よこしまな男?
ハチ公前から少し歩いた渋谷の交差点周辺。
三人はまず近くの交番に立ち寄り、警察官に被害情報の詳細を聞き込んだ。
藤堂が黒子として自然に身分を隠し、穏やかな笑顔で丁寧に切り出した。
「すみません、最近この辺りで起きた通り魔の件について、少しお伺いしてもよろしいでしょうか?
被害者の年齢層や状況、目撃情報など、可能な範囲で教えていただけますか」
警察官は資料をめくりながら応じた。
「被害者は全員、16歳から18歳の女子高生です。
共通点は……皆、楽しそうに友達と笑いながら歩いていたところを突然後ろから強く押されています。
『急に恐怖を感じた』という証言がほとんどですね。
怪我は軽い打撲程度ですが、精神的ショックが大きいようです」
その後、三人は現場周辺を歩き始めた。
交差点の角で、30代くらいのスーツ姿の男性が御堂に声をかけてきた。
「すみません、モデルさんですか? めちゃくちゃ綺麗ですね。連絡先教えてくれませんか?」
御堂 奏は優雅に微笑みながら、まるで予定調和のようにさらりとあしらった。
「申し訳ありませんが、今は仕事中ですので。
お気遣いなく」
声は柔らかかったが、拒絶の温度ははっきりしていて、男性は気まずそうに引き下がった。
白峰は隣でそのやり取りを見て、少し驚きながらも感心した表情を浮かべた。
(……すごい……あんなに自然に断れるなんて……)
藤堂が小さく苦笑しながら、白峰にそっと耳打ちした。
「昔から御堂さんはああやって軽くあしらってるんですよ。
美人だからナンパされる機会は多いんですが……容赦がないんです」
白峰が「へえ……」と目を丸くすると、御堂が振り返って軽く睨むような視線を送ってきた。
「司くん、余計なこと言わないで。
軽薄な男は嫌いなだけよ。
本気で人を想う気持ちもないのに、ただ顔やスタイルで近づいてくるなんて、時間の無駄だわ」
彼女の言葉はキッパリとしていたが、どこか誇らしげな響きも混じっていた。
白峰は思わず小さく笑ってしまった。
(……御堂さん、カッコいいな……
芯が強そうだし、言葉もはっきりしてる……
私もいつか、あんな風に堂々と振る舞えるようになりたい……)
一方、白峰は同行してくれた別の若い警察官に声をかけ、聞き込みを試みた。
「あの……被害者の方が押されたって……どういう感じで押されたんですか?
力加減とか……それとも、急に後ろから何か大きなものがぶつかったような……?」
白峰の質問は少しもどかしく、何を一番聞きたいのか自分でも上手く整理できていない様子だった。
警察官は少し首を傾げながら答えた。
「えっと……皆さん口を揃えて『突然強い力で押された』と言っていますね。
後ろから誰かに肩を掴まれたような感覚だった、という人もいましたが、
実際には後ろに誰もいなかったそうです」
白峰は「うーん……」と小さく唸り、必死にメモを取ろうとしたが、
何を重点的に聞くべきか分からず、言葉が詰まってしまった。
「えっと……その……不自然な点は他に何か……?」
藤堂が横から自然にフォローに入り、丁寧に聞き取りを続けた。
「具体的には、被害者の方が『後ろから突然強い力で押された』と感じたタイミングや、
周囲に不審な人物はいなかったか、といった点をお聞きしたいのですが……」
御堂は少し離れたところで腕を組み、白峰の様子を静かに見守っていた。
口元にはわずかな微笑みが浮かんでいる。
「ふふ……澪ちゃん、まだ慣れないわね」
三人はその後も現場周辺を歩き回りながら、淡々と調査を進めた。
御堂 奏はスマートに周囲を観察しながら、時折足を止めて地面や街灯、ビルの隙間をじっくりと見つめていた。
彼女は小さなノートに何かを書き込み、時々空気を嗅ぐような仕草で霊的濃度を確かめている。
「負の感情が強い場所ね。
特にこの辺りは、仕事終わりのサラリーマンと、学校帰りの学生が混ざるエリア。
若い女性に向けられた、歪んだ嫉妬や性的な視線、劣等感……そういったものが溜まりやすいわ。
空気も少し重い。感じる?」
藤堂は眼鏡を軽く押し上げ、持っていた小型の測定器を時折確認しながら控えめに推測を述べた。
「痴漢のよこしまな感情の顕現……でしょうか?
