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前世で愛した魂が、死神と幽霊に分かれて私を溺愛してくる  作者: だしのもと


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第2話 目覚めた感覚と揺らぐ日常

学校へ向かう通学路で、葵は足を止めた。


電柱の影に、人が立っていた。

振り向いて、もう一度見る。

誰もいない。


(……気のせい?)


首を振って歩き出す。

でも、背中に視線を感じる感覚は消えなかった。


昨夜から、何かが変わっていた。

零士に触れた瞬間から、世界の見え方が、少しずつ『ずれている』。


***


教室に着いても、その感覚は薄れなかった。


窓の外の景色が、いつもより少し鮮やかに映る。

すれ違う人の気配が、以前よりはっきりと伝わってくる。

何かが削れたというより、何かに蓋をしていたものが、外れたような感覚。


昇也とは言葉を交わすことなく一日が過ぎた。

互いに避けているつもりはなかったのに、なぜか自然とそうなってしまった。


***


放課後。

帰り支度をしていた葵の目の前に、ふと影が落ちた。


「……話、してもいい?」


振り返れば、そこに立っていたのは——真神昇也。

静かに、それでもまっすぐに彼女を見つめるその瞳に、葵の鼓動が一度、大きく跳ねた。


何かを話しかけようとした、その瞬間だった。


教室の片隅に、黒い影のようなものがふっと揺れた。


(……え?)


明らかに"視えてはいけない"ものだった。


無意識に目を凝らした葵は、自分がその影を見てしまっていることに気づき、肩を強張らせた。

ぞくりと、背筋をなぞるような冷たい気配。


それは、霊の気配とも少し違った。

もっと古い。もっと深い。

まるで、世界の底から這い上がってくるような——


(うそっ……?)


「っ……な、に、これ……?」


思わず数歩、後ずさる。


その動揺を目にした瞬間、昇也の目つきが一変した。


「……このタイミング、最悪だな。いやもう、ホント空気読んでくれって感じ」


普段の明るさとはかけ離れた、鋭さを帯びた声だった。


「昇也……?」


「紫月さんー。あー……その、見間違いとか、なんかの光の加減とか、そーいう感じだったり……しないか。……やっぱりね」


軽い口調のまま言ったが、その目の奥には、どこか真剣みを帯びた色があった。


葵は息を整えるように小さく深呼吸をし、その視線を逃さず見つめた。


「……あなた、これの何を知ってるの?」


声の裏には、恐怖と混乱があった。

でも、それ以上に何も知らされないまま巻き込まれていくことへの、苛立ちがあった。


「なんなの、あれ! あんなの、普通じゃない……なのに、どうしてそんなに落ち着いてるの!」


震える指先が、彼女の動揺を物語っていた。


昇也はふうっと息を吐いた。


「……ごまかせないよな」


少しだけ表情を引き締め、真っ直ぐに葵を見た。


「これが見えるようになったってことは……目覚めたんだよ」


「目覚めた?」


葵が問い返した、そのときだった。


「彼女が『視える』ようになったのは、俺と接触したせいだ」


静かで低い声が、教室の空気を震わせるように割り込んできた。


——真神零士。


「……あの時の!」


驚きながら振り返った葵に、彼はまっすぐな視線を向けた。


「昨日、君が触れたその瞬間から、君の中の何かが反応した」


昇也は沈黙のまま、軽くため息をつく。


「てか、会いたがってた彼女って、紫月のことだったのかよ」


「……あぁ」


零士の答えはあくまで静かだったが、葵の胸に何かがじんわりと染み込んでいくようだった。


「真神零士。……昇也の兄だ」


短く名乗られたその言葉に、葵の目が見開かれる。


(あ……)


昨日の昇也の、兄弟について聞いたときの曖昧な返事が蘇る。

思わず昇也の方へ視線を向けると、彼はバツの悪そうに眉をひそめて目を逸らした。


「……なんで、私に会いに来たの?」


小さく震える声で問う葵に、零士は少し間を置いてから、ゆっくりと目を細めた。


「君を……死の悪夢から救いたかった」


それが、すべてを知る彼の口から出た、たったひとつの真実だった。


横で聞いていた昇也は、微妙な表情を浮かべながらも、視線を落とした。

彼の胸中にもまた、言葉にならない感情が渦を巻いていた。


(……どうして兄さんは、紫月を探していたんだ?)


そのときだった。

再び、教室の隅に黒い影がうごめく。


「……来るぞ」


零士が静かに告げた次の瞬間、昇也が動いた。

静かに目を閉じ、低く言霊を唱えるように口を動かす。


「冥き淵より我が手に応えよ。理を断ち、魂を導く刃よ——現界せよ、黄泉の鎌」


その声に応じるように、空気が震え、彼の手元に黒と銀の大鎌が現れる。


「兄さん、頼む」


「ああ——合わせろ」


二人の声が重なったその瞬間、影が動いた。

昇也が前に出て影を引きつけ、零士が霊体の感知能力で位置を補足する。


「正面、左にずれた」


昇也が即座に位置を調整し、大鎌を構え直す。

刃先が影に触れた瞬間、淡い光が滲み出し、影を包み込んでいく。


影は抵抗するようにうねり、かすかな呻き声を上げたが、やがてその形をほどいていく。


「……戻れ」


零士の低い声が空間を満たした。

影が光へと溶けるように消えたとき、昇也は小さく息を吐いた。


葵は、二人の動きをただただ見つめていた。

驚きと戸惑いで、言葉が出なかった。


(一体、目の前で何が起こってるの……?)


