きみどり、おだんごがいい!あまーいおだんご!
薄暗い灯りの最奥——
一際大きな朱塗りの扉がゆっくりと開かれた。
その奥から、圧倒的な存在感を放つ女性が、ゆっくりと姿を現した。
——女郎蜘蛛の女王、紅葉。
彼女の登場とともに、空気が一変した。
甘く重い香がさらに濃くなり、楼閣全体が彼女を中心に息づいているかのように感じられた。
深紅の着物は上質な絹地に金糸と銀糸で無数の紅葉が刺繍され、袖を翻すたびに落ち葉が舞うように優雅に揺れる。
黒髪は艶やかに高く結い上げられ、真紅の珊瑚と黄金の蜘蛛をあしらった豪奢な簪が、妖しく輝いていた。
白く透き通る肌、深紅に染められた唇、細く長く描かれた瞳には、底知れぬ妖艶さと、絶対的な威厳が宿っている。
紅葉は妖しくも美しい微笑みを浮かべ、白峰とその横にいるきみどりを見た。
「ふふ……ようこそ。
私はこの巣の主、紅葉と申します」
紅葉はきみどりの姿を認めると、わずかに目を細めて興味深そうに言った。
「また懐かしい顔が現れんした……あの座敷童がここまで来るとは」
その瞬間、白峰の胸に確信めいた気持ちが広がった。
(……やっぱり……この子、座敷童なんだ……)
これまでの不思議な感覚や、皇居外苑で聞いた子供の声、すべてが繋がるような気がした。
ただ、まだ確かめる勇気は出せずに、白峰は黙って紅葉の言葉を聞いていた。
紅葉は白峰に向き直り、柔らかく、しかしどこか甘く絡みつくような声で言った。
「さあ、座りなさい。
今日はもう遅いから、ゆっくりもてなしてあげましょう。
お腹は空いていない? 何か甘いものがいいかしら?」
きみどりが白峰の膝の上でぴょこんと顔を上げ、元気よく手を挙げた。
「きみどり、おだんごがいい! あまーいおだんご!
おねえちゃんもおだんご食べようよー!」
白峰は慌てることなく、優しくきみどりの小さな体を抱き寄せた。
妹をあやすように背中をゆっくりさすり、柔らかい声で囁く。
「きみどり、ちょっと待ってね。
おねえちゃんも一緒に食べるから、いい子にしてて」
紅葉はそんな二人をじっと見つめ、くすくすと優しく笑った。
「まあ、可愛いこと。
わかったわ。紫、甘いおだんごを用意してあげて」
「はい、紅葉様」
紫が静かに下がると、紅葉は白峰に柔らかい視線を向けた。
「あの座敷童を、あんな風に優しくあやせるなんて……本当にいい子なのね。
迷い込んだ子はたいてい怯えるのに、あなたは少し違う」
白峰は胸の奥がざわつくのを感じながら、勇気を出して聞いた。
「あの……封印が、外れかかっているって……本当ですか?」
紅葉はくすりと笑い、優しく答えた。
「ええ、気づいているわ。
だからこそ、久方ぶりの来訪者が現れたのよ」
白峰は不安そうに声を震わせた。
「……封印が解かれたら、やっぱり暴れるの……?」
紅葉は一瞬、遠い目をした後、ふっと微笑んだ。
「安心しなんし。
あの男に封印される前に、一生分遊んでお腹いっぱいよ。
……でも、あの色男が居たなら、もう一度くらい遊んであげても良かったかもしれないわね」
紫が甘いおだんごを運んでくると、きみどりは目を輝かせてすぐに一つ手に取った。
その瞬間、白峰の胸の中で激しい葛藤が渦を巻いた。
(……どうして……)
きみどりは今も自分の膝の上で、無邪気に頰を膨らませておだんごを頰張っている。
黄緑色の着物を着た小さな少女は、ただ可愛らしくて、守ってあげたくなる存在だ。
なのに彼女は「座敷童」——妖怪なのだ。
紫の言葉が頭の中で繰り返される。
「わたしたちは……人にそうあれと願われて生まれた妖怪です」
あの時、紫が目を伏せた表情には、明らかに苦悶と悲しみが浮かんでいた。
まるで自分たちがそうであることを、心の底から嫌がっているように。
紅葉も今、優しく微笑みながらきみどりの頭を撫でている。
その手つきは本当に穏やかで、まるで本物の優しさのように見える。
でも——
彼らは人を食う。
迷い込んだ人間を魅了し、もてなし、最後には喰らう。
それが女郎蜘蛛の役割だと、紫自身が言っていた。
白峰はこれまで、何体もの妖怪と戦ってきた。
残忍に人を襲い、命を奪う怪物たちを、仲間たちと共に倒してきた。
その記憶が、今、目の前の優しい光景と激しく衝突する。
(優しい……みんな優しい……
きみどりは私の手を引いてくれた。
紫さんは悲しそうに目を伏せていた。
紅葉さんも……こんなに穏やかに笑っている……)
白峰の指が、無意識にきみどりの着物の裾を強く握りしめた。
(でも……人を食べるんだ。
私も、いつか……この優しさに騙されて、喰われるのかもしれない……)
胸の奥が痛いほど締め付けられる。
優しさと恐怖、共感と警戒、守りたい気持ちと戦わなければならない現実——
すべてが混じり合い、白峰の心を激しく揺さぶっていた。
紅葉はそんな白峰の内心などお構いなしに、優雅に微笑みながらおだんごを一つ手に取り、白峰の唇の近くにそっと差し出した。
「さあ、食べてごらんなさい。
この楼閣で味わえる、最上のものでしてよ」




