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これにします……!

箱根の山道を登りきった先に、真田兄弟の工房はあった。

古い日本家屋を改装したような建物で、町工場のような実用的な雰囲気が漂っている。

黒崎蓮は車を降りるなり、面倒くさそうに肩を回しながら先に立った。

いつもの気だるげな歩き方で、まるで自分の家の敷居を跨ぐかのように慣れた足取りで引き戸に近づき、

乱暴に引き戸を開けた。

「じいさん方、いるか?」

すると奥から、慌ただしい足音が聞こえてきた。

「まさか……デッドノックを壊したんじゃねえだろうな!?」

まず顔を出したのは、毎日剃っているはずなのに肌が荒れた男だった。

工具を片手に持ち、作業着の袖をまくった姿が印象的だ。

そのすぐ後ろから、もう一人の男がゆっくりと現れる。

白髪混じりの髪をきちんと整え、綺麗に揃えた蓄え髭が特徴的な、着古した作業着を品よく着こなした男。


黒崎は面倒くさそうに片手を上げて手を振り、ため息混じりに答えた。

「今回は違う。真打の相談だ」

黒崎は振り返りもせずに、投げやりな口調で続けた。

「こいつらが真田の祐介ゆうすけ晋介しんすけだ。関東じゃ一番の凄腕ってことになってる」

白峰が「え……? 紹介それだけ?」と目を瞬かせていると、藤堂が苦笑しながら一歩前に出て、丁寧に紹介を始めた。

「晋介さん、祐介さん、お久しぶりです。

こちらが新人の白峰澪さんです。

真田兄弟は双子で、弟の晋介さんが簡易退魔銃の開発を、兄の祐介さんが退魔刀の鍛冶を専門とされています。

関東の妖封士にとって、とても頼りにされている方々なんですよ」

白峰は慌てて頭を下げた。

「白峰澪です。今日はよろしくお願いします」

晋介は工具を肩に担いだまま、ぶっきらぼうに頷いた。

「晋介だ。よろしくな」

祐介は穏やかな笑みを浮かべ、軽く会釈を返した。

「祐介です。遠いところをわざわざありがとうございます」

白峰は改めて二人を交互に見つめ、内心で少し混乱しながらも丁寧に挨拶を返した。

「こちらこそ、よろしくお願いします……」


藤堂が苦笑しながら、これまでの経緯を簡単に説明し始めた。

「実は先日、百目鬼や大入道といった強力な妖怪による事件が立て続けにありまして……

新人の白峰さんがかなり危険な目に遭いました。

そのため、真打クラスの配備を少し早めに進めたいと考えておりまして」

晋介は「ふーん」と鼻を鳴らしつつも、納得した様子で頷いた。

「なるほどな。じゃあ奥の棚を見てもらうか」


晋介は工具を肩に担いだまま、工房の奥にある真打が陳列された棚へと一同を案内した。

そこに並ぶ退魔武器の数々は、ただの刀や銃とは明らかに違う重厚さと気品を放っていた。

棚全体から微かな気の流れを感じるほどで、白峰は思わず息を飲んだ。

一本一本が、まるで生き物のように存在感を主張している。

白峰は目を奪われながら、ふと晋介に尋ねた。

「あの……晋介25号って、名前が晋介さんと同じなんですね。

どうしてそんなシンプルな付け方なんですか?」

晋介は工具を肩に担いだまま、当然のように答えた。

「自分の名前付けておけば、忘れねえだろ。

24号は相良の坊主が今も愛用してるしな。あれは銃じゃなくてメリケンサックだけどよ」

白峰は思わず小さく苦笑した。

(……なるほど、忘れないように自分の名前か。シンプルすぎて逆に凄い……)

ただ、すぐに別の疑問が頭をよぎった。

(相良室長って、あの体型で……近接戦の先頭に立つなんて、本当に出来るんだろうか?)

