今日はデートでしょ?
ショッピングモールに入ると、御堂奏は迷いなく高級ブランドショップへと足を運んだ。
白峰はついていくだけで精一杯だった。
まだ体に残る痛みと心の疲れで、華やかな店内を歩くだけで少し息が上がる。
それでも、御堂の楽しそうな横顔を見ていると、胸の奥がほんのり温かくなった。
御堂は次々と店に入り、服やバッグ、アクセサリーを手に取っては楽しそうに吟味している。
白峰は横でタグの金額を見て、毎回小さく目を丸くした。
(……ゼロが……何個……?)
特に手に取ったワンピースの価格を見て、白峰は思わず固まった。
(自分の貯金なら……なんとか買えるかもしれないけど……)
でも、そんな高級なものを自分みたいな庶民が買うなんて、なんだか現実味がなくて。
一生懸命働いて貯めたお金で、こんな綺麗な服を着る自分を想像できなくて、頭が真っ白になってしまう。
御堂はそんな白峰を見て、くすっと笑った。
「何を驚いているの?
これくらい買えるくらいのお給料、貰ってるでしょ?」
白峰は慌てて首を横に振った。
「買えるけど……買えないです……!」
御堂は一瞬ポカンとし、それから小さくため息をついた。
「言いたい事はわかるけど……
相変わらずスマートじゃないわね、澪ちゃん」
目ぼしい店を一通り回り終えた二人は、カフェに入って一息ついた。
午後の陽射しが大きな窓から柔らかく差し込み、店内を優しい光で満たしている。
白いテーブルクロスに淡い影が揺れ、遠くから聞こえる穏やかなBGMと、コーヒーの香りが混じり合って、ゆったりとした時間が流れていた。
窓際の席に座ると、外の景色は休日のショッピングモールらしい賑わいを見せながらも、どこか穏やかで日常的だった。
激しい戦いや妖怪の叫びとは無縁の、ただの午後の風景。
紅茶を注文し、カップが運ばれてきた頃、御堂が穏やかに聞いた。
「妖封士の仕事には、もう慣れたかしら?」
白峰は即座に首を横に振った。
「全然慣れません」
そう言いながら、白峰はテーブルに置かれた砂糖の小瓶を手に取り、これでもかと何個も開けて自分のカップに注ぎ入れた。
スプーンで勢いよく混ぜ、ひと口飲んでから、ようやく満足そうな顔になる。
そんな白峰を、呆れと驚きが混じった表情でじっと見つめていた御堂に、白峰は自分の気持ちを素直に言葉にした。
「いまだに怖いですし、痛いのも嫌です……
でも、御堂さんや藤堂さん、ついでに黒崎さんや安倍さんが傷つくのも嫌です……
心優しい妖怪がいるって事も、わかりました」
白峰は少し照れくさそうに、でもはっきりと言った。
「だから、少しだけ頑張ってみようと思うんです」
御堂は一瞬、目を細めて白峰を見つめ、それから小さく息を吐いた。
「……ふふっ。素直なのね、澪ちゃん」
御堂は紅茶のカップを優雅に持ち上げながら、静かに続けた。
「怖いのも、痛いのも嫌……それでいいのよ。
無理に強がらなくていいわ」
白峰は少し驚いた顔をしたが、すぐに胸の奥がふんわりと温かくなった。
御堂の優しい肯定の言葉が、疲れた心にじんわりと染み込んでくる。
「嫌でいい」と言ってもらえたことが、なんだかとても嬉しかった。
御堂はくすりと笑った。
「ただね……『少しだけ』でも、ちゃんと『頑張りたい』って思えるようになったのは、大きな進歩だと思うわ」
白峰は照れくさそうに目を伏せ、紅茶のカップを両手でそっと包み込んだ。
温かい湯気が頰を優しく撫で、胸の奥が穏やかに落ち着いていくのを感じた。
「……ありがとうございます」
御堂は満足そうに微笑み、しばらく白峰の顔をじっと見つめていた。
やがて、御堂はバッグの中から小さな紙袋を取り出し、テーブルにそっと置いた。
「これ、どうぞ」
白峰が恐る恐る中を開けると、素朴だけどどこか可憐な花形のヘアピンが出てきた。
淡いピンクと白を基調にした、小さな花びらが幾重にも重なり合うデザイン。
派手さは一切ないけれど、控えめで優しい印象が、まるで自分自身を映しているようだった。
「さっきお店で見たとき、あなたに似合うと思って。
……受け取ってくれる?」
白峰は目を丸くして、ヘアピンと御堂の顔を交互に見つめた。
「え……本当に良いんですか……?」
御堂は京都訛りを少し強めて、イタズラっぽく微笑んだ。
「もちろんよ。
だって今日はデートでしょ?」
白峰の頰が一瞬で真っ赤に染まった。
指先が小さく震えながらも、嬉しさが抑えきれず、そっとヘアピンを受け取る。
「……ありがとうございます、御堂さん」
声が少し上ずってしまった。
大切そうに両手で包み込むように握りしめると、胸の奥がじんわりと温かくなった。
御堂は満足げに目を細め、紅茶を一口飲んでから優しく言った。
「似合うといいわね」
白峰はヘアピンを手のひらでそっと撫でながら、心の中で繰り返した。
(……今日は本当に、良い休日になった。
怖いことや大変なこともたくさんあるけど、
こんな風に誰かと一緒に過ごせる日があるなら……
明日は、きっともっと頑張れるかもしれない)
白峰はそっと微笑み、窓の外に広がる柔らかな午後の光を見つめた。
穏やかな光が、胸の温かさを優しく照らしているようだった。




