牛鬼より野蛮なもの
六本木から箱根へ向かう車内は、静かで穏やかな時間が流れていた。
助手席の白峰澪はシートベルトを締め、ふと後部座席を振り返って小さく呟いた。
「……黒崎さん、また寝てる」
後部座席では黒崎蓮が大口を開け、いつものように深い眠りに落ちていた。低いいびきが規則正しく車内に響いている。
運転席の藤堂はハンドルを握ったまま、柔らかく微笑んだ。
「黒崎さんは移動中によく寝られますからね。疲れが溜まっているのでしょう」
隣の御堂奏は腕を組んだまま、軽く肩をすくめて答えた。
「本当に、寝るの上手いわよね。あの人」
白峰は苦笑しながら窓の外に目を戻した。流れる木々の緑が心地よい。
藤堂はタイミングを見計らって、いつもの丁寧な口調で説明を始めた。
「目的地の真田兄弟の工房は箱根の山奥にあります。
弟の晋介さんは簡易退魔銃の開発者で、私たちが普段使っている晋介25号も彼の作品です」
白峰は小さく目を丸くして反応した。
「え、晋介25号って……晋介さんという方が作ったものだったんですね」
藤堂はハンドルを軽く握り直しながら、穏やかに続けた。
「ええ。兄の祐介さんは退魔刀の鍛冶を専門とされていて、真打クラスの退魔刀はほとんど彼が手がけています」
すると御堂が腕を組んだまま、軽く付け加えた。
「二人とも本当に腕がいいのよ。特対室の武器はほとんど真田兄弟に頼っているわ」
白峰は小さく頷き、ようやく合点がいったような表情になった。
「晋介って……そういうことだったんだ」
少し間を置いて、ふと思いついた疑問を口にした。
「あの……藤堂さんや御堂さんは、真打を持ってるんですか?」
藤堂は一瞬、視線をハンドルに落とし、少し照れたように、けれどどこか気まずそうに微笑んだ。
「私は持っていません。……扱えるほどの力がありませんので……」
声がわずかに小さくなり、耳の後ろがほんのり赤くなっているのが分かった。
御堂奏は腕を組んだまま、背筋を伸ばして自信たっぷりに答えた。
「そんな野蛮なもの、使わないわよ。
私には牛鬼がいるから」
その言葉に、白峰は一瞬、息を詰めた。
脳裏に、渋谷の雑踏で牛鬼がのっぺらぼうを文字通り叩き伏せた光景が鮮やかに蘇った。
あの圧倒的な力、容赦のない一撃──。
(……牛鬼より野蛮なものって……あるの?)
そう考えた直後、黒崎が大入道を相手に繰り広げた戦いが次々と思い出される。
荒々しい一撃の重さ、地面を揺るがすほどの衝撃、まるで暴風のような動き──。
(……確かに。あれは……牛鬼よりずっと野蛮かも……)
白峰は小さく息を吐き、素直に頷いた。
「……確かに、野蛮そうですよね」
御堂は満足そうに目を細め、軽く胸を張った。
「でしょう?」
一方、藤堂は呆れたように小さくため息をつき、
ハンドルを握る手に少し力を込めた。
「御堂さん……本当にそういう言い方ばかり……」
後部座席からは黒崎の規則正しいいびきが続き、
車は箱根の山道をゆっくりと登り続けていた。
木漏れ日が時折車内に差し込み、
穏やかな光が三人(と一人)の時間を優しく包んでいた。
慌ただしく危険な日々が続いた後、ようやく訪れた静かな移動の時間。
白峰はシートに体を預け、
「妖封士の日常って、意外とこんな感じなんだ……」
と、そっとつぶやいた。




