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妖封士って言うんです!

結界が解かれ、戦場に静かな余韻が広がっていた。

白峰は荒い息を吐きながら立ち尽くし、真田丸8式を握った手がまだ小さく震えていた。

地面に倒れた紅葉の巨体はゆっくりと光の粒子へと変わり始め、甘い香りと淡い紅い光が戦場を優しく包み込んでいる。

胸の奥に残る達成感と切なさが、静かに混じり合っていた。

その静寂を、慌ただしい足音が乱した。

現地の黒子班と共に、藤堂が息を弾ませながら駆け寄ってきた。

「白峰さん! 大丈夫ですか!?」

藤堂は白峰の血まみれの姿を見て顔を強張らせ、慌てて他のメンバーにも目を走らせた。

黒崎、御堂、安倍零……全員がなんとか立っているのを確認すると、ようやく肩の力が少し抜けた。

「……皆さん、無事でよかったです」

藤堂は小さく息を吐き、改めて周囲を素早く見回した。

「それにしても……いつの間にか、あの謎の男の姿が消えていましたね……」

黒子班の隊員たちは、戦闘の余韻も顧みず、慌ただしく動き始めた。

誰かが指示を飛ばし、すぐに再封印から完全な封印の儀式へと切り替える準備を進めていく。

道具の音と足音が、さっきまでの静けさを一気に掻き消していた。


その頃、女郎蜘蛛たちはゆっくりと人の姿に戻り始めていた。

黒子班の隊員たちが素早く動き、封印の準備を整えながら紅葉たちを円陣状に囲い始めた。

淡い術式の光が地面に浮かび上がり、緊張した空気が再び戦場を包む。

紅葉をはじめとした花魁たちは、そんな黒子班の動きを静かに見つめていた。

やがて紅葉が一歩前に出て、優雅でありながらも毅然とした声で告げた。

「自分達で帰れますわ。その後の封印は、好きになさい」

白峰は少し驚いた顔で紅葉を見つめた。

心を通わせた妖怪たちが、再び封印されることへの切なさと申し訳なさが、胸の奥から込み上げてきた。

言葉にならない思いが、表情に静かに浮かんでいた。

「……それで良いの?」

紅葉は優しく微笑みながら、その瞳の奥に温かな満足感を宿して穏やかに答えた。

「妖の時代はとうの昔に終わりました。

今は人の世ですわ。

私はもう十分楽しみました」


次々に夢の遊郭への扉が開き、花魁たちが静かに帰り始めた。

華やかな着物が風に翻るたび、甘い香りと柔らかな灯りが、まるで最後の挨拶のように現実の世界に優しく漏れ出す。

金色の帯が光を反射し、紅や紫の裾が夜の闇に溶けていく姿は、まるで一枚の絵巻物がゆっくりと巻き戻されていくようだった。

白峰はただ立ち尽くし、胸の奥が熱く疼くのを感じていた。

華麗に、優雅に、けれどどこか寂しげに消えていく彼女たちの背中を見つめていると、まるで大切な何かが静かに遠ざかっていくような、切ない気持ちが心に広がった。

紫は最後に、白峰の近くまで歩み寄ってきた。

気品のある佇まいで、静かに頭を下げた。

「ありがとうございました、優しいお嬢さん」

その声は昨夜と同じように優しく、紫色の瞳にはほんのりとした温かみが残っていた。

白峰は思わず声を詰まらせた。

「……紫さん……」

紫は穏やかな微笑みを浮かべ、紫色の着物の裾を優雅に翻して、ゆっくりと扉の向こうへ消えていった。

その背中は、まるで夢の残像のように美しく、儚く、夜の闇に溶けていく——。


その背中を見送りながら、白峰の胸に、昨夜の記憶が次々と蘇った。

甘いおだんごを運んでくれた紫の優しい笑顔。

紅葉の温かい言葉と、穏やかに「安心しなんし」と言ってくれた声。

戦いの最中ですら見せていた気高さと、ふとした瞬間に覗かせてくれた優しさ——。

一度は激しく戦い、傷つけ合った相手なのに、今は心のどこかで確かに絆を感じていた。

次から次へと花魁たちが扉を潜り、彼女たちの世界へ帰っていく。

苦しみから解放された彼女たちが、ようやく安らかな場所へと戻っていく姿に、白峰は静かな安心感を覚えた。

それと同時に、華やかで儚い別れの切なさが胸を優しく締め付けた。

誰もが白峰に向かって、静かに、しかし確かに感謝の微笑みを残していった。

白峰は涙がにじむのを堪えながら、両手をぎゅっと握りしめた。

(……みんな、よかった……)


