妖こそ新入社員
「国家公務員Ⅰ種合格、おめでとうございます。
……ただ、配属先が『内閣官房特異事象対策調整室』なんですが……本当にこれでよろしいですか?」
人事担当の女性は、書類をめくりながら明らかに戸惑った顔をしていた。
白峰 澪、22歳。
文学部卒。就活の戦場を生き抜き、ようやく掴んだ国家公務員の椅子。
これでようやく、普通の、安定した、平和な社会人生活が始まる——はずだった。
「はい、大丈夫です。内閣官房関連ならどこでも……」
私がそう答えると、人事の女性はさらに怪訝そうな表情を浮かべた。
「そうですか……。では、10日後の月曜日から六本木のオフィスにお越しください。
地下3階です。エレベーターのボタンがないので、警備員に『特対室』と言っていただければ通してくれます」
……地下3階?
エレベーターのボタンがない?
私は少し首を傾げながらも、笑顔で頷いた。
まあ、最初の10日間は研修期間らしいし、きっと普通の資料整理や庶務だろう。
そう信じていた。
(……公務員の研修って、もっと長かったような気もするけど?
まあ、いいか。
とにかく安定した毎日が始まるんだから)
そして、配属からちょうど10日目の朝。
六本木の綺麗なビルの地下3階に降り立った私は、案内された部屋のドアを恐る恐る開けた。
瞬間——
「くそっ! あいつまたぶっ壊しやがった!
いい加減黒崎の給料から天引きしやがれ!
今月だけで3丁目だぞ!?」
……え?
私の脳が一瞬、完全に停止した。
「壊した」……?
「3丁目」……?
ここは国家公務員の職場ですよね?
内閣官房の部署ですよね?
資料整理とか、会議の議事録作成とか、たまに残業して上司に褒められるような……そういう仕事をするはずの……ですよね?
なのに、聞こえてきたのは明らかに「何かを破壊した」ことを指すような、公務員の職場で絶対に耳にしてはいけない言葉だった。
私は眼鏡の奥で必死に瞬きを繰り返した。
口が半開きになり、眉が不自然に上がったまま動かない。
頭の中で「これはエイプリルフールですか? それとも隠しカメラ?3丁?豆腐?」という言葉がぐるぐる回っていた。
すると、くたびれたスーツ姿の男が、ため息をつきながらこちらに歩いてきた。
無精髭で、目が眠そうで、明らかに「面倒くせえ」と全身で主張している男。
「よう、新入り。白峰澪だな?」
「……は、はい」
「俺は黒崎 蓮。お前の教育係だ。
よろしくな、妖封士」
妖封士?
その瞬間、私の中で何かがゆっくりと、音を立てて崩れ落ちた。
国家公務員として配属されたはずのこの場所で、
私がこれからすることになるのは——
どうやら、本物の妖怪退治らしい。
……なんだか、ただの資料整理や庶務とは、
ずいぶん違う毎日になりそうな予感がした。
まだ何もわからないのに、胸の奥がざわつく。
まるで、これから始まるのが「普通の公務員生活」なんかじゃなくて、
もっと厄介で、もっと危なくて、でもどこか避けられない何かだという気がした。
黒崎は椅子に深く腰掛けたまま、面倒くさそうに顎をしゃくった。
「お前はこれから毎日、妖怪を退治するんだよ。それだけ覚えとけ」