晋介はそんな白峰の微妙な表情に気づいたのか、ふっと鼻を鳴らした。

「まあ、じっくり見ていけよ。

どれも俺と兄貴の自信作だからな」

その時、白峰の視線が一振りの刀に、強く吸い寄せられるように釘付けになった。


真田丸8式。

淡い銀色の気導回路が刀身全体に浮かび上がり、まるで脈打つ血管のようにゆっくりと光を明滅させている。

他の真打とは明らかに違う、禍々しいまでの美しさと、底知れぬ気配をまとっていた。

刀の存在自体が、工房の空気を重く歪ませているように感じられた。

白峰にとっては、まるで優しく呼びかけるような、温かく吸い付くような魅力。


しかし、御堂と藤堂の目には明らかに違うものとして映っているようだった。

御堂がわずかに眉を寄せ、低い声で呟いた。

「……随分と、おどろおどろしい気ね。あれ」

藤堂も息を詰め、思わず一歩後ろに下がった。

「この気配……ただの退魔刀ではありません。まるで、こちらの力を試すように……」

白峰はそんな周囲の反応に気づかず、ただその刀に心を奪われていた。

「これ……」

思わず手を伸ばしかけた白峰を、御堂が素早く、しかし優しく制止した。

「ちょっと待ちなさい、澪ちゃん。

真打クラスは気が強いから、不用意に触ると危ないわよ」


その瞬間、兄の真田祐介が静かな声で言った。

「真田丸8式は、晋介シリーズで取り入れた気導回路を刀に応用した特別製だ。

峰から圧縮された気を放出することで、非力な者でも強烈な物理攻撃を叩き込める。

ただし……刀自体が気を吸い取る性質を持つ。柄を握るだけで、気がどんどん吸われていく妖刀でもある」

祐介は穏やかな表情のまま、続けた。

「気になるなら触ってみるか?」

その言葉を聞いた瞬間、御堂と藤堂の表情が一変した。


その言葉を聞いた瞬間、御堂と藤堂の表情が一変した。

御堂奏は一瞬で表情を引き締め、白峰の腕を強く、しかし優しく掴んだ。

「澪ちゃん、絶対にダメ!」

声にいつもの余裕はなく、真剣さがはっきりと滲んでいた。

「この刀はただの武器じゃないのよ。

気を吸い取るなんて……経験の浅いのあなたが触ったら、本当に体を壊してしまうかもしれない。

私たちはあなたを守るためにここにいるのに、そんな危険なものに手を出させるわけにはいかないわ」

御堂は白峰の目をまっすぐ見つめ、珍しく焦りの混じった声で続けた。

「あなたはまだ入ったばかりで、右も左もわからない状態でしょう?

無理に前に出ようとしなくていい。

私や黒崎さん、司くんがいるんだから……少しずつでいいのよ」

その言葉には、いつもの自信たっぷりな態度とは違う、

後輩を思う先輩としての本気の心配が込められていた。

藤堂も顔を青ざめさせ、すぐに横から声を重ねた。

「勝手に気を吸い取るほどの気導回路、非力な方には到底扱いきれません!」

しかし黒崎は腕を組んだまま、面白そうに口の端を上げた。

「へえ、面白そうだな。

やらせてみろよ。危なくなったら取り上げりゃいいさ」

御堂は黒崎を一瞬睨みつけたが、すぐに視線を白峰に戻した。

白峰の腕を掴む手に、わずかに力が込められていた。

白峰は御堂の熱のこもった制止を感じながらも、ゆっくりとその手を振りほどいた。

「……ごめんなさい、御堂さん」

そして、まるで運命に導かれるように、白峰は真田丸8式の柄に手を伸ばした。

指先が柄に触れた瞬間——

世界が、静かに変わった。

刀身に刻まれた銀色の気導回路が、まるで白峰の気に応じるように強く輝き始めた。

淡い光が脈打つように明滅し、温かく、吸い付くような気が刀から流れ込んでくる。

それは決して冷たい力ではなかった。

まるで長年待ち続けていた相棒が、ようやく出会えたことを喜ぶように、

優しく、しかし確かな熱を帯びて白峰の体内に溶け込んでいく。

(……あ……)

白峰の胸の奥で、何かが大きく震えた。

これまでずっと守られるばかりだった自分。

みんなの後ろに隠れ、足を引っ張らないように必死だった日々。

そのすべてを、この刀が静かに受け止めてくれているような気がした。

「これなら……私にも、戦えるかもしれない」

微かに震える手で柄を握りしめ、白峰はゆっくりと刀を掲げた。

刀身が工房の光を反射し、銀色の回路がより鮮やかに輝く。

その瞬間、白峰の瞳にも同じ銀色の光が宿ったように見えた。

「これにします……!」

白峰の声は、思ったより大きく、そして揺るぎなく響いた。

「私、この刀がいいです。他は考えられません。

この子……この刀が、私の相棒です」

祐介は静かに白峰を見つめ、ゆっくりと頷いた。


守られるばかりだった自分が、この刀を使えば少しは前に出られるかもしれない──

そんな期待と、刀から伝わる不思議な引力に、白峰の心は強く、深く揺さぶられていた。

まるで、運命の出会いのように。

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