やがて、最後に紅葉が白峰の前に立った。

彼女は優しく、穏やかに微笑みながら言った。

「此度は大変お世話になりましたわ、可愛い陰陽師さん。

縁があったらまた会いましょう。

……次は目一杯おもてなしして、最後には喰らわせて貰いますわ」

紅葉はケタケタと楽しげに笑いながら、いたずらっぽく目を細めた。

白峰は一瞬面食らったが、すぐに自然な笑顔を浮かべて応えた。

「今は妖封士って言うんですよ、紅葉さん!

……おもてなしは嬉しいですけど、最後のは遠慮します!」

紅葉はさらに嬉しそうにケタケタと笑い声を響かせながら、ゆっくりと夢の遊郭への扉の向こうへ消えていった。

白峰はいつまでもその背中に向かって、笑顔のまま手を振り続けた。


その様子を、少し離れた場所から特対室のメンバーが眺めていた。

黒崎は腕を組んだまま、呆れたようにぼそりと呟いた。

「……あいつ、すっかり妖怪と仲良くなりやがって」

御堂は優雅に腕を組み、ため息を一つこぼした。

彼女の表情には、白峰の優しさが妖怪たちと絆を結んだことを理解しつつも、その危険性を危ぶむ色が浮かんでいた。

「澪ちゃんは本当に……優しすぎるんですのよ。

妖怪とここまで心を通わせてしまうなんて……危ういわね」

藤堂は穏やかに微笑みながら、静かに頷いた。

白峰と一番長く付き合ってきた彼には、彼女の少しずつ変わっていく姿が、はっきりと感じられていた。

「でも……白峰さんは確実に成長していますね。

以前より、ずっと強い心を持っている」

安倍零はサングラス越しに白峰を見つめ、いつもの飄々とした笑みを深めた。

「ふふっ、変わった子だねぇ、ミオちゃんは。

まさか大妖怪と笑顔で約束を交わすなんて……面白いことになりそうだね」


別れを終えた白峰が、みんなのところへ戻ってきた。

キョトンとした顔で首を傾げる。

「……どうしたんですか? みんな、そんなに見つめて」

日が沈みゆく仙台の空は、紅葉のように真っ赤に染まり、紫苑のように優しい夜へと静かに変わってゆく——。

数日後——


夢の遊郭の奥深く、静かに灯りがともる一室。

紅葉は優雅に腰を下ろし、紫が淹れた茶を静かに味わっていた。

紫がそっと隣に座り、小さく微笑んだ。

「紅葉様……あの娘、元気でいるでしょうか」

紅葉は茶碗を優しく置いて、くすりと笑った。

「きっと元気よ。

最後のあの子の顔、とても晴れやかだったもの。

陰陽師・・・として、頑張っているはずだわ」


すると、紫がくすくすと笑いながら、からかうように言った。

妖封士・・・ですわ、紅葉様」

紅葉は一瞬目を丸くし、すぐに嬉しそうに扇子で口元を隠した。

「あら……そうだったわね。

つい、昔の呼び方の癖が出てしまったわ」

他の花魁たちも集まり、穏やかな笑顔を浮かべた。

紅葉はゆっくりと目を細め、遠い目をした。

紫がくすくすと笑いながら言った。

「本当に楽しかったですね。

久しぶりに、心から『もてなす』ことができました」

「ええ……妖の時代は終わったけれど、

こんな風に、心を通わせられる人間がいるなら、少しだけ希望が持てるかもしれないわ」

花魁たちは静かに頷き合い、柔らかな灯りと、ほんのり甘い余韻を残していた。


紅葉は最後に、優しく呟いた。

「またいつか……縁があったらね」

夢の遊郭に、柔らかな灯りと、ほんのり甘い余韻が残っていた。

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