なんかやっちゃった……?
白峰は真田丸8式を握ったまま、まるでテコでも動かない様子だった。
両手で柄をぎゅっと抱きしめ、刀身を自分の胸に軽く寄せるようにして、
少し前屈みになりながら首を小さく振っている。
その姿はまるで、お気に入りのぬいぐるみを「これ絶対に欲しい!」と駄々をこねる子供のようだった。
「…………絶対に、これがいいです」
声は小さめなのに、どこか必死で、
一度言い切ったあと、さらに小さく「他のものは……いらない……」と付け加える始末。
藤堂と御堂は顔を見合わせ、深いため息をついた。
藤堂は肩を落とし、諦めきったような柔らかい苦笑を浮かべた。
「……もう、動かないでしょうね。これは。
白峰さん、本当に気に入ってしまったようです……」
一方の御堂は、ため息をつきながらも眉間に軽く皺を寄せ、目が少し鋭くなっていた。
心配と苛立ちが混じった表情で、彼女は腕を組んだまま続けた。
「はあ……あの馬鹿が『やらせてみろ』なんて余計なこと言うから……!
澪ちゃんが危ない目に遭ったらどうするつもりだったのよ」
御堂は最後の部分を特に黒崎の方をチラリと睨みながら言った。
兄の真田祐介は、そんな白峰の様子を静かに見つめ、わずかに目を細めた。
危険な性質を持つことを誰よりも理解しているはずなのに、
自分の作品をここまで素直に、子供のように一途に気に入ってくれる若い使い手は本当に珍しかった。
それだけではない。
刀が白峰の手に触れた瞬間から、気導回路の輝き方がまるで「この子を選んだ」と語っているように感じられた。
長年鍛えてきた刀が、自ら相棒を求めるような——そんな不思議な予感が祐介の胸に広がっていた。
祐介は小さく息を吐き、穏やかながらも決意のこもった声で言った。
「よし……この子を、白峰さんに譲ろう。
危険な性質があることは承知しているが……どうやら真田丸8式のほうも、この子を気に入ったようだ。
ただし、きちんと調整は必要だ。手形や気の含有量、その他諸々調べるぞ。ついて来い」
祐介はそう言うと、白峰を連れて工房の奥にある簡易検査室へと向かった。
その間、藤堂は白峰から預かった晋介25号を弟の晋介へ手渡した。
「晋介さん、こちらです。
白峰さんが気を込めたはずなのに出力が異様に低かったようなんです。
内部回路の破損を疑っているのですが、ご確認をお願いします」
晋介は慣れた手つきで銃を受け取り、すぐに作業台の上でカバーを外し始めた。
内部の気導回路を露出させた瞬間——晋介の表情が一瞬で凍りついた。
「……おい、これは」
作業台の上で広がった光景は、明らかに異常だった。
回路基板の至る所が黒く炭化し、ところどころで金属が溶けて流れ落ちたような痕跡がはっきり残っている。
一部の気導回路は完全に焼き切れ、ガラス質のような固まりに変わっていた。
通常、晋介25号は黒崎蓮のような熟練妖封士が全力で連射しても、数発から十数発程度でようやく限界を迎える程度の頑丈さを持っている。
それが——白峰が初めて触って、たったの一発しか撃っていないはずの状態で、ここまで壊滅的なダメージを受けている。
晋介は工具を置き、回路基板を慎重に指でなぞりながら、低い声で呟いた。
「これは……ただの焼損じゃない。
一発の射撃で、ここまで回路が耐えきれなかったというのか……?」
彼の声には、職人としての驚きと、明らかな動揺が混じっていた。
通常の妖封士がどれだけ気を込めても、晋介25号の回路がこのレベルで溶けることはほぼあり得ない。
ましてや、新入りの白峰澪が、初めての射撃でこの結果を出すなど、考えられるはずもなかった。
晋介は眉を深く寄せ、じっとりと黒崎を睨んだ。
「黒崎が使ったんか?」
黒崎は面倒くさそうに手を振った。
「違う。俺じゃねぇよ」
藤堂が慌ててフォローを入れた。
「確かに新品を手渡しました。白峰さんが初めて触ったばかりで……その一発しか撃ってないはずです」
御堂は横から、いつもの自信たっぷりな態度とは打って変わって、声に心配をにじませながら言った。
「……ええ。私も見ていたわ。
確かにあの時、気の高まりは感じていましたけど……
まさか焼損するほどとは思わなかったわ」
その言葉には、異常性を冷静に理解した上での心配が強く感じられた。
同時に、わずかながら——自分でも認めたくない程度の、若い後輩の底知れない潜在能力に対する小さな嫉妬が混じっていた。
晋介はまだ疑わしげな目で黒崎を睨みながら、しかしはっきりと言った。
「……気を流し込んだだけで、回路がここまで焼損してる。
これは撃った時の熱だけじゃないわい。
白峰さんの気の含有量が、晋介25号の耐久限界を大幅に超えていたんじゃろ……
普通の妖封士では絶対に起こり得ない現象だ。
それこそ……俺が知る限り、黒崎くらいしかこんなことできる奴はいねえはずなんだがな」
その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が一気に重くなった。
黒崎は腕を組んだまま、明らかに鬱陶しそうな顔でため息をついた。
「だから俺じゃねえって言ってるだろ。
いい加減うるせえな、ジイさん」
晋介はまだ納得いかない様子で鼻を鳴らしたが、それ以上は追及せず、回路基板に視線を戻した。
その言葉の余韻が部屋に残る中、藤堂の顔がさっと青ざめた。
彼は思わず喉を鳴らし、小さく呟いた。
「……白峰さんが……? まさか……」
御堂も珍しく表情を強張らせ、腕を組んだ手に力を込めた。
いつもの自信たっぷりな態度が一瞬崩れ、驚きと戸惑いが混じった声で言った。
「澪ちゃんが……黒崎さんと同等か、それ以上……?」
二人の視線が、自然と白峰が消えた検査室の扉の方へ向かった。
そこには、まだ事態を何も理解していない後輩の姿が脳裏に浮かんでいた。
部屋の空気が、これまでとは明らかに違う重さで満ちていた。
ちょうどその時、検査室の扉が開いた。
白峰は真田丸8式を両手で大事そうに抱え、まるで新しいお気に入りのおもちゃをもらった子供のように足取りも軽やかで、顔を少し上気させながら戻ってきた。
「祐介さん、ありがとうございます!
調整、楽しみです……!」
ルンルンとした明るい声が、部屋の中に響く。
しかし、部屋の空気は先ほどとは明らかに重く、張りつめていた。
藤堂の青ざめた顔、御堂の強張った表情、晋介の険しい視線、そして黒崎の低い気配——。
白峰はその異様な雰囲気を感じ取り、ようやく足を止めて首を傾げた。
「……え? どうしたんですか?
みんな、なんか怖い顔してますけど……」
彼女の声はまだ少し浮ついたままだったが、
内心では(わたし……なんかやっちゃった……?)と、小さな不安がよぎり始めていた。
ルンルンとした表情と、部屋の重い空気のギャップが、はっきりと浮き彫りになった。