それとも、若い女性の楽しそうな姿に対して強い逆恨みを持っている誰か……。
いずれにしても、感情の蓄積がかなり早いペースです。
ここ一週間の被害報告を見ると、発生間隔が短くなっていますね」
白峰は二人の間に挟まる形で、必死にメモを取っていた。
地図に被害場所をマークし、警察から聞いた証言を書き込みながら、周囲をキョロキョロと見回す。
まだ何を重点的に見ればいいのか分からず、ただ「何か感じ取れないか」と集中している様子だった。
御堂はそんな白峰の様子を横目で見て、軽く息を吐いた。
「澪ちゃん、ただ歩くだけじゃなくて、ちゃんと『感じる』ことを意識しなさい。
目で見るだけでなく、肌で空気の重さを感じて。
負の感情は目に見えないからこそ、感覚を研ぎ澄ませないと見逃すわよ」
白峰は慌てて頷き、メモ帳を握りしめた。
「は、はい……!
感覚を……研ぎ澄ませるんですね……」
三人は交差点のベンチに腰を下ろし、地図を広げて被害発生地点を線で繋ぎながら、
感情の流れを分析し始めた。
まるで普通の公務員が現場検証をしているかのように、地味で地道な作業が続いた。
しかし、その作業の合間に、白峰はふと一人の男性に視線を留めた。
スーツ姿のやつれた男性が、肩を落として壁にもたれかかっている。
表情は暗く、目が虚ろで、まるで周囲の喧騒から完全に切り離されているように見えた。
白峰は思わず足を止めた。
(……あの人……すごく、寂しそう……それに、怒っている……?)
その瞬間、白峰の胸の奥に、遠くからそっと触れてくるような、冷たく湿った感覚が広がった。
微弱で、ほとんど気配程度のものだった。
しかし、確かにそこに「何か」がある。
黒い靄のようなものが、男性の体からゆっくりと立ち上っているのが、白峰の目にだけかすかに見えた。
それはただの影ではなく、ねっとりとした感情の塊のように感じられた。
寂しさ。
嫉妬。
そして、抑えきれない怒り――。
白峰は息を軽く飲んだ。
百目鬼の時とは比べものにならないほど弱いのに、なぜか心の奥まで染み込んでくるような、嫌なざわつきがあった。
(……これが……負のエネルギー……?
あの人の感情が……こんな風に形になりかけてる……?)
彼女は無意識に自分の胸を軽く押さえ、男性から目を離せなくなっていた。
そんな白峰の異常に気づいた御堂 奏は、軽く眉を寄せたが、すぐにいつもの落ち着いた表情に戻った。
彼女は白峰の肩にそっと手を置き、穏やかな声で言った。
「澪ちゃん、少し休憩しましょうか?
顔色が悪いわよ」
藤堂もすぐに気づき、優しい笑顔でフォローした。
「そうですよ、白峰さん。
無理は禁物です。
次の現場はもう少し先ですが、ペースを落として行きましょう」
白峰はハッとして我に返り、慌てて二人に視線を戻した。
「……あ、はい! すみません、ちょっとぼーっとしてました……」
彼女はまだ胸のざわつきを完全に振り払えず、小さく息を吐きながら、二人の後を追いかけて歩き始めた。
三人は再び渋谷の雑踏の中を進んでいった。




