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前世で愛した魂が、死神と幽霊に分かれて私を溺愛してくる  作者: だしのもと


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第4話 初めての現場

放課後。

昇也は約束通り、葵の教室の前まで迎えに来ていた。


「準備はいい?」


昇也はまるで遠足にでも行くかのような気軽さで声をかけてきたが、その目はきちんと葵の内面を見つめていた。


まだ心のどこかで躊躇いを抱えていたが、葵はきゅっと唇を結び、小さく頷いた。

その目には、不安と同じくらいの強い意志が宿っていた。


***


校門を抜け、ふたりは並んで歩き始めた。

その少し後ろを、霊体のままの零士が静かに歩いている。


「今日は、比較的落ち着いた案件だ。初回にはちょうどいいかもしれない」


昇也がそう説明する間も、葵の視線は周囲を警戒するように泳いでいた。


「なにか、見える?」


「……ううん。まだ、なにも」


そう答えたものの、足元に感じる微かな重みや、風とは違う気配が、時折彼女の肌を撫でていく。


***


目的地についた。

古びたアパートの前。


窓は閉ざされ、周囲の家々から少しだけ離れたその建物は、昼間でもどこか陰鬱な空気を纏っていた。


「ここ……?」


「ああ。部屋の中で孤独死した高齢男性がいた。魂がまだ残ってるんだ」


昇也が説明する一方で、零士は先にアパートへ足を踏み入れる。


「俺たちが入っても、誰にも気づかれない。葵、お前も霊体が見えるなら、入ったらすぐわかるはずだ」


葵は小さく息を吸い、そして静かに頷いた。


「わかった……行く」


覚悟を決めたその一歩は、小さくても確かに、彼女の新しい日常の始まりだった。


***


アパートの階段を上り、指定された部屋の前に立つ。

昇也は立ち止まり、扉の前で深呼吸した。


「ここだ。中に入る前に、少し集中してみて。何か感じるかもしれない」


葵は言われた通りに目を閉じた。

不安と緊張が胸の奥を静かに圧迫する。

心臓の鼓動が耳に響き、手のひらにはじんわりと汗が滲む。


その瞬間、背筋を撫でるような寒気が走る。


(……なに、この感じ……)


扉の向こうから、重く鈍い感情が滲み出しているような気がした。


悲しみと、孤独と、諦め。

でも怖い感覚はない。


「……感じた」


「そっか。じゃあ、行こう」


昇也が目を閉じ、口を開く。


「扉よ、開け——」


その言霊が空気を震わせた瞬間、葵はぞわりと鳥肌が立つのを感じた。

意味のわからないはずの言葉が、なぜか胸の奥に深く響いた。


(……不思議。まるで知っていたみたい)


