表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/87

可哀想だ……

夢の遊郭から現実世界へ戻った白峰は、特対室の面々に囲まれていた。

説明を終えた後、白峰は少し拗ねたような表情で、唇を軽く尖らせて聞いた。

「……わたしが行方不明だった間、みんな捜索とか……してなかったんですか?」

藤堂が苦笑しながら丁寧に答えた。

「申し訳ありません。状況が急を要しておりましたので、再封印の準備を優先しておりました」

安倍零はサングラス越しに白峰を見て、にやりと笑みを浮かべた。

「まあまあ、ミオちゃん。

僕もちょっと用事があったし、みんなそれどころじゃなかったんだよ〜。

ほら、無事で良かったじゃないか。ふふ」

(……ちょっと寂しい……)

安倍零のフォローになっていない軽い言葉に、白峰はますます不満げに唇を尖らせ、頰を少し膨らませた。

まるで置いてけぼりを食らった子供のような表情になってしまい、自分でも恥ずかしくなったが、拗ねた気持ちがどうしても収まらない。

そこへ、御堂が慌ててフォローに入った。

「ちょ、ちょっと待ちなさい!

澪ちゃんが心配でたまらなかったんですのよ!?」

御堂は少し声を上ずらせながら、白峰の肩に両手でがしっと掴みついた。

いつもの優雅なお嬢様口調が少し崩れ、焦りと本気の心配が混じった様子がはっきり伝わってくる。

「ただ、再封印の準備が急務でしたので……本当に、ごめんなさいね!」

彼女はそう言いながらも、白峰の顔を覗き込むように身を乗り出していた。

慌てふためいているのに、ちゃんと「ごめんなさい」をちゃんと言うところが、御堂らしいと言えばらしい。

黒崎は腕を組み、面倒くさそうにため息をついた。

「……お前がいなくなってから、てんやわんやだったんだよ。

捜索隊を出す準備もしてたが、再封印の方が先だった。

……まあ、無事で良かったけどな」

黒崎の言葉はぶっきらぼうだったが、最後に小さく付け加えた「良かった」という一言に、素直じゃない心配がにじんでいた。

白峰は三人の反応を見て、ようやく少しだけ胸のモヤモヤが溶けたような気がした。

それでもまだ完全に拗ねた気持ちが消えきれず、唇を軽く尖らせたまま小さく呟いた。

「……みんな、冷たい……」

その言葉に、御堂が「まあ!」と声を上げ、藤堂が苦笑を深め、黒崎は「はぁ……」と大きなため息をついた。

安倍零だけはサングラス越しに面白そうにくすくすと笑っていた。


その時、安倍零のスマホが振動した。

彼は画面をチラリと見て、軽く肩をすくめながらにやりと笑った。

サングラスの奥の目が、まるで何かを面白がるように細められている。

「悪いね、急に用事が入っちゃった。

ここは任せて、僕は少し離れるよ〜」

安倍零はそう言いながら、いつもの飄々とした、底の見えない笑みを浮かべたままその場を去っていった。

背中を向けた瞬間も、肩のラインや歩き方に妙な計算された軽やかさがあって、まるで全てを見透かしたような胡散臭さが漂っていた。

その後ろ姿を見送りながら、黒崎が露骨に顔をしかめて低く吐き捨てた。

「……あいつはいつもそうだ。

肝心な時にふらっと消える。

胡散臭いったらありゃしない」

黒崎の声には、長い付き合いから来る諦めと苛立ちが混じっていた。

白峰はまだ少し唇を尖らせたまま、黒崎の言葉に小さく頷いた。

確かに、安倍零の去り際の笑みは、優しさというより何かを楽しんでいるような、底知れない気配があった。


安倍零がいつもの飄々とした笑みを残して去ってから、まだ数分も経っていなかった。

現地の黒子班がすでに結界を展開し始め、淡い光の膜がゆっくりと広がっていく。

黒崎がデッドノックを腰に下げ、短く指示を出した。

「よし、始めるぞ。再封印の儀式だ」

その言葉が落ちた瞬間——

世界の音が、ふっと遠のいた。

風の音も、黒子たちの足音も、結界の淡い光が発する微かな響きさえ、すべてが一瞬で水底に沈むように静かになった。

代わりに、ねっとりとした重い空気が、ゆっくりとその場を支配し始めた。

儀式が始まる直前。

封印担当の黒子の一人が、突然、不自然に体を震わせた。

「う……あ……」

その声は、まるで喉が腐ったように掠れ、湿った息が混じっていた。

次の瞬間——

黒子の胸を、何者かが後ろから強く掴んだ。

ぐしゃり、という嫌な音とともに、黒子の体が地面に引きずり倒される。

「ダメですよ……妖怪たちが可哀想だ……」

ぼろぼろのコートを着た男が、ゆらゆらと不気味に揺れながら姿を現した。

男の顔は深く影に沈み、輪郭だけがぼんやりと浮かんでいる。

異様に長い指が黒子の胸に深く食い込み、ゆっくりと引きずっていく様子は、まるで人形を弄ぶように緩慢だった。

「可哀想……可哀想……

みんな可哀想だ……封印なんて……してはいけない……」

低く、ねっとりとした声が、結界の中で不自然に反響した。

一言一言が、耳の奥に粘りつくように残る。

空気が急激に重くなり、甘ったるい腐臭のようなものが、ふっと周囲に広がった。

先ほどまで微かに残っていた遊郭の華やかな香りが、まるで腐り落ちるように塗りつぶされていく。

黒崎の表情が一瞬で凍りついた。

「おい……てめぇ、何者だ?」

御堂も即座に呪符を構え、声に鋭い緊張を込めて言った。

「邪魔をしないでいただきたいわね」

白峰は後ろで息を飲み、胸の奥が激しくざわついた。

(……この人……何を言ってるの……?

妖怪たちが可哀想……?)

男は倒れた黒子の上に覆い被さるように身を屈め、ゆらゆらと体を揺らしながら、意味のわからない言葉を繰り返し続けた。

その声は、まるで何十もの小さな囁きが重なり合ったように、頭の奥にねばりつき、離れようとしない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