いつもの優雅な姿勢を崩さないものの、表情はわずかに硬かった。

雪華だけが、まるでピクニックにでも行くような軽やかな態度で助手席から振り返り、明るく言った。

「ねえねえ、みんなそんなに固くなってどうしたの~?

あたしがいるんだから、もっとリラックスしなさいよ♪」

しかし、その明るい声も、車内の重い空気を完全に溶かすことはできなかった。

室長は低く、抑揚の少ない声で言った。

「……余計なことは考えるな。

着いたら即、行動だ」

その一言で、車内は再び静まり返った。

室長の威圧感が、まるで重い鉛のように全員の肩にのしかかっている。

白峰は窓の外に広がる、夏なのに白く染まり始めた景色を見つめながら、そっと唇を噛んだ。

(……富良野……

雪女の本霊がいる場所……

本当に、戦わなきゃいけないんだ……)


白峰は少し緊張した面持ちで、車内の重い空気を少しでも和らげたくて、勇気を出して雪華に尋ねた。

「あの……雪華さん。雪女って、どんな存在なんですか?

分霊はどのくらい強いものなんですか?」

雪華は扇子をパチンと開き、大きく身を乗り出して答えた。

「まあ~! いい質問ねぇ、白峰ちゃん!」

彼女は大袈裟に手を振りながら、いつもの派手なオネエ口調で話し始めた。

「雪女ってのはねぇ、妖怪の中でも珍しいのよ~。

分霊が千差万別! 姿も能力もバラバラなの!」

白峰は真剣に聞きながら小さく頷いた。

隣の御堂も興味深そうに雪華の方へ視線を向けている。

雪華はさらに続ける。

「各地の伝承が全然違うからなのよねぇ~。

『雪女であれ』って人に強く想われた結果、本来は全然違う妖怪だった子まで雪女として生まれちゃうケースが結構あるのよぉ!

だから強さもピンキリで……」

そこで一旦言葉を切り、得意げに胸を張った。

「めちゃくちゃ弱い子もいれば、強い子はもちろん大妖怪クラスよ!

めちゃくちゃ強くて、かっこいいわヨォ~!」

白峰は目を少し見開き、思わず小さく呟いた。

「……大妖怪クラス……」

後部座席から黒崎がぼそりと、めんどくさそうに言った。

「……お前、さっきから随分楽しそうだな」

雪華は振り返ってにやりと笑い、扇子で自分の頰を軽く叩いた。

「ふふん、だって面白い話でしょ?

白峰ちゃんが聞いてくれたから、つい張り切っちゃったわ~」

車内は雪華の明るい声で少しだけ空気が緩んだが、それでも根底に流れる緊張は消えていなかった。


白峰は思わず小さく呟いた。

「……紅葉さんくらい強いって事……?」

その名前を聞いた瞬間、雪華の扇子を持つ手がピクリと止まった。

「……紅葉?」

一瞬だけ、雪華の目が細くなる。

しかしすぐにいつもの派手な笑顔に戻り、軽く笑って誤魔化した。

「ふふっ、あらあら、知ってる子がいるのね~。

大妖怪と会った事があるのかしら?」

白峰は少し驚いた顔で頷いた。

「はい……少し前に、女郎蜘蛛の女王である紅葉さんという方に……」

雪華は目を細め、興味深そうに白峰を見つめた。

「へぇ~……女郎蜘蛛の女王かぁ。

なかなかレアな出会いをしてるじゃないの」

後部座席から黒崎がぼそりと突っ込んだ。

「大妖怪クラスがごろごろ集まってるってのに、随分余裕だな」

雪華は振り返り、にやりと笑った。

「余裕じゃないわよ~、黒崎さん。

あたしはただ、現実をしっかり見つめてるだけよ。

大妖怪クラスが何体も融合したら……正直、あたし一人じゃどうにもならないわねぇ」

御堂が静かに口を挟んだ。

「それでこそ私たちが必要ということですわね」

室長は後部座席で腕を組んだまま、低く言った。

「要するに、融合される前に叩く。

それだけだ」

白峰は窓の外に広がる、夏なのに白く染まり始めた景色を見つめながら、そっと息を吐いた。

(……紅葉さんたちとは違う……けど、どこか似てる……)

雪華は再び前を向き、扇子で自分の頰を軽く叩きながら、明るく言った。

「まあ、とにかく!

あたしがいる限り、みんなを無事に富良野まで連れてってあげるわよ~♪

雪華ちゃんに任せなさい!」

車内には、雪華の派手な声と、静かな緊張感が混ざり合っていた。

富良野は、もうすぐそこだった。

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