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祓ってください……!

特対室の地下オフィスは、いつものように薄暗く、淀んだ空気が流れていた。

白峰澪はデスクに座り、巡回報告書をまとめながらも、頭の中は別のことでいっぱいだった。

大入道戦の記憶が、まだ鮮明に残っている。

あの泣き顔の怪物が牛鬼を叩き伏せていく様子。

そして、自分の耳にだけ聞こえてきた、無数の怨嗟の声。

『……なんで俺だけ……』 『……笑ってる……笑ってる……』 『……返せ……俺の人生を返せ……』 『……全部お前らのせいだ……』

低く、ねっとりとした声の群れ。

でも、その怨嗟の奥に、もう一つ、別の声が混じっていた気がする。

甘く、冷たく、まるで子供が耳元で囁くような——

『……たのしいね……!』

白峰は無意識に自分の左胸を軽く押さえた。

(……あの声……

大入道の怨嗟とは、明らかに違う……

もっと小さくて、甘くて……でも、どこか冷たい……)

ふと、皇居外苑での出来事が脳裏に蘇った。

座敷童の祠の前で、最初に聞いた子供の声。

『……あそぼ……?』

そして、祠を離れた後も耳の奥に残っていた、もう一つの言葉。

『モウスグ、ハジマルヨ』

白峰は小さく息を飲み、独り言のように呟いた。

「……もしかして……座敷童……?」

その瞬間、隣の席から低い声が飛んできた。

「お前、皇居に行ったのか?」

白峰がびくりと肩を震わせて顔を上げると、黒崎蓮がコーヒーの紙コップを片手に、こちらをじっと見ていた。


白峰が頷くと、黒崎は眉を寄せて腕を組んだ。

「座敷童が……何故お前に憑いてるんだ?

本来、家に憑くはずの妖怪だぞ。」

白峰は不安げに黒崎を見つめた。

胸の奥が、冷たくざわついている。

大入道戦で聞いた無数の怨嗟の声と、祠の前で響いた甘い子供の声が、

頭の中でぐるぐると混ざり合って離れない。

(……本当に、座敷童なの?

でも、あの声……「たのしいね」って……

ただの優しい妖怪じゃない気がする……

もし本当に憑かれてるなら、私……どうなっちゃうの……?)

不安がどんどん膨らみ、喉が詰まる。

藤堂が以前言っていた「ネームド妖怪は恐ろしい」という言葉が、

今になって重くのしかかってきた。

白峰の目が潤み、声が震えた。

「ネームド妖怪は恐ろしいって……

お願いです、黒崎さん、祓ってください……!」

彼女はデスクに両手をつき、すがるように黒崎に泣きついた。

新入りらしい弱さと、必死さがそのまま表れた姿だった。

黒崎は鬱陶しげに顔をしかめ、ため息をついた。

「ったく、面倒くせぇ……」


そのやり取りを横で聞いていた御堂 奏が、静かに口を開いた。

「ちょっと待ちなさい」

彼女はいつものスマートな姿勢で腕を組み、白峰に向かって穏やかに説明を始めた。

「皇居外苑に封印されているのは座敷童の本霊よ。

力が強すぎて周囲に影響が大きすぎるから、という理由だけで封印されている妖怪。

記録上は、人に害を為さないとされている存在ね。

あなたに憑いているのは多分、その分霊……しかもかなり力が弱い状態だと思うわ」

御堂はそこで一度言葉を切り、白峰の顔をまっすぐに見つめた。

その視線には、いつものツンとした気品の中に、ほんの少しの気遣いが混じっていた。

「怖い思いをしたわね、澪ちゃん。

座敷童の分霊は、基本的に友好的とされているから……

討伐や封印の対象にはならないケースがほとんどよ。

ただ、力が弱いまま根を張ると、時々あなたを疲れさせることもあるから、

ちゃんと向き合ってあげないとね」

白峰は少しほっとした表情を浮かべたが、まだ胸のざわつきは完全に消えていなかった。

「……本当に、害はないんですか?

でも、私の胸の奥で……時々、冷たい感覚が……」

御堂は小さく頷き、声を少し柔らかくして続けた。

「それが分霊の気配ね。

……あなたが不安に思うのも当然だわ。

私も、完全に安心とは言い切れない。

だからこそ、ちゃんと監視しながら対処していきましょう」

白峰は御堂の言葉を聞きながら、肩の力が少しだけ抜けるのを感じた。

彼女は小さく息を吐き、素直に頭を下げた。

「……ありがとうございます、御堂さん。

少しだけ、安心できました」

御堂はふっと小さく微笑み、いつもの気品を少しだけ緩めて言った。

「いいのよ。

あなたはまだ新入りなんだから、無理に一人で抱え込まないこと。

……私も、できる限りの事をするわね」

その言葉に、白峰の胸がじんわりと温かくなった。

大入道戦の恐怖や、黒崎さんの指摘で冷え切っていた心に、

ほんの小さな灯りが灯ったような気がした。


そこへ室長の相良剛が奥から大きな声で割って入る。

「そろそろ白峰にも真打が必要だな」

室長は書類をめくりながら、ぶっきらぼうに続けた。

「真田兄弟の所へ行ってこい。

箱根の工房だ。ついでにその近くの巡回も、黒崎、御堂、白峰の3人で行ってこい」

「真打……」

白峰は思わず怯んだ表情になった。

これまで戦いはずっと怖かった。

百目鬼の時も、大入道の時も、結局は黒崎さんや御堂さん、藤堂さんに守られていた。

自分はただ後ろで震えながら、必死に祈るような気持ちでついていくだけだった。

でも、今度は違う。

真打を貰いに行けと言われた瞬間、急に現実味を帯びて襲ってきた。

(……真打って……黒崎さんのデッドノックみたいな……

あんなに恐ろしい威力のものを、私に持たせるってこと……?

晋介だって、ちゃんと使えなかったのに……

もし私が真打を扱って、制御できなかったら……

周囲を巻き込んで、誰かを傷つけてしまうかも……

今までは守られていただけなのに……これからは、私が戦う側になる……)

戦いの恐怖が、急に「自分ごと」として胸にのしかかってきた。

手のひらがじっとりと汗ばみ、息が浅くなる。

足元がふらつくような感覚すら覚えた。


室長は白峰の様子などお構いなしに、いつもの調子で言った。

「わかったらさっさと行ってこい!

返事ははい、イエスサーだ!」

白峰は慌てて背筋を伸ばし、反射的に答えた。

「は、はい、イエスサー!」

その瞬間、オフィスに一瞬の静寂が落ちた。

黒崎がコーヒーを吹き出しそうになりながら、呆れた声で呟いた。

「……ホントに言うやつが居るかよ……」

御堂 奏も腕を組み、ため息混じりに小さく笑った。

「スマートじゃないわね……」

白峰は顔を真っ赤にして縮こまった。

(……うわっ、やっちゃった……!

イエスサーって何よ……!)

先輩2人の呆れた視線が痛い。

新入りらしい慌てぶりと、完全に空気を読めていない自分が、

今さらながらに猛烈に恥ずかしくなってきた。

室長だけが書類をめくりながら、満足そうに頷いていた。

「よし、返事はバッチリだな。

さっさと行け、白峰!」

白峰は耳まで赤くしながら、小さく頭を下げた。

(……もう……穴があったら入りたい……)

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