***


「死神……ってこと?」


震えるような声で漏れた葵の問いに、昇也はくすりと笑って肩をすくめる。


「わかりやすく言えばそう。死んだ後に行き場を失った魂を、正しい場所へ導く仕事だ」


「さっきのあれは、本来なら流れていくはずの魂が留まって、ああなった。放っておくと人に害を与える」


「だから……浄化した、と」


「そう。これが俺たちの日常」


日常。

その言葉が、葵の胸に奇妙な重さで落ちた。


「私が視えるようになったのは……」


「さっきも言った通り、昨日俺に触れたからだ」


零士が静かに答えた。


「すまない。本来なら巻き込むつもりはなかった」


その言葉が嘘でないことは、声の色でわかった。

それでも、視えてしまったものは、もう視えないふりはできない。


「……それで、どうすればいいの」


昇也と零士が、一瞬だけ視線を交わした。


「ねぇ、あなたは、どうして『霊体』なの? 昇也と同じなら、ちゃんと……」


言葉を濁した葵に、零士は少しだけ目を細める。


「……それは、また今度」


静かな声でそう言った彼の表情は、どこか穏やかで、少しだけ微笑んでいるようにも見えた。

その表情を見た昇也は、隣でふっとむすっとした顔をして目を逸らした。


「今日はもう、戻ったほうがいい」


零士の一言に、葵と昇也は小さく頷く。


「送ってくよ、紫月。……ひとりで帰らせるのも何か、アレだし」


怖かった。

正直、今ひとりになるのは少し嫌だった。

でも、彼がそう言ってくれたことに、どこかほっとしたのも事実だった。


「……じゃあ、お願いする」


素直な言葉が、自然と口からこぼれた。


***


帰り道、ふたりの間にはしばらく静かな空気が流れていた。

それでも、時折交わす何気ない言葉が、不思議と安心感を与えてくれる。


「……色々びっくりしすぎて、まだ頭がついていかないけど」


葵がぽつりと呟くと、昇也は笑いながらも本気で言った。


「だよねー! あんなの見たら普通の人なら意識失ったりしそうだけど、紫月はすごいな!」


「……怖かったけど」


葵は少しだけ俯き、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「あなたたちが戦っている姿が……」


(美しい、って思ってしまった)


そう言いかけて、やめた。


「なになに? なにが?」


「っ、何でもないっ!」


思わず顔を背ける葵に、昇也は笑い声を上げる。

だけど、胸の奥に残ったその想いは、ふとした瞬間に蘇るような、不思議な懐かしさを帯びていた。


(どこかで見たことがある気がする)


でも、それがいつのことなのかは、まだわからなかった。

家の前にたどり着いたとき、昇也は足を止めた。


「今日はゆっくり休めよ。……あ、今日見たことは——()()ね」


口元にそっと指を立てて、いたずらっぽく微笑む。

その仕草に、葵の胸がドキリとした。


「じゃあ、また明日な」


昇也が背を向け、夜の通りへと歩き出す。

その背中をしばらく見つめたあと、葵は静かに家の中へと入った。


***


部屋に戻っても、頭の中は渦のように回っていた。


死神。

魂の浄化。

幽霊の兄。


そして「君を、死の悪夢から救いたかった」という、あの声。


どれも現実とは思えないのに、手のひらにはまだ、零士に触れた瞬間の感触が残っていた気がした。

冷たくて、それでいて確かにそこにある()()


眠れそうになかったのに、気づいたら目を閉じていた。


***


その夜。

眠りについた葵は、再び夢を見る。


それは、深く閉ざされた記憶の扉が、そっと開かれた瞬間だった。


視界に映るのは、かつての冥界。

濃密な闇のなか、無数の影がざわめく戦場。

その中心で、黒と銀の大鎌を携え、静かに構える男がいた。


その姿を()は、息を呑む思いで紫色の瞳が見つめていた。

闇の中にあってなお、その立ち姿は光をまとうように凛としていた。


剣を振るうたびに空間が震え、その動きはあまりにも滑らかで、まるで舞を踊るようだった。


刃が敵を断つたび、血ではなく、光が弾ける。


その姿は、破壊ではなく救いを思わせるものだった。

戦場であるはずのこの場所が、一瞬だけ、静かな祈りの場に変わったようにさえ感じられた。


(……なんて、綺麗なひと)


胸が締めつけられるように熱くなる。


知っている。

この人を知っている。

名前も、声も、思い出せないのに魂の奥が、確かに叫んでいた。


気づけば、葵の瞼から、一筋の涙がこぼれ落ちていた。


目が覚めた。

まだ夜明け前だった。


頬を伝う涙の跡が、本物だった。

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