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スマートにね

藤堂が素早く呪符を展開し、淡い紫色の結界を張った。

「白峰さん、すぐに下がって!」

同時に、藤堂は通信機に向かって声を張り上げた。

「こちら藤堂! 渋谷で異常発生! 自然発生妖怪が完全顕現!

黒子班、至急救援を! 非戦闘エリアへの退避を優先します!」

その言葉が終わらないうちに、路地裏の空気が一変した。

黒い霧が男性の体からどろりと溢れ出し、周囲の温度が急激に下がる。

地面が低く唸るように震え始め、近くの街灯がチチチ……と明滅した。

路地に落ちていたゴミや空き缶が、目に見えない力に押されるようにカタカタと動き出す。

結界が広がる中、白峰は2度目ともなると少しだけ冷静になっていた。

それでも指先は震え、新しく支給された晋介25号を握る手に力が入る。

後退しながら、周囲を鋭く警戒した。

空気が重く淀み、黒い霧がゆっくりと渦を巻き始めていた。

男性の体が不自然に痙攣し、影が地面から這い上がるように蠢いている。

(……来る……!)

白峰の背筋に冷たい汗が伝うのを感じたその時——

男性の体が激しく痙攣し、黒い霧が爆発的に膨れ上がった。


完全顕現。

路地裏の空気が一瞬で重く淀み、黒い霧が爆発的に膨れ上がった。

現れたのは、のっぺらぼうだった。

顔に目も鼻も口もない、ただ平らで白く濁った顔。

その表面は、まるで何度も何度も塗りつぶされた白い紙のように、

不自然に滑らかで、どこか湿った光沢を帯びている。

首から下は醜悪に太り、だらしなく垂れ下がった肉が何層にも折り重なり、

歩くたびにぶるぶると震え、地面に影を落としていた。

百目鬼のような力強さは微塵もなく、

ただ重く、腐ったような脂肪の塊が、

だらしなく地面にまで垂れ下がっている。

その体からは、ねっとりとした黒い霧が絶え間なく滴り落ち、

路地の地面をじわじわと腐食させていくような気配がした。

白峰は息を飲んだ。

(……泣いている……?)

