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音を運ぶ話・下

 形でいえば複雑な模様が刻み込まれたティアドロップ型の宝石。これが音を運ぶ道具らしい。あの矢は音を込める部分と目的地へと飛ぶ部分が別々にできているんだってさ。

「こんな小さな石ころにねえ……」

「うう、すっごく気になる」

「ジロジロ見るの禁止ね。作り方を真似させないためにって、向こうでいっろいろ誓約ギアスくらってきたんだから」

 手を伸ばしかけた武器屋を制するように宝石をテーブルから取り上げた。きっつい誓約かけられたもんだわ。私の手から離れただけで刺青がじくじく痛む。どういう仕組みなんだかは知らないけどきつい縛りなのは確かだ。南方嫌いの連中が『奴らは人の意思をはく奪する』って言ってるのはこれが理由の一つなんじゃないかな。……実際は、この誓約は双方の合意がなければかけられないんだそうだけど。

「そうなると、これを知人に渡すのは無理か」

「クライアントのところまで案内してくれればどうにかなるけどねー。残骸の回収までが誓約のうちだし」

「徹底してるね」

「まあ、なんだかんだでヨソモノに秘伝の術を預けるわけだからね。……つーわけでだ。クライアントのところまで案内するか紹介状書くか。どっちにする?」

「……わかった。手紙を書くから一日待ってくれ」

 いかにも渋々といった様子で武器屋が腰を上げる。ひょっとして依頼人に会わせたくないのかもしれないけど、こっちとしてはいつまでも痛い思いをするのはごめんだし。

「そしたらどうする? 泊まってく?」

「ん、お願いする」

「じゃあ夕飯まで子供たちのこと見ててね」

 それこそ願ったりかなったり! というわけでこの日は子供たちとたっぷり遊んで、次の日の朝早く、武器屋に書かせた紹介状を持って出発した。






 紹介状と一緒にもらったメモに書かれた地名は北の果て。めったに行くようなところじゃないし、交易もさほど盛んじゃないとかで地点登録されたペガサスの羽根を探すのに相当難儀した。結局、途中の交易都市までのしか手に入らなくて、そこから先は乗合馬車つかったりして目的地の近くまでたどり着いたのは四日後だった。

 それにしても寒い! ひたすら寒い! 『氷に包まれた町』ってのはさすがに誇張……というかものすごく乾燥していて凍るべきものもないというか。けどどこまでも寒々しくって、それは晴れているせいもあるみたい。なんでも、あんまり晴れていると高いところから寒さが降ってくるとかなんとか……よくわかんないけど。『寒い土地イコール雪がたくさん』ってのが間違いだってことだけはわかった。

 んで、目的地は最寄りの町からさらに歩いて一日半のところにあるというんだから、さすがにそろそろ武器屋を八つ当たりで殴りたくなってきた。

 吹き荒ぶ風に耐えつつ、親切な宿屋の女将さんの説明通りに歩いて行くと、目の前に大きな洞窟が見えてきた。こんなに寒いのに、それでもコケが生えている。寒さに強い種類なのかな。ただ、周りに木の類が一本もなかったりして寒々しいことには変わりない。しかもコケは微妙に水分を含んでるみたいでちょっと滑るみたいだ。慎重に歩いて行くと、少し開けたところに出た。保温布で織られたテントがあるあたり、キャンプはここで間違いないみたい。

「ごめんくださーい! どなたかいませんかー」

「はあい。ちょっと待って。今出るわ」

 おろ? なんかこう、予想外な声。偏見全開だけど、こんな寒々しいところで独りで研究してる人って聞いていたから勝手に山男……ヒゲもっさもさのいかついタイプ……を想像していた。なのに聞こえた声はどう考えたって女性。さすがに少しびっくりしていると、テントの中から声のヌシ、つまり今回のクライアントが現れた。

「うわ」

「あら?」

 視線があって、お互いにびっくりした顔になる。

「村の子のおつかい……ではないみたいね?」

「クライアントが女性だとは思いませんでしたよ」

 ああ、どうやらお互いに思い違いをしていたみたい。クライアントの女性(・・)はあわてて髪を整え始めた。ずいぶん長く野宿しているっぽいけど、その割に艶を失っていない髪。防寒着の上からもわかるほどに……うん、スタイルがいい。ま、ありていに言って美女ってやつ。

「ん、もしかしてあなた、武器屋の?」

「はい。依頼の品をお持ちしました」

 武器屋に書かせた紹介状を差し出す。美女はそれを読むと納得したように頷いて言った。

「思ったより早かったわね。助かる……と言いたいところなんだけど」

「どうしたんですか?」

「……あなた、この洞窟にひと月ほど居座る気、ある?」

 にっこりと。なんかこう、どこかの誰かを思い出すような笑み。具体的にはギルドでいつも笑みを絶やさぬあのオネエサンとか。もっとはっきり言えばそのオネエサンがかなりきっつい依頼を紹介しようとしているときの。

「実はね、保管したい音っていうのがそう簡単にはでてきてくれないのよ」

 美女曰く。彼女はこの洞窟にしか生えない特殊な薬草の研究をしている学者さん。薬の研究をしているうちに、この洞窟の不思議な音に気づいたんだって。その音を、音楽家をしている弟さんに聞かせたくて「音を封じ込めるもの」を探していた……という話なんだけど。

 問題のその音が一年のうちでも特定の期間にしか聞こえないらしいんだな。さらにその期間でも音が聞こえるかどうかは運次第という……まあ、なんともバクチなお話なわけ。

 だったらこの洞窟の場所をペガサスの羽根に覚えこませて……と思ったんだけど。

「それじゃこっちから呼び出せないじゃない!」

 速攻で却下された。この人ひどい。腹が立つから武器屋に割増料金請求してやる!



