妖封士って何ですか!?
「よう……ふうし?」
人生で一度も上げたことのない、間の抜けた声が出てしまった。
私は慌てて自分の口を押さえたが、もう遅い。
黒崎は、くたびれた顔のまま片眉を上げて私を見た。
「……おいおい、そんな間の抜けた声出すなよ。
聞こえなかったか? 妖封士だ」
「いや、聞こえましたけど……妖封士って何ですか!?」
黒崎は深いため息をつくと、近くの椅子を軽く蹴ってこちらに寄越した。
「座れ。新入り。
毎回この反応だな、新人は……ったく」
私は腰を下ろしたが、膝が小刻みに震えていた。
デスクの上に無造作に置かれた黒い拳銃のようなものを見て、私は再び情けない声を上げてしまった。
「……これ、なんですか……?」
無精髭の男は、ニヒルな笑みを浮かべて答えた。
「お前の想像してるものだよ。
お前にもやるけど、壊すなよ?」
男が発した言葉の意味を、私の脳は本気で拒否していた。
黒崎は椅子に深く腰掛けたまま、面倒くさそうに顎をしゃくった。
「お前はこれから毎日、妖怪を退治するんだよ。それだけ覚えとけ」
……は?
私は思わず目を瞬いた。
「妖怪……を、退治……?」
(……待って待って待って!
妖怪退治って何? ファンタジー? 隠しカメラ番組?
私はただの文学部卒の普通の女の子なのに……!
資料整理して、残業して、給料もらって、休みの日はカフェ巡りするはずだったのに……!
なんでこんなことに……?)
「そう。出てきたら祓う。基本はそれだけ」
黒崎はそこで話を終わらせようと、スマホを取り出して画面をスクロールし始めた。
明らかに「これで説明終了」という態度だった。
(……基本はそれだけ、って……
そんな簡単に言わないでよ!
私は公務員試験に合格しただけなのに、なんで妖怪が出てきたら祓うとかいう世界に放り込まれてるの……?
研修期間も短かったし、なんかおかしいと思ってたけど……まさかこんな展開になるとは……)
その瞬間、部屋の奥から大きなため息が聞こえてきた。
「黒崎、お前は新人に最低限の説明すらまともにできんのか」
部屋の奥に陣取っていた席から、がっしりした体格の男性が立ち上がった。
短く刈った髪に厳つい顔立ちの男だった。
彼は私を見て、軽く片手を上げた。
「相楽 剛だ。この特異事象対策調整室の室長をやっている。
突然で悪いな、白峰澪くん」
私は慌てて立ち上がり、深く頭を下げた。
「あ……! す、すみません! 挨拶が遅れてしまって……!
白峰澪です。本日から配属されました、よろしくお願いします!」
相楽室長は小さく頷きながら言った。
「挨拶はいい。座ってくれ。
黒崎の説明じゃ何もわからんだろうから、俺が少し補足する」
室長は私の正面の椅子に腰を下ろし、太い指で自分のこめかみを軽く揉みながら話し始めた。
「まず、妖封士というのは我々の通称だ。
正式には『特異事象対策調整室所属職員』だが、長ったらしいから誰も使わん。
元々は平安時代、安倍晴明が陰陽道で妖怪を管理・祓っていたのが始まりだ。
明治維新以降、陰陽師という言葉が迷信扱いされて使えなくなった。
政府も表立って認めるわけにはいかないから、俺たちは『妖封士』と名乗るようになった。
仕事の内容はシンプルだ。
妖怪は普段、人間には認識できない状態で日常に溶け込んでいる。
だが特定の条件——新月の夜や、強い負の感情が溜まった場所などで『顕現』すると、誰の目にも見えるようになる。
そのときに俺たちが出動して、退治するか封印するかする。
……ついでに、目撃者の記憶調整や現場の隠蔽工作もやる。
それが特対室、つまり妖封士の仕事だ」
室長はそこで一度言葉を切り、私の顔をまっすぐ見た。
室長はそこで一度言葉を切り、私の顔をまっすぐ見た。
「まあ、しっかりやれよ」
そう言いながら、室長は大きな手で私の肩をポンと叩いた。
……え?
しっかりやれよ? それだけ?
軽くない?
あと、ナチュラルなボディタッチ……普通にセクハラでは?
どうでもいいことを頭の隅で冷静に分析しながら、私は力なく肩を落とした。
消え入りそうな声で、なんとか言葉を絞り出す。
「……頑張ります……」
室長は満足そうに頷くと、立ち上がりながら黒崎に視線を向けた。
「黒崎、新入りに変なこと吹き込むなよ。
室長が奥の席に戻った後、配属の挨拶からここまでの短い時間で処理しきれない情報に、どっと疲れを感じた。
その瞬間、黒崎さんがニヤリと笑って私に向かって言った。
「話は終わったな。行くぞ、外回りだ」
「……え?」
私は思わず目を丸くした。
「外回りって……今からですか? まだ何もわからないんですけど……」
黒崎はすでにジャケットを羽織りながら、ぶっきらぼうに吐き捨てた。
「分かる必要なんてねぇよ。いいから付いてこい、新入り」
私は慌てて立ち上がり、くたびれた先輩の背中を追いかけた。
——本当に、これから妖怪退治の毎日が始まるんだ……
就活を勝ち抜き、ようやく手に入れたはずの平和な公務員生活は、
たった10日と数時間で完全に吹き飛んでしまった。
(……頭ではわかってるのに、まだ信じられない。
妖怪退治って……本当に?
私、ただの文学部卒なのに……
せめて、もう少し説明してくれてもいいのに……)