表情のない顔なのに、なぜかその巨体全体が、

静かに、けれど深く泣いているように感じられた。

それは彼女の優しさから来る感覚だった。

誰からも見向きをされず、嘲笑され、存在を否定され続けた長い年月。

積もり積もった寂しさと、抑えきれない怒り。

それらがねっとりと絡みつき、哀れで、恐ろしく、胸が締め付けられるような気配となって白峰にだけ届いていた。

のっぺらぼうはゆっくりと首を傾げ、

顔のない白い平面を白峰の方に向けた。

その瞬間、路地全体の温度がさらに下がり、

地面から黒い霧が這い上がるように広がっていく。

白峰の胸の奥が、痛いほど疼いた。


御堂 奏は一瞬で冷静さを取り戻した。

苛立ちの色を瞬時に消し去り、いつもの高貴で自信に満ちた表情に戻る。

京都本部で鍛え上げられたエリートの顔だった。

彼女は優雅に懐から呪符を取り出し、軽く指で弾いた。

呪符が宙に浮かび、淡い金色の光を帯びる。

「スマートにね」

その言葉とは裏腹に、彼女の声は堂々と響き渡った。

京都の陰陽師の血を引く、真のエリートだけが持つ、気品と威厳に満ちた声だった。

「来なさい、牛鬼!」

瞬間、地面が激しく揺れ、路地全体が低く唸った。

巨大な影が地面から噴き上がり、黒い霧を巻き上げながら実体化していく。

現れたのは牛鬼——角の生えた巨大な牛の頭と、鬼のような筋肉質の巨体を持つ、強力無比の式神だった。

その巨躯はのっぺらぼうの倍以上もあり、

隆起した筋肉が鋼のように輝き、太い血管が浮き出ている。

背中には鋭い棘が並び、黒い体毛の間から赤く光る目が複数輝いていた。

四肢は太く力強く、地面を踏みしめるだけでアスファルトにヒビが入るほどの重圧を放っていた。

牛鬼は低く唸りながら頭を振り上げ、

長い角から黒い雷のような気を纏わせ、

のっぺらぼうに向かって圧倒的な存在感を叩きつけた。

その姿は、ただの式神ではなく、

京都の闇を長年守り続けてきた「本物の力」の象徴だった。

白峰は息を飲んだ。

(……これが……御堂さんの本気……)


次の瞬間、牛鬼は低く唸りながら突進した。

地面を踏みしめるだけでアスファルトが砕け、

巨大な拳を振り上げてのっぺらぼうに叩きつけた。

ドゴォォォォンッ!!

凄まじい衝撃波が路地全体を激しく揺るがし、

地面に放射状のヒビが走り、近くのコンクリート壁にまで亀裂が入った。

ゴミ箱が紙のように吹き飛び、電柱が大きく傾き、街灯のガラスが一斉に粉々に砕け散った。

のっぺらぼうの醜く太った体が、まるでボールのように吹き飛ばされ、

路地の奥の壁に激突して大きく凹んだ。

黒い霧が爆発的に散らばり、周囲の空気を汚染するように広がっていく。

牛鬼はさらに低く唸り、角を輝かせながら二撃目を構えた。

その姿は、優雅さなど微塵もなく、ただ純粋な破壊の塊だった。

白峰は思わず小さく呟いた。

「……スマート……?」

御堂の言う「スマート」とは、到底思えないほどの荒々しく、容赦のない猛攻だった。

路地はすでに戦場と化し、破壊の音と黒い霧が渦巻いていた。


牛鬼がのっぺらぼうに二撃目を放とうと身を低くしたその時、

御堂 奏は涼しい顔で白峰の方を振り返った。

彼女は乱れた髪を優雅に指で払い、品のある京都訛りを少しだけ含んだ声で微笑んだ。

「どう? スマートでしょう?」

その言葉とは裏腹に、牛鬼は低く唸りながらさらに身を沈め、

鋼のような筋肉を大きく隆起させた。

次の瞬間——

ドゴォォォォォンッ!!

牛鬼の巨大な拳が、のっぺらぼうの胴体に叩き込まれた。

凄まじい衝撃波が再度、路地全体を激しく揺るがす。

既にひび割れていた地面がさらに深く裂け、

近くのコンクリート壁がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。

傾いていた電柱がとうとう限界を迎え、火花を散らしながらゆっくりと倒れ込み、

街灯のガラスが次々と爆ぜて鋭い破片を撒き散らす。

吹き飛んだゴミ箱や看板が路地の奥まで転がり、

積み上げられていた段ボールや自転車がドミノのように次々と倒れていく。

路地裏はあっという間に、まるで爆撃でも受けたかのような惨状へと変わっていった。

牛鬼はさらに低く唸り、角から黒い雷のような気を纏わせながら、

三撃目を放とうと巨体を振り上げた。

その姿は優雅さなど微塵もなく、ただ純粋な破壊の塊そのものだった。


一方、御堂 奏はそんな惨状を優雅に眺め、

まるで高級レストランでワインを味わうような落ち着いた表情で白峰に言った。

「ふふ、ちゃんと見ていなさい。

これが京都の本流よ」

白峰は思わず心の中で全力で叫んだ。

(……どこがスマートなんですか!!

渋谷が……廃墟になっちゃう……!!)

藤堂も眼鏡の奥で小さくため息をつきながら、心の中で呟いた。

(……御堂さん、相変わらずですね……)

白峰は慌てて口を押さえ、必死に表情を保とうとしたが、

どうしても顔が引きつってしまい、「スマート」の定義が完全に崩壊した顔になってしまった。

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