無音のまま、鍵のかかったはずの扉がゆっくりと開いていく。


中は静まり返っていた。

埃の匂い、誰もいないはずなのに、何かがそこに()()気配。


「紫月、落ち着いてな。見えることがすべてじゃないけど、気づけることも大事だからさ。何かあったら、教えて」


昇也の声に小さくうなずき、葵は部屋の奥へと歩を進めた。

一歩、また一歩と進むごとに、空気が少しずつ重くなっていく。


そして。

視線の端に、揺れるような影が見えた。

人のようで、人でない。

それは、畳の隅にうずくまるようにして座っていた。


「……あれ……」


葵が立ち止まった瞬間、影がゆっくりとこちらを向く。

顔はぼやけて見えなかったが、悲しげな眼差しだけがはっきりと伝わってきた。


「見えるか?」


と昇也。


「……うん。そこに、いる」


零士が静かに前に出て、影の前で膝をついた。


「……あなたは、まだここに留まっている。何か、伝え残したことがあるのか?」


影はしばらく黙っていたが、やがて、かすかに首を横に振った。


「そうか……寂しかっただけなんだな」


その一言に、影の輪郭がふっと緩む。

その瞬間、部屋の空気が少しだけ軽くなった。

昇也が静かに一歩前に出る。


「浄化、始めるよ」


彼は目を閉じ、低く澄んだ声で言霊を紡ぎ始めた。


「冥き流れに身を委ね、還るべき場所へ還れ——」


空気が震え、昇也の背後に光の鎌がゆらりと現れる。

その刃先が影に向かって静かに掲げられると、影は一瞬だけ揺れた。


揺らめくその姿には、戸惑いと微かな哀しみ、そしてどこかに滲む諦めが見えた。

やがてその感情のすべてを受け入れるように、影はそっと、静かにうなずいた。


刃がゆっくりと降ろされ、影の輪郭は光の粒となって舞い上がっていく。


『ありがとう……』


風に紛れるようなその声が、確かに葵の耳に届いた。

彼女は、知らず知らずのうちに手を握りしめていた。

その震えが止まるころ、部屋には穏やかな静寂だけが残っていた。


そのまましばらく、誰も言葉を発さなかった。

葵は静かに息を吐き、そっと目を閉じる。


「……ありがとうって、聞こえた。あの人、ちゃんと……届いたのかな」


「うん。届いたよ。紫月が気づいてくれたから、ね」


葵はふと、零士の方を見る。

彼はただ静かに、微笑むような眼差しを返した。

その表情に、ほんの少しだけ救われた気がした。


***


帰り道、3人はゆっくりとアパートを後にした。

沈黙はあったが、そこにはもう、恐怖や戸惑いはなかった。


その瞬間だった。


浄化の余韻がまだ胸に残っていた。

誰かの「ありがとう」が、魂の奥の何かを揺らしたのかもしれない。

歩く足を止めた葵の視界に、ふいに『別の世界』の光景が重なった。


白く広がる草原。

そこに佇む黒いローブの人々。

そして、その中心で剣を胸に抱き、光の柱の中に身をゆだねるひとりの人物。


(……これ、私……?)


その姿が風に溶け、空へ還っていく。

背を見つめる者たちの、静かな祈りのような気配。


視界が現実に戻ったとき、彼女の頬を風が優しく撫でた。

風はほんのりと草の香りを運び、髪の先を揺らす。

その感触はどこか懐かしく、耳の奥で誰かの声が響いた気がした


言葉にはならない、けれど心の奥に確かに届く()()()


彼女の異変に気付いた零士が声をかける。


「どうかしたか?」


「……なんでも、ない」


呟いた声は震えていなかった。

けれど吐き出した息はほんの少しだけ熱を帯び、手のひらはかすかに汗ばんでいた。


でも、彼女の胸の奥では、何かが確かに『目覚め始めて』いた。

零士はそんな彼女の横顔を見つめながら、静かに歩調を合わせていた。


(やっぱり、記憶が……動き始めている)


彼の目に浮かぶのは、ほんの少しだけ苦しそうな彼女の横顔と、その奥に灯る確かな強さ。


「……無理はするな、葵」


ふいにそう言った声に、彼女は驚いたように振り返る。


「……え?」


「お前の中で何かが動いている。だが、それを全部一気に背負う必要はない」


その声音は、兄としての、あるいは前世の記憶を知る者としての優しさだった。

葵は目を細めて、静かに小さく頷いた。

その横で、昇也が少し肩をすくめて、口元を緩めた。


「うーん、重い空気は疲れるな。帰ったら風呂でも入って寝よう。な、紫月?」


その軽口に、思わず頬がゆるんだ。


自分でも意外だった。

さっきまで怖くて仕方なかったのに、彼の言葉ひとつで、少し肩の力が抜けた気がした。


「うん、そうだね」


その言葉に、昇也は少し間を置いてから振り返った。


「紫月、どうだった? 俺らの仕事」


不意に尋ねられ、葵は少し考えてから、肩をすくめて答える。


「……地味だね。もっと派手かと思った」


思いもしない反応に、昇也は吹き出した。


「アハハハ! いいところついてるね! 地味でしょ、ほんと。何もないときなんか毎回あんな感じだよ。毎回あんなんでいいのかな〜って思うくらい」


葵は小さく笑いながら、それでも真剣な眼差しで言った。


「でも……何か、救われた感じがする」


その言葉に昇也は一瞬目を見開き、言葉にできなかった気持ちにやっと形が与えられたようで、心の奥に静かな灯がともった。


自分がずっと抱えていた疑問に、彼女が確信めいた答えをくれたような気がして、自然と口元が緩む。


(……やっぱり君はすごいや)


もっと近づきたい。

そんな衝動に駆られている。


彼女に近づけば、ずっと背負い続けてきた重たい責務や想いが、少しでも救われるのではないか。

そんな淡い希望が胸をよぎった。


「じゃあ、このまま手伝ってくれる?」


昇也は少し照れ隠しをするような口調で問いかけた。


「うん、私でよければ」


葵は、柔らかな笑みを浮かべながら頷いた。

その言葉に昇也は思わず頬を掻いた。

嬉しいのに、素直に顔に出すのが少し恥ずかしかった。


***


その夜、葵は自室のベッドの上で天井を見つめていた。

今日起きたことを反芻するたび、心のどこかがじわりと熱を持つ。


魂が、ありがとうと呟いた。


そしてあの記憶。

白い草原と、誰かの背。


あれが何だったのかは、まだはっきりとはわからない。

でも、どこかで確信がある。

優しい想い、願い、そして祈り。


ふと、机の上に置かれたプリントに目をやる。


明日も学校はある。

日常は変わらないように見えるのに、もう自分の中は元には戻らないのだと思った。


でも、今日見た出来事を思い出すと、胸の奥がふっと温かくなる。

それは、誰かが背中をそっと押してくれたような、不思議な安心感だった。


そのとき、スマホが震えた。


昇也からのメッセージだった。


『明日、また一緒に来てほしい場所がある。少し、覚悟しといて』


葵は画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。

『覚悟』という言葉の重さを測るように、胸の奥で何かが静かに脈打っていた。

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