命の値段
休日の午前中。
白峰澪は電車に揺られながら、窓の外をぼんやりと眺めていた。
配属されてから初めてのオフ。
仙台での激しい戦いの後、身体のあちこちにまだうずくような痛みが残っている。
包帯を巻いた肩と太ももが、座っているだけでじんわりと疼いた。
数日前の紅葉との戦いで使い果たした気力も、まだ完全に回復していない。
達成感はあるものの、心のどこかにぽっかりと空いたような、燃え尽き症候群めいたアンニュイな感覚が残っていた。
(……今日は少しでも気分転換しないと、ずっとこのまま引きずってしまいそう……)
白峰は小さくため息をつき、窓ガラスに額を軽く押しつけた。
外の景色が流れていくのを、ぼんやりと、ほとんど何も考えずに眺めている。
それでも、今日は「特別な日」だ。
無理やり自分を奮い立たせて家を出てきたものの、正直まだ心が軽くはなっていない。
そんな状態で電車に揺られながら、白峰はふとスマホを取り出した。
やっと落ち着いたので銀行アプリでこれまでの給料を確認してみたところ、予想を遥かに超える額が振り込まれていた。
(……新卒の給料にしては……っていうか、公務員の額じゃないよね、これ……?)
白峰はスマホの画面を何度も更新しながら、ぼんやりと驚いていた。
白峰はスマホの画面を眺めながら、意を決して給料のことを室長に尋ねた時のことを思い出した。
相楽剛はいつもの厳つい顔で、ぶっきらぼうに言った。
「お前さんの命の額だ。安いくらいだろうが」
その言葉を思い返すと、白峰の胸にじんわりと温かいものが広がった。
(……これまで何度も危ない目にあってきたなぁ……
仙台でも、紅葉さんの全力の一撃も安倍さんが居なかったら……)
室長のぶっきらぼうな言葉の裏側に、部下の命を本気で心配してくれている重みを感じて、白峰は小さく息を吐いた。
(……室長、珍しく優しかったな……
相変わらずぶっきらぼうだったけど……)
白峰は窓ガラスに額を軽く押しつけ、ふっと柔らかい笑みを浮かべた。
そんなことを考えている内に、電車が目的の駅に到着した。
白峰はゆっくりと席を立ち、ドアからホームへ降りた。
まだ肩と太ももに鈍い痛みが残っているものの、改札に向かって歩き始めると、足取りが少しずつ軽くなっていくのを感じた。
(……今日は、「特別な日」。
戦いも、妖怪も、封印も……今日は関係ない)
改札の自動改札機を抜け、階段を上る頃には、胸の奥で小さな期待がぽっと灯り始めていた。
待ち合わせてる人物との時間に、心がそっと跳ねるような感覚。
アンニュイな靄が少しずつ薄れ、足取りも自然と軽やかになっていく。
改札の外に出ると、休日の柔らかな陽射しが白峰を優しく包み込んだ。
そこに、気品あふれる姿で立つ御堂奏の姿があった。
ダークグレーの上品なコートを羽織り、長い黒髪を一つにまとめ、静かに微笑んでいる。
白峰は思わずパッと笑顔になった。
「御堂さん! お待たせしました!」
御堂は優雅に微笑み、いつもの気品を保ちつつ、少し軽やかな口調で答えた。
「いいえ、時間通りですわ。
さあ、行きましょう♪」
白峰は少し照れくさそうに笑いながら、明るく言った。
「今日は御堂さんとお買い物デートです!」
二人は自然と並んで歩き出し、近くの大きなショッピングモールへと向かい始めた。
白峰の足取りは、先ほどより明らかに軽やかになっていた。




