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前世で愛した魂が、死神と幽霊に分かれて私を溺愛してくる  作者: だしのもと


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第5話 静寂の目覚めと揺れる心②

 昇也はしばらく、その場に立ち尽くしていた。


 眠ったまま「セイン」と呼んだ葵の声が、まだ耳の奥に残っている。

 自分のものでも、零士のものでもない。

 その名前が、どこから来たのか。


 問いかけることもできないまま、ただ歩き続けた。


 ***


 淡い朝の光が、薄手のカーテン越しにじんわりと部屋へと差し込んでいた。


 その光は、まるで昨夜の激動をなだめるかのように静かで穏やかで、まぶたの裏から現実へと優しく引き戻す。


 ゆっくりとまばたきを繰り返しながら、葵は天井を見つめた。

 見慣れない天井板の模様に、一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなる。

 頬に残るシーツの感触、かすかに漂う洗濯洗剤の匂い。

 そのどれもが、確かに『知らない場所』であることを告げていた。


(……ここ、どこ?)


 ふわりと頭が重く、身体も思うように動かない。


「……っつ」


 思わず小さく呻いて、ようやく記憶の断片が戻ってくる。


 公園。

 影。

 紫の光。


(私、あのとき……何が……)


「……目、覚めた?」


 柔らかな声がして、振り向いた先には昇也の姿があった。

 心配そうな顔をしていたが、葵と目が合うと、ほっとしたように微笑む。


「……ここ、どこ?」


「うち。とりあえず安全な場所ってことで連れてきた。家の人にもちゃんと連絡してあるから、心配しなくて大丈夫だよ」


 葵はゆっくりと頷いたが、瞳の奥にはまだ混乱の色が残っていた。


「ごめん、驚かせたよな。俺も……あんなの初めてだったから」


 そう言いながらも、昇也の声にはどこか不安がにじんでいた。


「……夢を見たの」


 葵がぽつりと呟いた。


「紫の光の中で、誰かが戦っていて……私、その人の姿をずっと見てた。綺麗で、苦しそうで、でも……目が離せなかった」


 その声は震えていたけれど、嘘ではなかった。


 彼女自身が混乱しながらも、記憶の奥底に確かに刻まれた何・か・を必死に言葉にしていた。

 そして、その戦う姿に、なぜか胸が熱くなるような感覚が湧き上がっていた。

 まるで、あの紫の光の中で戦っていた存在と、目の前で戦っていた昇也と零士の姿が重なって見えたのだ。


 一瞬の光景、断片の記憶。

 それでもその『誰か』がどこか懐かしく、苦しげで、美しくて。

 気がつけば、手を伸ばしていた。


『触れたくて、届かせたくて、ただ、そばに行きたくて』


 けれど、指先は空をすり抜け、その残響だけを胸に留めていた。


 昇也は静かに頷いた。


「……見たんだな、夢じゃないかもしれない。きっと、何かが呼んでる」


 葵は眉を寄せて昇也の顔を見つめる。


「……なんで、そんなふうに言えるの?」


 昇也は少し苦笑した。


「信じてもらえないかもだけど、葵が目を覚ます前、俺も……心がかき乱されて、誰かの声が響いてた。自分のものかどうかもわからない叫びだった。でも、その時、君の光を見て、なぜか『ああ、この人を助けたい』って、自然に思ったんだ」


 彼の言葉に、葵はわずかに目を見開いた。


(あの光景と……同じだ)


 そのとき、ふと気配が揺れた。

 振り返ると、零士が静かに姿を現していた。


「……目覚めてくれて、よかった」


 その低く落ち着いた声に、葵は無言で頷くしかなかった。

 不安で揺れ動く心が、何も言わず彼が見守ってくれる安心感で緊張がほぐされていく感覚がした。


「ありがとう、零士」


 昇也がそのやり取りを見て、ふと目を伏せる。


(……兄さん。やっぱり、気づいてるんだ)


 葵を見つめる兄の目に、ただの過去を知る者とは思えない、深くて強い感情が宿っているのが分かった。

 いや、なんとなく前からわかっていたのかもしれない。

 もやりとした感情が彼の中でうごめいた。

 それを押し隠すように昇也は明るいトーンで葵に言う。


「ちょっとちょっとー、兄さんばっかりズルくない?」


 昇也の明るい声が割って入った。


「俺だってちゃんと心配してたし、運んだの俺だし! 葵さん! なんか俺にもなんかないの!?」


 子供じみた表情で言った彼の言葉に、場の空気が少しだけ和らいだ。


「ふふっ……そっか。ありがとう、昇也」


 葵が素直に笑ってそう言うと、昇也は思わず顔を赤くして頭をかいた。


「なんか……その返し、今のは反則じゃない?」


「なにが?」


「いや、なんか、こう……直球すぎて……」


 ぶつぶつ言いながら、照れ隠しのように視線を外す昇也。

 そして少しうつむいた後、真っ直ぐに葵を見上げた。


「……あんな危ない目に、合わせてしまってごめん。でも——次からは必ず守るから」


 その瞳に宿る強い光を見て、葵の胸に何か懐かしいものがよぎった。

 だけど、首を横に振って言い返す。


「ううん、私も強くなる。ちゃんと、あなたたちを支えられるように」


 夢で見た、手を伸ばすあの光景。

 あれはただの夢なんかじゃない。

 きっと、自分の願いでもあったのだ。

 そう確信するように、葵はそっと昇也の手を取った。

 驚いたように目を見開いた昇也だったが、次の瞬間、ぽろりと涙が頬を伝った。


「あ……れ、なんで……」


 慌てて目をこすりながら、照れ隠すように笑う。


「ゴミでも入ったのかな」


 それを見ていた零士は、静かに目を閉じ、わずかに口元を緩めた。


 ***


 その時、不意に部屋の奥——閉ざされた窓の向こうから、耳の奥をくすぐるような何・か・が通り過ぎた。


 風の音にしては静かすぎる。

 でも、確かに感じた。

 空気が震えるような気配。


 葵は振り返り、音のした方をじっと見つめた。

 何も見えない。

 ただ、どこか胸の奥がざわつく。


(……また、何かが動き出そうとしてる?)


 窓の外には何も映らない。

 けれど、空気の隙間に潜む何・か・が、確かに気配だけを残してそこにあった。

 静かな部屋の中に、しばし沈黙が流れる。


 誰もが何も言わないまま、その気配を感じていた。

 まるで次なる出来事が、確実に近づいていることを告げるように。


 零士はゆっくりと目を開け、外を見つめた。

 昇也は、まだ手を握ったままの葵をちらりと見て、わずかに頷く。

 葵もまた、その視線に応えるようにうなずいた。


 今はまだ、すべての真実には届かない。


 けれど、葵の胸の奥には確かな予感があった。

 あの夢も、あの光も、偶然なんかじゃない。


 すべては——何かへ続いている。


 そのとき、零士の表情が一瞬だけ固まった。


「……来る」


 低く、静かな声だった。

 窓の外の気配が、一気に濃くなっていた。

 昇也が立ち上がり、鎌を構える。

 葵も息を呑んで身を固くした。


「さっきよりも——強い」


 零士の言葉が、部屋の空気を切り裂いた。

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