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気軽に牛タンでも

仙台に向かう高速道路を、特対室専用の黒いワゴン車が静かに走っていた。

運転席の藤堂がハンドルを握りながら、穏やかな声で切り出した。

「白峰さん、もう少しで仙台に入りますよ。

今回の任務は仙台郊外の古い神社周辺です。

女郎蜘蛛の封印確認がメインになります」

助手席の黒崎はシートを少し倒し、腕を組んだまま低い声で返した。

「……また面倒な場所に連れてきやがったな、零さん」

後部座席の真ん中に座る白峰澪は、シートベルトをきっちり締め、膝の上の資料を両手で握りしめていた。

藤堂の言葉を聞いた瞬間、彼女は少し身を乗り出して反応した。

「女郎蜘蛛……?

名前だけは、文学部の民俗学の授業で聞いたことがあります……

確か、すごく強力で危険な大妖怪じゃ……」

その右側に座る御堂奏は、背筋を伸ばし、品のある姿勢で窓の外を眺めながら、静かに口を開いた。

「ええ、京都でもその名はよく知られていますわ。

この人数で対処するとなると……かなりきついんじゃないかしら?」


最後部のシートにゆったりと腰を沈め、足を軽く組んでいる安倍零は、丸いサングラス越しに車内を見回し、にやりと笑った。

「女郎蜘蛛は百目鬼とは比べ物にならない大妖怪クラスだから、黒崎ちゃんには真打を携行してもらった。

晋介だけじゃ心許ないだろう?」

黒崎は助手席で露骨に舌打ちした。

「……だからって、なんでアンタが同行してんだよ。

普段からフラフラしてるくせに、面倒事だけ持ってきてんじゃねえ」

安倍零は黒崎の反応を面白そうに受け流し、軽く肩をすくめた。

その笑みには、苛立ちをからかうような軽さとともに、どこか懐かしげな響きが混じっていた。

「黒崎ちゃん、相変わらず冷たいねぇ。

せっかく久しぶりに会えたのに、そんなに距離置かなくてもいいのに。

助手席まで逃げるなんて、寂しいなぁ」

黒崎はさらにシートを倒し、腕を組み直しながら、ぼそりと、しかしはっきりと言い返した。

「……アンタと隣に座るくらいなら、トラックに轢かれた方がマシだ」

その言葉はいつものように棘だらけだったが、

安倍零はむしろ満足げに笑みを深めた。

黒崎がこうして面倒くさそうに相手をしてくれること自体が、二人の間に長年積み重なった、言葉にしない信頼の証のようにも見えた。

安倍零はサングラスを軽く押し上げながら、くすくすと笑った。

「相変わらず素直じゃないね、黒崎ちゃん。

まあ、それも君らしいけど」

黒崎は「チッ」と小さく舌打ちし、窓の外に視線を逸らした。

その横顔には、鬱陶しさが強く出ていたが、

安倍零の存在を完全に無視しているわけではなく、ちゃんと反応している——

それが、二人の間に流れる、独特の絆の形だった。

後部座席でそのやり取りを聞いていた白峰は、内心で小さく縮こまった。

(……黒崎さん、安倍さんのこと本当に苦手なんだ……

でも、ちゃんと返事してる……なんか、変な感じ……)


白峰は先ほどのやり取りから不安に陥った。

(……女郎蜘蛛って、そんなにヤバい妖怪なの……?)

そんな白峰の様子に気づいた御堂奏が、優しく、しかしいつもの自信に満ちた声で声をかけた。

「澪ちゃん、大丈夫?

少し顔色が悪いわよ。

初めての大きな任務ですもの、緊張するのは当然ですわ。

何かあったらすぐに言ってね。私がそばにいますから」

その言葉は、京都育ちらしい品のある柔らかさの中に、確かな強さと頼もしさが感じられた。

御堂の自信たっぷりな態度が、ただの慰めではなく「私が守る」という確信に裏打ちされているのが、白峰にも伝わってきた。

白峰は少し驚いた顔で御堂を見上げ、胸の奥がほんのり温かくなるのを感じた。

先輩の思いやりと、自分を頼もしく思ってくれている気配が、不安で縮こまっていた心を少しだけ軽くしてくれた。

「……ありがとうございます、御堂さん。

ちょっと不安ですけど……頑張ります」

白峰の声はまだ小さかったが、先ほどよりわずかに力強さが戻っていた。

御堂は満足そうに小さく微笑み、優しく頷いた。

「ええ。それでいいのよ。

あなたはまだ始まったばかりなんだから、無理に一人で抱え込まないで」


そのやり取りを最後部から聞いていた安倍零が、にやりと笑みを浮かべながら軽く身を乗り出した。

「まあまあ、澪ちゃん、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。

今回はただの封印状態の確認がメインだし、必要に応じて再封印するだけさ。

何かあっても黒崎ちゃん達がいるから安心していいよ。それに……僕もいるしね」

安倍の声は明るく、まるでピクニックに誘うような気軽さだったが、

その言葉の端々には、どこか根拠の薄い適当さと、底の見えない胡散臭さが漂っていた。

サングラスの奥の目が、面白がるように細められているのが、白峰には妙に気になった。

「さっさと終わらせて、牛タンでも食べて帰ろうじゃないか。

仙台に来たんだから、仕事だけじゃもったいないよ」

その瞬間、運転席の藤堂がぱっと表情を明るくした。

「牛タン……!

実は僕、厚切りで提供している老舗をいくつかチェックしてきて……

特にお勧めなのは……」

安倍零はくすくすと笑いながら、満足げにシートに深く腰を沈めた。

車内は、再び軽い会話と微かな緊張が混じった、不思議な空気に包まれていた。


白峰はシートベルトを握りしめながら、胸の奥に小さな不安を抱いたままだった。

(……本当に、ただの封印確認で済むのかな……)

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