ハチ公前に集合しましょ
翌日、午後2時。
渋谷のハチ公前は、いつも通り大勢の人で賑わっていた。
白峰は指定された待ち合わせ場所で、少し緊張しながら立っていた。
百目鬼の事件からまだ日が浅いものの、二度目の外回りを経験したおかげで、完全に新人という感じは少し薄れていた。
「白峰さん、お待たせしました」
聞き覚えのある穏やかな声がした。
振り返ると、眼鏡をかけた藤堂 司がいつものように優しい笑顔で近づいてきた。
「藤堂さん……! 今日も同行してくれるんですね!
やっぱり心強いです」
白峰が少し明るく声をかけると、藤堂は柔らかく微笑んだ。
「ええ、サポートを担当します。
前回の反省を活かして、今日は結界の準備も念入りにしてきましたよ。
よろしくお願いします」
藤堂が軽く頭を下げた直後、もう一人の足音が近づいてきた。
「遅くなってごめんなさいね」
御堂 奏だった。
今日もダークグレーのスーツを完璧に着こなし、品のある歩き方で二人の元へやってくる。
奏は白峰と藤堂を交互に見て、くすっと小さく笑った。
「司くんは相変わらずナヨっとしてるわね。
シャキッとしなさい」
少しフランクで、からかうような響きが混じった京都訛りだった。
白峰は思わず目を丸くしつつ、内心で小さく苦笑した。
(……え? 特対室にいた時と全然違う……
でも、なんだかこの感じ、悪くないかも)
藤堂は苦笑いを浮かべながら、軽く頭を掻いた。
「御堂さんとは遠い親戚に当たるんです。
御堂さんの家系は陰陽の直系の系譜ですが……まあ、いろいろありまして」
すると御堂 奏が、くすくすと小さく笑いながら口を挟んだ。
「そうね。昔から司くんはナヨっとしてて、よく私が後ろから頭を叩いて『もっとシャキッとしなさい』って言ってあげてたのよ。
子供の頃は本当に面倒見てあげてたんだから、今さら親戚づらされても困るわ」
彼女は軽く肩をすくめながら、でもどこか懐かしそうな柔らかい目で藤堂を見た。
藤堂はさらに苦笑いを深くして、眼鏡の位置を直した。
「は、はは……確かに昔からそうでしたね……」
白峰は思わず目を丸くした。
(ツンとしてるイメージだったのに、意外と世話焼きなんだ……)
御堂 奏は得意げに胸を軽く張りながら、でもどこか温かみのある目で白峰を見た。
「新入りだからって甘やかしませんよ。
今日を入れてあと三日しか猶予がないの。
新月の晩に完全顕現すると予想されてるんだから、しっかりしなさい、澪ちゃん」
彼女の声は品のある京都訛りを帯びながらも、後輩を鍛えるようなキリッとした響きがあった。
視線は優しいようでいて、一切の甘えを許さない鋭さを含んでいる。
「私は京都で何十件もの自然発生案件をスマートに処理してきたわ。
甘い気持ちで臨めば、すぐに命を落とすことになる。
あなたはまだ百目鬼の一件で自分の力を過信してるかもしれないけど、
ここからは本気で私のペースに付いてきなさい。
分かった?」
白峰は慌てて背筋を伸ばした。
「は、はい! 頑張ります!」
すると奏は、ふっと柔らかく微笑んだ。
その笑顔には、先ほどまでのキリッとした厳しさと余裕たっぷりの自信が溶け、
ほんの少し温かみのある優しさが混じっていた。
彼女は白峰の少し縮こまった肩や、強張った表情を素早く見て取ると、
声のトーンをわずかに落として続けた。
「私が付いてるのだから大丈夫よ。
心配しなくてもいいわ」
一瞬の間を置いて、奏は白峰の目をまっすぐに見つめながら、穏やかだけれどしっかりとした声で付け加えた。
「ただ……無茶は絶対にしないこと。
分かった?
あなたが萎縮して固くなるのも、私が一番嫌うところだから」
その言葉の端々に、ただのエリートとしてのプライドではなく、
新入りを本気で守ろうとする気遣いが、静かに、しかし確かに感じられた。
白峰は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
先ほどまでの厳しい言葉で縮こまっていた肩から、ふっと力が抜けていく。
「……はい。
無茶はしません。
よろしくお願いします、御堂さん」
声に少しだけ自然な明るさが戻っていた。
(……この人、厳しいだけじゃなくて……本当に心配してくれている……)
藤堂が苦笑しながら軽くフォローした。
「では、早速現場を見て回りましょうか」
三人はハチ公像を背に、渋谷の雑踏へと歩き始めた。
歩き出しながら、御堂 奏が白峰の横に並び、軽く声を弾ませた。
「澪ちゃん、足元に気をつけなさい。
渋谷は人が多いから、ちょっとでも気を抜くとすぐに流されていくわよ」
「は、はい! 気をつけます」
白峰が慌てて返事をすると、藤堂が眼鏡を押し上げながら穏やかに笑った。
「御堂さん、相変わらず厳しいですね。
でも白峰さん、今日は本当に大丈夫ですよ。
僕もちゃんとサポートしますから」
御堂は小さく鼻を鳴らして、でも口元は柔らかく緩んでいた。
「司くんはまたそうやって甘やかすんだから……。
まあいいわ。
三人でしっかり回れば、今回の件もスマートに片付くはずよ」
その言葉に、白峰はふと胸の奥がざわつくのを感じた。
(……新月の晩に完全顕現……
「何か大きなものに押された」って、百目鬼の時みたいに、
また危ないことになるのかな……)
しかし、両隣にいる二人の存在が、なぜか不思議と心強かった。
御堂が軽く白峰の肩を叩き、からかうように言った。
「ほら、そんな難しい顔しないの。
私が付いてるんだから、安心しなさい」
白峰は思わず小さく笑って頷いた。
「はい……よろしくお願いします、御堂さん、藤堂さん」
三人の足音が、賑やかな渋谷の雑踏に溶け込んでいく。
まだ見ぬ新月の夜が、静かに近づいていた。