 そんなわけで泊まり込むこと一ヶ月。ときどき村に補給しに行って、ついでに湯を使わせてもらってるので衛生面だけは保証できた。もともと野宿には慣れているけど、こんな寒いところは慣れてなくて疲れてきたころに「それ」は来た。

「運び屋さん!」

「……ぅあ?」

 仮眠をとっていたところをたたき起され、寝袋から引きずり出される。この美女、すんごい力もちであることもこの一ヶ月でわかった。というかそのくらい強い人じゃなきゃ(男でも)こんな寒ーいところでキャンプはろうなんて思わないよね。しかも一人で。

「条件がそろっているの。今までのデータが正しければ今日は聞こえるわ」

「! わかりました!」

 常に隠し持つようにしていた宝石を取り出す。起動のしかたは覚えている。たぶん一発勝負だけど大丈夫だ。カギとなる言葉は発音できる……というより、何度も練習させられた!

 コケでちょっと歩きにくい岩場を駆け下りていくと、魔力を帯びた水晶で覆われた広い湖に出る。ここの水はこれほどに低い気温でも凍らない。なんか魔力の流れが関係しているらしいけど、その辺はよく知らない。

 そして……

「……歌?」

 極上のソプラノ。メロディーにはできそうにないけど、重なり合った不思議な音は歌とでもいうべきカタチ。

「早く。あまり長くはないわよ」

「あ、えーと……【起動せよ】」

 キーワードを唱えると宝石に刻まれた紋様の起点に光が宿る。紋様全てが光るまでが音を閉じ込めておける時間……と言っても、ゆっくり五つ数える程度。水晶の歌が終わるより先に、封じ込める時間が終わってしまった。ちょっと残念。

「不思議な石ねえ」

「南の民の技術です。個人的なツテがありまして」

「うーん、やっぱり研究したいわ」

「無理です。あたしが死ぬ」

「そうだったわね」

 けらけらと楽しげに笑う美女。悪い人ではないんだろうなあ。どうにも強引過ぎて逆らえないだけで。

「それで、これを配達する先は?」

「ああ、そういえばまだ話してなかったわね。これを届ける先は……」








「おい、なんだこれは」

「割増料金。割と死ぬかと思ったからね今回は」

 危険手当、というべきものだ。情報秘匿のために命かける羽目になったし、くっそ寒い洞窟で一ヶ月も野宿するとか計算してなかった!

「まあまあ。それより、結局依頼はうまくいったってことだよね?」

「もっちろん! 達成率を落とすわけにはいかないからね!」

 仕事完了の報告をしに来たら道具屋さんと子供たちはそりゃもうステキに歓迎してくれた。なんだかんだで二ヶ月くらい来なかったからね。こんなに顔を出さなかったのは初めてかも。

「それで、結局どんな依頼だったの? 話せる範囲でいいけど」

「おばちゃんどこいってきたのー?」

「おみやげー!」

 妹ちゃんは素直だこと。もちろん手土産はちゃんと用意してる。洞窟近くの村で作られた万華鏡とクライアントに許可を得てもらった水晶のかけらだ。

「んー、水晶の歌を作曲家に届けるお仕事って感じだったよ」

「水晶の歌?」

 届け先は国で一番大きな町だった。クライアントの弟がそこに住んでいて、彼の職業が作曲家なんだとか。

 クライアントは実は結構なブラコンで、弟のためにこの水晶の歌を教えたいと思っていたんだって。とはいえこちら側の技術じゃ音を伝える手段はない。かといって虚弱体質の弟をこっちに呼び寄せるわけにもいかない。そこで、かつて護衛を頼んだ傭兵たちやら友達になった冒険者やらに『音を運ぶ手段』を探すよう依頼して、ようやく見つかったのがあたしなんだそうで。

「不思議な感じだったよー。なんか水晶が震えが音として聞こえるんだそうだけど」

「へえ、すごい!」

「でもあれはむしろ景色ごととどめておきたかったな。そういう道具あるといいんだけど」

「それはないかなあ」

 道具屋さんは困ったように笑う。そりゃそうだよね。景色をとどめるのなんて絵を描くにどうしろって話だ。

「……おい」

「あれ? いたの?」

「ここは俺の家でもある。それ以前になんだこの金額は!」

「極めて合法的な値段だと主張する!」

 いっくら軽く見られがちな運び屋とはいえ、長くやっていれば冒険者としての格は上がる。そうすれば報酬(ギャラ)だって上がるし、指名料や危険手当にしたって言わずもがなだ。実はあたしの報酬(ギャラ)はいつの間にか結構高くなっていたりする。

「あたし、命かけたんですけどー? それでなくても南との交渉って大変なんだから」

「足元見やがってテメエ……」

「ほらほら、子供たちの前で汚い言葉使わない!」

 なんだかんだで子煩悩な武器屋、子供をダシにすれば黙らせることは簡単。子供たちがあたしに懐いてくれてるからできる技だけどね。

「おばちゃんあそぼー!」

「あそぼー!」

「よーし、何して遊ぶ?」

 なにはともあれ、今回も無事任務完了。

 次の依頼へのやる気を充てんすべく、まずは抱きついてきた妹ちゃんを抱きとめた。

封音晶:音やら声やらを短い時間だけど覚えこませることができる。覚えさせた音を取り出すには水晶を割らなきゃいけないので使い捨て。南の民特有の技術で作られていて、ギルド側への流出は基本的に厳禁。

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